BLIS - Battle Line In Stars -

episode.1:BEGNING - 7 -


 日曜日。
 くだんのゲーミングハウスは、連のアパートから徒歩十分足らずで着いた。
 庭つき、煉瓦造りの立派な戸建てだ。地下ガレージもあり、開いたシャッターの内側に自転車が幾つか停まっている。選手達の私物だろう。

「すぐ傍じゃん。連もゲーミングハウスに引っ越せばいいのに」

 昴の言葉に、連はゆるく首を振った。

「一人の方が気楽だよ。あのアパート気に入っているし、e-Sports GGGもゲーミングハウスも歩いていけるから問題ない」

「なるほどねぇ、にしても、いい所に住んでるなァ」

 連はチャイムも鳴らさず、鍵を開けて扉を開いた。勝手知ったる家の中を、迷わず進んでいく。突き当りの扉を開くと、プレイルームに通じていた。
 Hell Fireのメンバーが勢ぞろいだ。
 左右に3つずつ並んだ机に、背中合わせで座っている。ヘッドセットをつけて、BLISの練習中のようだ。

「すげ……」

 思わず小声で呟いた。
 最先端のゲーミングPC、デュアルディスプレイ、ヘッドセット、キーボード&マウス。e-sports GGGの環境と変わらない。
 知らない人が見れば、彼等は遊んでいるように見えるかもしれないが、契約に沿って仕事をしているのだ。プロ選手達は、週五日で一日平均八~十時間の練習を義務づけられている。

「試合が終わるまで、見てる?」

 連に訊かれて、昴は迷わず頷いた。プロの生の練習風景を見れるなんて、とても貴重だ。
 ちょうどKILLを取られて復帰待ちになったルカが、こちらを振り向いた。

「こんにちは」

 手をあげて挨拶するルカに、昴も手をあげて応えた。

「やほ。見てていい?」

「どうぞ。もう少しで終わるから、待ってて」

「おう」

 プラチナブランドに、宝石のような翠瞳すいとうを持つルカは、プロ選手にして十六歳の現役高校生である。精巧な陶人形のように、綺麗な外見をしているが、性格はかなりアグレッシブだ。
 彼はHell Fireに入る前から、サポート専門でEUサーバーのRanked SoloQueueを回しており、常にトップに座していた。
 なんと、最高ランクであるスターゲート・ランク、次点のコスモ・ランクのアカウントをそれぞれ二つずつ持っている!
 ルカは、プレイヤーの態度の悪さが原因で、過去に何度か運営からBAN(プレイの無期限停止)を申し渡されているのだが、その度にアカウントを作り直し、瞬く間にランクを駆け上がった怪物である。
 性格に難はあるが、勝利への渇望は強く、ゲームセンスもずば抜けている。youtubeでも凄まじい人気で、彼がBLISの配信を始めると、冗談でなく二万人を越える視聴者が集まる。
 EUのランキングで頂点に立ち、それこそ世界中のプロチームからオファーがあったそうだが、高額な契約金と即レギュラーの席を用意したHell Fireがルカを勝ち取った。
 プレイ態度に関しては、一応、心を入れ替えたことが運営からも認められ、プロ昇格を許されたそうだ。

「よくきたね、昴君。少し待っててね」

 柔和な笑みで振り向いたのは、チーム最年長、二十八歳の大澤和也おおさわかずやだ。

「はい、お構いなく」

 昴はお行儀よく返事をした。
 和也は、BLIS歴十年のベテランで、ずっとHell Fireを支えてきた。三年前に選手を引退してマネージャーに転向したが、チーム再建の為に、春から選手として復帰している。
 ポジションはTOPゾーン。フロントラインを守る防御職だ。
 知的でタフ、温厚な性格をしており、チームの大黒柱を務めている。正直、司令塔をなぜ彼がやらないのか、昴は不思議でならない。

