BLIS - Battle Line In Stars -

episode.4:BLIS JL - 9 -


 Game 4

 この試合は、長丁場の大接戦になった。
 プロの試合で六十分を越える試合は滅多にないが、この試合は七十五分を越えた。
 試合開始から四十分。
 昴の稼いだGゴールド数値は、リーグ世界記録を突破。会場はもちろん、PCの前で配信を見ている世界中の視聴者が、昴がGを稼ぐ度に歓声を上げた!
 敵チームも昴達も、既に装備は完成している。攻撃が少しでもかすれば、致命的なダメージとなることは必至だ。
 試合後半は、両者共に睨み合いが続いた。
 膠着状態は、五十分から一気に動いた。
 強力なバフをもたらすモンスターを狙うTeam Deadly Shotに、三対五の形で集団戦を仕掛けられたHell Fireだが、スキルを躱しながら時間を稼いでいる間に、裏から和也がワープで参戦。
 囲い込むように集団戦を展開して2KILLを獲得し、強バフをもたらすモンスターの確保に成功。
 ゲーム開始から五十七分。
 今度はTeam Deadly Shotがモンスター狩りを始めて、Hell Fireはそこを襲った。1KILLを拾い、モンスターとMIDゾーンの固定砲台まで獲得する。
 昴は、身体中のアドレナリンが分泌されるのを感じていた。異様なほど頭が冴えわたっている。
 敵のスキルショットの発動を、〇・コンマで見極め、紙一重のギリギリ射程圏外で躱していく。スーパー・プレイの連続だ。ディオス性能を最大限に引き出せている。
 流れを掴んだHell Fireは、全てのゾーンをプッシュできる状態を作りだし、敵にプレッシャーを与え続けた。
 連が敵陣営の防御装置破壊にpingを鳴らす。
 敵が分散した隙に集団戦を仕掛け、ゲートを守る防御装置を破壊、そのままの勢いで扉を破壊した!

『試合時間七十五分! タフな試合に決着をつけたのは、Hell Fireだァ――ッ!! 二連勝ですよッ!?』

 力の入った実況に、会場が沸いた。
 ヘッドセットを外すと、耳をろうする歓声がダイレクトに聞こえてきた。観客は手に持った応援用のカンフーバットを激しく鳴らし、床を踏み鳴らしている。強烈な振動がステージにまで伝わってきた。
 マネージャからタオルを渡されて、額に汗を掻いていることに、昴は初めて気がついた。
 冷房の効いた控室に戻ると、会場がいかに熱気に包まれていたか判る。会場にも冷房はついているが、冷却が追いつかないほど、ヒートアップした熱気が凄いのだ。
 疲れた顔の選手達に、マネージャは冷えたスポーツドリンクを手渡した。

「長すぎ。今まで一番、退屈な試合だった!」

 椅子に座ると、ルカはウンザリしたようにいった。

「まぁまぁ、最後は盛り上がったよ」

 和也が宥める。アレックスも疲れたように椅子に沈みこみ、連はもう気持ちを切り替えて、次の試合のBAN&PICKについて桐生と話している。
 昴はスポーツドリンクを飲みながら、眼を閉じた。黙り込むと、意識が朦朧としてくる。
 ぐったりしていると、連に背中から抱きしめられた。

「しっかりしろ」

「……おう。大丈夫」

「次で最後だ」

「うん。判ってる」

 背に腕を回して応えると、連はこめかみに唇で触れた。メンバーが見ているのに、と昴は慌てたが、誰もこちらを注目していなかった。
 眼を閉じて休んでたり、戦略を練っていたりする。昴も再び眼を閉じて、束の間の休息を味わった。

