アッサラーム夜想曲

花冠の競竜杯 - 18 -

 夜更け。
 眠っているジュリアスを起こさぬよう、光希は慎重に行動した。上掛けを捲ると、引き締まった裸の上半身があらわになる。
 もう何遍も見てきたが、思わず鑑賞してしまうほど完璧な肉体をしている。筋肉質で、脂肪は一切ない。肩や腕は力強く、腰は細く引き締まっている。くろがねを鍛えるように、鍛錬された肉体だ。
(……見惚れている場合じゃなかった)
 我に返り、あらかじめ用意しておいた手錠を取り出すと、片方の環を彼の右手首につけて、もう片方は寝台の柱に巻いた鎖に繋いだ。
 反射的に腕が動いて、鼓動が跳ねたが、ジュリアスは目を醒ます様子はない。次は左腕にとりかかる。
(……よし!)
 慎重にことを進めて、間もなく完成した。
 しかし、自分でやっておきながら、無防備なジュリアスを見下ろして光希は戸惑った。
 まるで光希のために捧げられた、艶めかしく美しい生贄のようだ。
 次の行動に迷っていると、唐突に瞼が開いて、青い瞳と目が合った。ぎょっとする光希を、不思議そうに見つめてくる。
「お、起きてたの?」
 ぱっちり目を開いているジュリアスを見下ろして、光希は情けない顔をした。
「どうして、私を拘束するのですか?」
「う……いつから起きてたの?」
「光希が腕に触れたところから」
「殆ど最初からじゃない。なんで寝たふりをしていたの?」
「貴方の行動に興味があったので……縛られるとは予想外でした」
 面白がるようにいうジュリアスを、光希は強気に睨みつけた。
「ポルカ・ラセの受注を承諾してくれないのなら、永遠にこのままだよ」
 腕を組み、肩をそびやかす光希を見て、ジュリアスは思わず噴き出しかけた。
 全く、なんてかわいい交渉を仕掛けてくるのだろう?
 その気になれば、この程度の戒めはすぐにでも外せる。だが、強気に振る舞う光希を見ると、期待を裏切ってはいけない気にさせられた。
「……それは困りましたね」
 ジュリアスは笑いを噛み殺し、困ったという風に拘束具の音を鳴らした。
「考えてみようよ、僕が受注すれば、いいことがたくさんあると思うんだ」
「例えば?」
「先ず、競竜杯のいい宣伝になると思う。期待が高まって、投票券が飛ぶように売れるよ」
「なるほど、それは一理あるかもしれませんね」
「でしょう? もし僕が断れば、ヘイヴンさんはがっかりしてしまうよ。クロガネ隊にとって大きな痛手だ」
「それは割とどうでも良いのですが」
「良くないよ! 彼は大変な篤志家なんだよ。印象を悪くしたら、クロガネ隊の皆にも迷惑がかかるよ」
「何があろうと、クロガネ隊には手を出させませんよ。資金面の心配も不要です。第一、十分な予算を割り当てているはずですよ」
「そうだけど、応援してくれる人は大切にしないと」
「彼に対しては、その重要性を感じられませんね」
「とにかく、駄目っていわれたら僕はしばらく機嫌が悪いよ。ジュリに八つ当たりをするかも。当分、口を利かないかもしれない」
「それは困ります」
「でしょう? 僕だってそんなことにはなりたくない」
 蒼い瞳は愉しそうに煌いている。あと一押し、光希は勢いづいた。
「実は、さっき天啓も授かったんだ。シャイターンが僕に創れとおっしゃっている。僕はもう、ポルカ・ラセの遊戯卓を創るしかないんだよ」
 もっともらしく語る光希を見上げて、ついにジュリアスは小さく噴き出した。
「ふ、それはそれは……貴方という人は、私の想像を遥かに超えてきますね」
「お願いします、いいといって」
