BLIS - Battle Line In Stars -

episode.1:BEGNING - 4 -


 会場の外に出ると、夜の匂いがした。空には白い月が浮かんでいる。
 二人は秋葉原の電気街口に向かって歩き、適当なところで立ち止まった。木陰の手すりに昴が腰を落ち着けると、連も隣に並んだ。

「連、今どこに住んでるの?」

「秋葉原だよ」

「マジか。近いな」

「すぐそこだよ……くる?」

「いいの?」

 間髪入れずに昴が食いつくと、昴は小さく笑った。

「うん。少し話そうか」

 連の家まで、電気街口から歩いて十分もかからなかった。
 コンクリート塀の洒落た二階建のアパートだ。部屋は一階の端で、ワンルームだが三十三㎡と広かった。モノトーンで統一されたシンプルな部屋は、一人暮らしの割に片付いている。というより、必要最低限の家具と機材しかない。

「卒業してから、ずっとここに住んでるの?」

「うん。e-Sports GGGに、歩いて通える所に住みたかったんだ」

「なるほど。広くていいね」

「うん。座ってて。コーヒーでいい?」

「ありがとう」

 ローソファーで寛いでいると、連がコーヒーを煎れてくれた。インスタントなのにやたら美味しい。

「うまい……なぁ、大学せっかく受かったのに、どうしていかなかったの?」

「どうでも良くなって。この一年、BLISばっかりやってた」

 連は前を向いたまま答えた。

「俺も……」

 どう応えようか迷った挙句、それしかいえなかった。
 それきり沈黙が流れる。ようやく、落ち着いて話せる場所にきたのに、お互いに言葉を探しあぐねている。先に口を開いたのは、昴だった。

「……ずっと、訊きたいと思ってたことがある」

 一年前のあの日のように、二人の間に緊張した空気が流れた。眼を合わせたまま、昴は続けた。

「あの日、どうしてキスした?」

「……ごめん」

「なんで、謝るんだよ?」

「嫌な思いをさせて」

「本当だよ」

 吐き捨てるようにいうと、たちまち連の表情は強張った。心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、昴は続けた。

「キスされたことをいってるんじゃないよ。一方的に連絡を絶たれたことが、嫌だったんだ」

「……悪かった」

「教えて。どうしてキスした? なんで連絡してくれなかったの?」

「昴のこと、ずっと好きだった」

 絶句する昴を見つめて、連は更に続ける。

「ずっと我慢していたけど、気持ちが大きくなり過ぎて、いわずにはいられなかった。迷惑だって知っていても。友達として隣にいることは、俺にはもう限界だったんだ」

 心臓が、壊れそうなほど早鐘を打っている。昴は慎重に唇を開いた。

「あの時、逃げたことをずっと後悔していた。俺もごめん。混乱して、何をいえばいいのか判らなかったんだ。でも、気持ち悪いとか、迷惑とか、そんな風には誓って思ってないから」

「いいんだ。逃げるのも無理ない。ああなると判っていて、俺はキスをしたんだ。最初で最後のつもりで」

「連。あの時のことで、お前が気まずい思いをしているなら、俺は平気だって、ずっといいたかった」

「……」

「昔みたいに、また連とBLISしたい」

 何も答えない連を見て、

「……連は?」

 昴は恐る恐る訊ねた。

「俺は平気じゃないよ。今でも、昴が好きなんだ」

 静かな告白に、昴は息を呑んだ。まさか――今でも、昴を好きでいるとは思っていなかった。

「ごめん。どうやっても、友達には戻れない」

 すまなそうに、寂しそうに連はいった。昴は慌てて首を振る。

「いや……え、でも……俺は……」

「もう、会うのはやめよう」

「嫌だッ!」

 咄嗟に張り詰めた声で叫んだ。

「もう、連絡を絶たれるのは嫌だ。好きって、俺だって、俺なりに好きだよ。それじゃ駄目かよ?」

「俺と昴じゃ、好きの重みが違うんだよ。俺はもう、傍にいて気持ちを抑える自信がない」

「違うって、軽くいうなよ!!」

 カッとなって吠えると、連は静かに立ち上り、昴の前にやってきた。
 端正な顔に表情らしきものは浮いていない。澄ました顔を睨み上げていると、腰を屈めた連に、とん、と肩を押された。

「俺はね、眼の前に昴がいたら、キスしたくなるんだ」

「連――」

 唇に親指で触れられて、昴は小さく息を呑んだ。