アッサラーム夜想曲

第1部:あなたは私の運命 - 18 -

「砂漠、僕もいきますか?」

「そう、コーキも**********」

 どうやら、光希も一緒に連れていきたいらしい。

「夜はオアシスに?」

「いいえ、********。スクワド砂漠に天幕を張るので、********。****、オアシスへ******」

「……オアシスは、僕の家です」

「コーキ、***********、オアシスへ*****」

 スクワド砂漠とはどこにあるのだろう。オアシスを離れて、砂漠に天幕を張って暮らすといいたいようだが、ここに戻ってこられなくなるのは嫌だ。
 沈黙していると、ジュリアスは安心させるように光希の両手を握りしめた。
 ここを離れたくはないが、そうしなくてはいけない事情がジュリアスにあるのかもしれない。
 もしそうなら、光希に選択の余地はない。どのみちジュリアスに置いていかれたら、一人では生きていけないのだから。それに……彼のことが好きだ。離れたくない。

「はい、ジュリといきます」

 目を見て頷くと、ジュリアスは嬉しそうにほほえんだ。片膝をついて跪くと、恭しく光希の手を取り、指先に口づけた。

「ジュリ……?」

「コーキ、貴方は私の******。****、***********」

 ジュリアスがよく口にする、いつもの言葉だ。
 あなたはわたしの――何といっているのだろう……?
 途中まで聞き取れるようになったけれど、後半が不明だ。いつも真剣な眼差しをするから、きっと大切なことをいわれているのだろうけれど……
 意味が判らないから、どう応えていいか判らない。
 少し考えてから、光希も膝を折ると、ジュリアスの手を取って同じように口づけた。

「コーキ……」

 珍しく、ジュリアスが狼狽えている。にやにやしていると、ジュリアスは少し意地悪な笑みを浮かべて、光希を抱き寄せるや、唇を奪った。
 甘く貪られて手足から力が抜けきると、素早く横抱きで運ばれ、気づけばトゥーリオの背に乗せられていた。
 ふわふわした心地でいたが、大勢の兵士達に迎えられると、光希の身体に緊張が走った。
 彼等は、シャイターン、と口にすると恭しく跪いた。
 聞き覚えのある響きだ。最初は聞き取れなかったけれど、何度か耳にするうちに覚えた。恐らく、ジュリアスの後にファミリーネームとして、ムーン・シャイターンと続くのだ。
 隣を見上げて、ジュリアス・ムーン・シャイターン? と訊ねると、ジュリアスはほほえんだ。

「そう、私はジュリアス・ムーン・シャイターン。*******。えらいね」

 よくできましたといわんばかりに、ジュリアスは光希の頭のてっぺんにちゅっとキスを落とした。人前なのに!
 幸い、誰一人こちらを見ていなかった。彼等はつばの深い隊帽をかぶり、覆面で顔の殆どを隠している。顔を伏せていると、どんな表情をしているのか判らなかった。
 飛竜の傍に寄ると、その巨体に改めて驚かされた。すらりとした首、長い尾を持ち、翼には鉤爪がついている。全身を硬質な鱗で覆われており、色は個体差があるようだ。目の前の竜は、美しい青銀色をしている。
 これに乗るのかと唖然としていると、飛竜は上体をぺたりと倒して伏せをした。それでもあぶみは光希の遥か頭上にある。
 ジュリアスは光希を横抱きにした状態で、高く跳躍した。嘘みたいに、たった一度の跳躍で騎乗してしまった。

「コーキ、前に座って。鞍の中心に*******、足はここ。手はここ」

「ひぃっ、とても高いねっ!?」

 乗り方をレクチャーされたが、思った以上の高さに身が竦んでしまい、それどころではなかった。

「*******。**********」

 ジュリアスは体勢を確認するや、手綱をぴしりとさばいた。羽ばたく直前の仕草に、光希は青褪めた。

『待って待って待って、飛ぶ気!? シートベルトとか命綱とかないのッ!?』

 訴えは、半ば無視された。ジュリアスは宥めるように光希の頭にキスを落とすと、飛竜を操り上空へと舞い上がった。

「うわ――っ!!」

 喉から絶叫がほとばしった。シートベルトを締めないまま、ジェットコースターに乗るようなものだ。怖いなんてものじゃない!
 声を上げる光希を、ジュリアスはしっかりと後ろから抱きしめている。光希も必死に肩に回された腕を掴んだ。
 上昇しているうちは、風圧が強くて、まともに目を開けていられなかった。
 地上から遠ざかり飛行が安定しても、しばらく、おっかなびっくり鞍の上でバランスを取っていた。
 上空は風が強い。突風に煽られてよろめく度に、バクバクと心臓を鳴らしてはジュリアスの腕にしがみついた。
 雁行陣がんこうじん展開している背後の飛竜を振り返ると、静かに真っ直ぐ飛んでいた。声を上げているのは光希くらいだ。

「コーキ、大丈夫ですよ。****、*******」

「大丈夫、大丈夫……」

 目を閉じて、いい聞かせるように呟いた。