 偶然なのかどうか、光希が身を乗り出して、柔らかな重みがジュリアスの身体を刺激した。この件は冷静に話し合うつもりでいたのに、肉体的な魅力に篭絡されようとしている……判っているが、些細なことのように思えた。神力を操り、一瞬で枷を外すと、自由になった手で光希の腰を掴んだ。
「なら、私を説得してみせてください」
 ジュリアスが腰を軽く突きあげると、光希は驚いたように目を丸くした。
「えっ!? どうやって」
「私にこのような枷は無意味ですよ」
「いともあっさり……がっかりだよ。頑張って作ったのに」
 いかにも不満そうにいう光希を見て、ジュリアスは笑みを浮かべた。
「私を捕まえるのに、道具なんていりませんよ」
「無理だよ」
 手枷では不十分だった。四肢につける重りと、頑丈なくろがねの檻が必要だ。
「いいえ、光希だけで十分です。私は永劫に光希の忠実なしもべですよ。貴方だけが、私を繋ぎ留める薔薇の鎖です」
「ッ、……何いってるの」
 蕩けそうなほど甘い言葉に、光希は何もいえなくなり、赤面して俯いた。
 うなじの後ろに手をかけられ、そっと顔を引き寄せられる。柔らかく唇が重なり、何度か触れ合わせるうちに、光希は観念したようにジュリアスの首に腕を回した。
「……どこへもいけないように、私も光希に鎖をつけてみたいな」
 ジュリアスは囁きながら、光希の身体を軽く持ち上げた。襟をくつろげ、ゆったりした寝室着を脱がせる。あらわになった胸の膨らみに指を這わせると、光希は吐息を漏らした。
「ぁ……ん……」
 身悶える光希を下から眺めて、ジュリアスは満足そうに笑みつつ、唇と舌で愛撫を続ける。
 優しく舐めたり、甘噛みされるうちに、光希の身体は昂っていった。しまいには、吐息が肌にかかるだけでさざなみのように震えた。
 紅潮した顔を食い入るように見つめながら、ジュリアスはいきり勃ったものを押しつけ、軽く身体を前後に揺さぶった。
「んっ」
 反射的に逃げようとする柔らかな身体を、腕一つで押しとどめる。
「寝ていた私を起こしたのは光希ですよ。責任をとって、相手をしてください」
 下腹部に疼きを感じつつ、光希は睡眠時間を烈しく削られるであろう予感に少々怯んだ。
「でも、疲れているんじゃない? 目を閉じれば眠れるかもしれないよ」
「貴方を抱いたら、よく眠れるでしょうね……」
 囁きながら背中をつと指をなぞり、尻のあわいに指をもぐらせる。
「光希のここに、包まれたい……いいでしょう?」
「ん……」
 光希が頷くと、ジュリアスは光希をうつ伏せにしながら、下着ごと脱がせた。自分も脱いで裸になると、素肌を密着させるように背中から覆い被さった。背骨をたどりながら唇を落としていく……両の親指で双丘を割られ、光希は幽かに身構えた。きつく閉じた後孔に、息を吹きかけられる。
「ひ、ぅ」
 敷布に顔をうずめて、光希は嬌声を堪えた。目には見えなくとも、ジュリアスがそこをじっと見つめているのが判る。
「……大丈夫、優しくほぐします」
 熱のこもった声でいうと、軟襞やわひだの縁を舐めてから、ゆっくり蕾に舌を挿し入れた。深く、気だるく奥へと忍ばせる。
「あ、ん……ッ……ひぁ、あ、あ」
 いつものように、ジュリアスの愛撫は丹念だった。尖らせた舌を浅い部分に差し入れ、味わうように孔の内側をひと巡りする。
「うぁ……んん……くぅ」
 後孔に続く会陰えいんを指でこすられ、重さを増した陰嚢いんのうを弄ばれると、強烈な快感が腰に走った。これ以上続けられたら、果ててしまう――焦燥に駆られたところで、ジュリアスは屹立から手を放した。
「力を抜いていて」