「ようこそ、昴ー」

 手際よくGゴールドを稼ぎながら、アメリカ人のAlex Kingアレックス・キングが振り向いた。

「こんちわ」

 昴がぺこっとお辞儀すると、ひらひらと気さくに手を振ってみせる。
 21歳のアレックスは、抜群のスタイルと華やかな美貌の持ち主で、ファッション誌のモデルとしても活躍している。
 BLISのポジションはアサシン。MAP上の視界の取れないブラックホールをコントロールし、敵の死角をついて襲うのが彼の仕事だ。
 Hell Fireに入ってまだ三ヵ月らしいが、腕前は確かだ。ACE寄りのアサシン・ディオスを得意とし、先日の試合でも安定してKILLを稼いでいた。
 Leeが抜けて、ACE(通常攻撃の火力担当)は空席のままだが、他のポジションに関しては、連を含め、今ここにいる全員で埋まっている。

 TOPゾーン。味方を守るガチタンク担当に、ベテランの大沢和也。
 MIDDLEゾーン。魔法攻撃の火力担当&司令塔に、古谷連。
 ブラックホール。奇襲&マップコントロール担当にAlex Kingアレックス・キング
 BOTゾーン。ACEを守るタンキー・サポート担当に、チーム最年少、現役高校生のLucas de Vabresルカ・ド・ヴァーブル

 ――以上の四名と、空席のACEが埋まれば、夏の公式リーグに臨む新生Hell Fireの完成だ。

 ディスプレイを凝視していると、眼の前に、湯気の立つ珈琲カップが置かれた。

「お、ありがと……」

 連を仰ぐと、瞳を細めて、どういたしまして、と伝えてくる。親密な空気をかもさぬよう、昴は慌てて視線を逸らした。
 さて、試合状況は……戦況を見る限り、ルカ達が優勢のようだ。
 非常に高度なゲームメイクをしている。
 全てにおいて、判断が早い。フィールドの端にいたプレイヤーが、集団戦が始まるとすかさずグループアップに参戦する。驚くほど寄りが早い。
 感心している間に、敵陣地に乗り込み、あっという間にゲートを破壊して勝利した。鮮やかな手際に、昴は思わず拍手してしまった。

「おめでとう!」

「ありがとう」

 ヘッドセットを外したルカが、昴の傍にやってきた。小柄な彼は、昴よりも目線がやや低い。
 ルカとは何度か外で会ったが、他のメンバーと顔を合わせるのは今日が始めてだ。といっても、毎晩のように一緒にBLISで遊んでいるので、初めて会う気は全くしない。

「昴も参戦する?」

「いいの?」

「もちろん。連もやろう」

 こいこい、とルカに手招かれ、昴はうきうきと席についた。気分は完全にHell Fireの一員だ。
 気軽なノーマル戦に参加し、さくっと開始十五分で勝利した。
 圧勝だった。
 当然だが、ここにいる全員が素晴らしい腕前をしている。
 一人でやるRanked SoloQueueとはレベルが違う。自分もそれなりに経験を積んでいるつもりだが、プロには敵わない。

「こんなに寄りの速いグループ・アップ、初めて経験したよ」

 感心したように昴がいうと、ルカはニコッと笑った。

「昴もよくマップを見てたね。結構、展開が早かったのに、集団戦で遅刻しなかったのは偉い」

「へへ……」

 褒められて悪い気はしない。昴は照れ臭げに頭をかいた。

「もう一回いこうか」

 和也に誘われて、全員がすぐにヘッドセットをつけた。
 立て続けにノーマル戦を三回やった後は、BLIS談義に興じた。お互いのエンチャント、ディオス・リストやトレーニング方法など、BLISの話題は尽きない。
 一時間ほど語っていると、インターフォンが鳴った。

「コーチだ」

 ルカの言葉に、昴はプレイルームのドアを凝視した。
 玄関の方から、鍵を回す音が聞こえてくる。
 いよいよ、Hell Fireのコーチ、桐生英樹きりゅうひできに会えるのだと思うと、期待と緊張で心臓がバクバクしてきた。