BLIS - Battle Line In Stars -

episode.1:BEGNING - 10 -


 二人暮らしなのに、連は新築三LDKの広い部屋を見つけてきた。家賃は驚きの二十八万円! 十代の若者が暮らすには贅沢過ぎる高給賃貸だ。
 部屋を借りるにあたり、連の年収を聞いて昴はドン引いた。
 中学生の終わりに事故で家族を亡くした連は、一生遊んで暮らせるほどの遺産を受け継いでいる。それに加えて、新人プロゲーマーとして破格の収入を得ているのだ。プロ選手の年俸以外に、オフライン試合の褒賞金、スポンサー契約による広告費のマージン等を合わせて、年に億を越える金額を稼いでいるらしい。
 アルバイトをしながら専門学校に通う苦学生の昴にしてみれば、連の暮らしは別世界だ。
 そんなわけで、家賃の殆どを連に負担してもらい、昴は高級賃貸マンションへと引っ越した。
 新居の三部屋のうち一部屋は、共用のゲーミングルームにした。あとの二部屋はそれぞれの私室で、もちろんBLIS環境も整えてある。
 引っ越し当日、先ずBLISの通信速度を示すpingをチェックした。安定して10pingを弾き出し、昴は安堵のため息をついた。

「良かった。流石、日本サーバーは早いね」

 昴が笑いかけると、連もpingを確認して頷いた。

「ああ。問題ないね」

 次にスカイプにログインすると、ちょうどオンライン状態のルカを見つけてチャットを繋いだ。

「やほー」

『こんにちは。引っ越しは終わった?』

「真っ最中だよ。pingは問題ない。マイクも大丈夫そうだね」

『これでBLISに集中できるね』

「ゲーム部屋も作ったから、今度遊びにおいでよ」

『うん!』

「にしても、マジで日本鯖は速いな。North America時代の平均160pingが嘘みたいだ」

 日本サーバーが開通したのは、ほんの三年ほど前だ。それまではNAサーバーに接続していた。

『僕なんて、フランスから接続してた時は、400pingなんて時もあったよ』

 ルカは元々EUサーバーのランカーなのだが、プレイ態度の悪さから運営にアカウント停止処分を度々受けて、その度に世界中のサーバーでアカウントを作っていた経緯いきさつがある。

「それは大変だ」

 連が横から相槌を打つと、ルカは、でしょ!? と勢いづいた。

「俺の友達も、ADSLから光に変えたのにping変わらなくて、最終的にプロバイダを四社くらい同時契約して、どこが一番早いかやっきになって調べてたよ」

 専門学校の友人の話だ。彼がいうに、プロバイダによって全然違うらしい。

『pingの速度とチャットの安定は、絶対に必要だね』

「だねー。NAも楽しいけど、このpingに慣れちゃうと、もう余所にはいけないよ」

『NAはおふざけが酷いしね』

「うん。日本だとクリックする前に動くんだもん!」

 昴が笑うと、連が振り向いた。

「……それはおかしいだろ」

「ぎゃはは」
『あははは』

 冷静なツッコミに、昴とルカは声に出して笑った。
 現実的に考えて、クリックする前に反応するわけがないのだが、それくらい日本サーバーの登場はNAサーバーで苦心していた日本人プレイヤーにとって、センセーショナルだった。

「日本鯖は最高だけど、たまにNAサーバで遊びたくなるよね~」

『僕も好き。アグレッシブでカオスで楽しいよね』

 BLISにおける海外サーバーは日本と比べてプレイヤー年齢層が下がり、プレイマナーは劣化する。チャットファイト喧嘩は激化し、罵詈雑言“**** YOU”の雨あられだ。

『練習は無理だけど、遊びなら誰も文句いわないよ』

 NAサーバには強いプレイヤーもたくさんいるが、やはり日本と比べて回線が重すぎる。おふざけも酷いので、チームの練習には向かない。

「一度でいいから、本番NAサーバでプレイしてみたいなぁ。スター選手と練習試合してみたい」

 憧れを口にすると、連はほほえんだ。

「リーグで勝てば、アメリカで強化合宿できるよ」

「おぉっ」

「先ずは、トライアウト受からないとね」

「おう」

「でもって、その前に荷解きを終えよう。邪魔だから、いらない箱は片付けちゃおう」

「あい」

『頑張ってね。時間があったら、後でBLISやろう』

「おう」

 そこでチャットを切り、二人は荷解きを再開した。といっても、お互い荷物はそれほど多くはないので、機材と電化製品が片付くと、残りはすぐに終わった。
 一仕事終えて窓を開けると、心地よい風が部屋に入ってきた。
 これから新しい生活が始まると思うと、わくわくする。
 思えば、目まぐるしい一ヵ月だった。
 連との再会。新しい出会い。新しい環境。
 もうすぐBLIS JLのSummer Seasonが始まる。採用試験トライアウトに合格すれば、これまでのように観客ではなく、選手として臨めるかもしれない。
 憧れのプロリーグのきざはしに立っているのだと思うと、心は浮き立ち、同時に僅かな恐れも感じた。