 ジュリアスは香油を指に絡めて、後孔にもぐらせた。
「は、ふ……」
「平気?」
「ん……」
 繰り返される挿入に、そこは柔らかく綻び始めた。敏感な内壁を擦られて、光希は反射的に仰け反った。指を食い締めて、もっと奥へと無意識に誘う。
 光希はそっと顔を傾けて後ろに手を伸ばし、ジュリアスの昂りに触れた。硬く猛ったものを掌に包むと、ジュリアスは息を呑んで腰を少し引かせた。
「光希……」
 ジュリアスは光希に体重がかからぬよう、片腕をついて星明りを背に覆い被さり、掌で白い肌を撫でた。
「私が欲しいですか?」
「……」
 光希は囁くように息を吐いた。その蕩けた顔を見つめながら、朱く尖った乳首の周りを、焦らすように指でなぞる。
「貴方の唇から聞きたい。欲しい、といってください」
「ジュリが……」
「……私が? いって。そうしたら、貴方が望むだけ長く、激しく愛してあげる」
「ジュリが欲しい……あぅッ」
 その言葉を聞いた途端に、ジュリアスは力強く光希の中へ押し入った。
「痛かった?」
「……平気」
 光希は肩で息を整えている。ジュリアスは覆い被さるように身体を倒して、優しく慰めるように背中に唇を落とした。
「んぅッ」
 ぞくぞくとした快感が走り、光希の背がしなる。しっとり汗ばんだ肌を撫でながら、ジュリアスは慎重に腰を揺らし始めた。
「ふっ、んぁ、あ……ぁんッ」
 灼熱の塊が、ゆったりと味わうように前後する。
 優しく突かれながら、屹立を飲みこむ軟襞をぐるりと指でなぞられ、光希の声は蕩けた。
 悦楽を昇りつめる限界を見極め、時にジュリアスは動きを止めて、或いはわざと楔を抜いて光希を休ませた。
 あと少しというところで放熱の悦楽を得られず、焦らされ、光希は気が狂いそうになった。
「も、もう……いきたい」
「……」
 目を半ば伏せて、恥じいるように囁く光希を、ジュリアスは情欲のこもった瞳で見下ろした。一拍、疲れて弛緩した身体を仰向けにして覆い被さる。
「んぅ」
 唇が重なった途端に、荒々しく貪られる。口腔を蹂躙されながら、深く貫かれた。
「あぅッ」
 始まった抜き挿しの激しさに、光希は高い悲鳴をあげた。腰が浮かぬよう、ジュリアスの腰にしっかりと両の足を巻きつける。
「あ、あ、あぁぅっ、んぁッ」
 繰り返される律動、艶めかしい水音、互いの息遣いに煽られ、欲望を押しつけあった。
「あ……ッ……も、もうッ、や……もたな」
 視界を真っ白に覆われながら、光希は頭を後ろに投げだして全身を震わせた。
「あぁ――……ッ」
 狂おしい愉悦に攫われて、光希は危うく意識が飛びかけた。頬を伝う快楽の涙を、優しい唇がぬぐうのを感じながら、ぐったりと身体を弛緩させた。
 気だるさに包まれて横たわる光希を、ジュリアスは胸の中に抱きこんだ。
 乱れた黒髪を、長い指が優しく梳いている……天国だ。そのまま眠りについても良かったが、光希は最後の気力を振りしぼり、半睡状態で寝仕度を整えた。
 鏡の前に立ち、かろうじて渡された歯ブラシで歯を磨いたものの、口を濯いだあと、ぽろっと手から道具が落ちた。ジュリアスは何もいわずにそれを拾い上げ、うとうとしている光希を抱きあげて寝台まで運んだ。
「……寝ていい?」
「ええ、ゆっくり休みましょう」
 暖かな温もりに包まれ、光希はため息をついた。垂れ下がる瞼を重たそうに持ち上げて、思い出したようにいった。
「遊戯卓……引き受けていい?」
 ジュリアスは低い声で笑うと、承諾の変わりに光希の頬に唇を押し当てた。
 彼の賛同を得られた安堵を胸に、光希は目を閉じて、緩やかな眠りに身を任せた。