 Game 5――Final Game。

 Hell Fireは、何度も絶望的な状況になりながら、ついに2-2に追いつき、Final Gameまで持ち込んだ。
 運命を分かつ最終決戦が始まる。
 二万人の見ている会場で、PICKも含めて既に五時間以上プレイしているのだ。スターフィールドに召喚されている十名のプレイヤーは、もう疲れ切っているだろう。
 だが、これが最終決戦だ。絶対に負けられない。ここからはもう、気合いと意地、プライドの勝負だ。

『おーっと、昴選手は、またしてもアテネを選択……Hell FireのBAN&PICKは揺らがないですねぇ』

『アテネは一戦目、二戦目では序盤のアドバンテージを取られていましたが……最終ゲームで当ててきましたか!』

 実況者達は懸念を口にしている。
 ノイズの流れるヘッドセットを着用していても、ゲームのBGMが流れていないと、他人の声はうっすら聞こえる。

「心配いらないよ。僕は最高のタンキー・サポートだぜ。バーストさせてあげる!」

 昴の強張った表情に気付いたのか、ルカが声をかけてきた。

「背中は任せとけ。お前が何をしても、絶対にバックアップするから」

 アレックスもいう。左右を見て、昴は目配せした。大丈夫――絶対に勝つ。
 BAN&PICK中に、敵チームのPCでクラウントエラーが起きた。スタッフが調整をしている。
 開始時間は五分ずれこみ、まだエラー対応をしている。司会実況が間を繋ごうとトークするが、そんな心配もなく観客はご機嫌だ。
 会場でウェーブが起きた!
 日本ではなかなか珍しい光景だ。まるで海外のオフライン試合のノリである。
 待ち時間が伸びると、ストレスとプレッシャーが溜まり、メンタルを削られていくことが多いが、Hell Fireのメンバーはリラックスしている。昴も問題ない。むしろ今のうちに眼球疲労を回復しておこう、と腕を組んで眼を瞑っている。

「昴~、朝ですよー」

 ルカの呼びかけに、全員が笑った。

「起きてる起きてる」

 昴も苦笑を零しながら眼を開けた。どうやら、そろそろ準備が整いそうだ。
 予定時間から三十七分遅れて、ゲームのスタンバイが整った。
 会場の空気は最高潮に達している。
 日本の頂点に座し、世界への切符を手にするのはどちらのチームになるのか。

 ゲームスタート――運命の決戦が始まった。

 序盤のBOTゾーンは耐える時間となった。
 マップコントロールも敵が上回り、ACEの昴が装備を整えるまでは忍耐を強いられた。
 中盤に差し掛かり、虎視眈々こしたんたんと反撃のチャンスを窺っていると、好機が訪れた。

「ブラックホールに集中。もうすぐメビウスが沸く」

 視界の取りづらいマップ中央に、一分二十五秒ごとに沸く強力なバフを持ったモンスター、メビウスがいる。一匹狩るごとにスタックが蓄積され、三匹捕ると強力なバフが自陣に付与されるのだ。

「視界が足りない。誰か灯光器を積む?」

 和也が懸念を口にした。

「必要ない。敵はメビウスを狙う俺等を狙って絶対に寄ってる。グループアップしていく」

 連の指示に、yup、アレックスが軽い口調で相槌を打った。
 全員がMIDゾーンに集合して、メビウスに向かって移動を開始した。敵はメビウスを既に二回狩っており、三回目のバフを狙っていることは明らかだ。視界コントロールが足りていなくとも、バフを狙っていることは想像がつく。それが連の判断だ。
 メビウス・ファイトで負ければ、試合は一気に不利に傾くだろう。でも――

「Dont Afraid. Do Fight!」

 アレックスのいう通りだ。
 ここまできて怖気づくなんてありえない。挑戦者は、いつだって王者に挑んでいくだけだ!

「GO!」

 和也がファイト開始の、イニシエートを合図する。
 TOPゾーンから和也がワープ・スペルを使い、戦いの火蓋は切って落とされた!
 敵が強力なバフを狩ろうと集まっているところへ、和也のスキルショットが刺さる。四人にスタンが決まった!

「Go! Go! Goッ!!」

 ルカが吠える。身体を張ってフロントラインを防衛する和也とルカの後ろから、後衛である連、アレックス、そしてACEである昴がダメージを出す番だ。

『G-menが敵を倒しました。DOUBLE KILL!』

 ゲームアナウンスが流れる。昴は更に敵を追い詰め、敵ACEを落とした。

『G-menが敵を倒しました。TRIPLE KILL!』

 残り二人だ。絶対にる。
 敵もダッシュ・スペル、ブリンク・スキル(一定距離移動できるスキル)を使って距離を稼ぐが、ルカが昴に移動速度スペルをかけた。且つブリンクを重ねて、追いかける、追いかける、追いかける!!

『G-menが敵を倒しました。QUADRA KILL!! Un stoppable!』

 チームが歓声を上げた。あと一人、敵アサシンを倒せばPENTA KILLだ。
 そいつは自陣の防御装置の奥に逃げこんだが、ルカが身体を張って道を開いた。防御装置の砲台ダメージを引き受けてくれる。

「GO! GO! GO!」

 ルカがげきを飛ばす。判ってる。絶対に逃がさない。絶対に殺す。
 スキルショットの角度を感覚で補正、〇.コンマの極限世界でキーボードを押しこんだ。
 届け――ヒット! 敵のヘルスを〇まで刈り取った!!

『G-menが敵を倒しました。PENTA KILL!!  ――五人殲滅(インパクト)』

「――しゃァッ」

 昴は拳を握った。全身からアドレナリンが噴き出している。ゲーム後半のIMPACTは勝ったも同然だ。

「U!」

 ルカが瞳をきらきら輝かせて、弾んだ声で昴を呼んだ。ニヤける顔が止まらない。連も和也も声を弾ませて、GJ、と昴を労った。

「What the hell……」

 笑い声混じりでアレックスも呟いている。yup、相槌を打ちながら、昴はゲームに集中した。

「扉を壊そう」

 連の指示に、全員が敵陣に乗り込んだ。こちらもロウ・ヘルスだが、敵は全滅している。復帰まであと四十秒はかかる。十分だ。一気に攻め落とせる。
 ついに扉を破壊した。
 画面いっぱいに勝利の二文字が出現した瞬間、昴はヘッドセットを外してチームメンバーの顔を見た。彼等の笑顔を見て、胸がいっぱいになった。大音量の拍手・喝采が聞こえてくる。

『Battle Line In Stars Japan League――Summer Seasonを制したのは、奇襲からの完全なチームワークでPenta Kill、勢いにのって扉を攻め落としたHell Fireだァ――ッ!!』

 実況者の言葉に、会場は熱狂に包まれた。割れるような拍手と喝采の嵐が起こる。

『まさしくHell Fire、地獄の焔で焼き尽くしたァァッ!!』

 スポットライトに照らされて、負けたチーム、Team Deadly Shotがブースから立つと、Hell Fireのメンバーと握手をしながら、ステージを下りていく。
 敵のACEは、昴の前で足を止めた。眼と眼が合い、どちらからともなく、腕を伸ばした。抱擁を交わした瞬間、会場から拍手が起こった。

「オメデトウゴザイマス。You are so strong. Grate Penta!」

 ドイツ人の彼は、昴の瞳を見て日本語でいった。
 強く、澄んだ眼差しだ。悔しさを堪え、相手を讃える姿勢に、昴の心は嵐のように揺さぶられた。

「ありがとうございましたッ!」

 滲みそうになる視界を堪えて、しっかり頷く。固く手を握りしめた。
 Team Deadly Shotは本当に強かった。
 個人技、集団戦、プレイに対する姿勢、真っすぐな精神。勝って奢らず負けて潔し。
 どれをとってもリーグの王者だ。どちらが勝っても、おかしくない試合だった。