ラギスは上目遣いにシェスラを見てから、視線を落とした。しなやかで美しい裸体の股間から、硬くなったものが突きだしている。ぴくりと動き、先端が濡れたように光るのを見た気がした。
「早くしろ」
 冷酷にシェスラが告げた。ラギスは覚悟を決めると、勃ちあがっている陰茎に手を添え、顔を近づけた。嫌悪感はなく、彼の肌からたち昇る甘い柑橘の香りに陶然となった。
「んむ……」
 ゆっくり、可能な限り奥まで咥えこむと、後頭部にシェスラの手が置かれた。
「ん、んっ……」
「舌をつかえ」
 ラギスは上目遣いに睨んだ。屈辱を受けているはずなのに、目があった途端に、下腹部が疼くのを感じた。大腿に余計な力が漲ってしまう。
 次第にぎこちない舌使いが馴染んでくると、シェスラはラギスの後頭部を手で押さえ、猛ったものでラギスの口腔を荒々しく犯し始めた。
「私がくまでしゃぶり続けろ」
「んぐ、ん、んっ……!」
 浴室に、くぐもった声と淫靡な水音が反響する。
 息が苦しい――ラギスの目の端に涙が滲んだ。自発的な隷属を受けれているのは、この行為が、自らに課した懲罰だからだ。
「は……ラギス……」
 シェスラの艶めいた吐息を聴くだけで極めそうになる。男をしゃぶったのはこれが始めてだが、想像と全く違う。口に拡がる味に、嫌悪するどころか夢中で舌を搦めてしまう。
「ん、んん、ぐ……っ」
 喉奥を突かれて苦しいはずなのに、ラギスの下腹部ははち切れそうなほど昂っていた。
「ッ、は……もう、よい」
 シェスラはラギスの髪を掴んでひきはがそうとした。ラギスは引き締まった腰を両腕で掴み、喉奥まで咥えこんだ。口のなかで屹立がぐっと膨れあがる。
「く……っ」
 シェスラはぶるりと腰を震わせ、ラギスの口のなかで果てた。ラギスは恍惚となり、咽奥で爆ぜる飛沫を夢中で飲み干していた。全てを舐めとったあとも、先端を吸いあげ、舌で突き、残滓の一滴までも飲み干さんとする。
「っ、……もうよい」
 絶頂を極めたシェスラの瞳は潤み、頬を紅潮させ、薄い唇は赤く色づき、しゃぶられた性器は唾液で濡れている……ラギスは殆ど無意識にシェスラの腰を掴んで引き寄せた。
「放せ」
 咎めるようにシェスラはいった。はっとなり、ラギスは慌てて立ちあがった。
「身体を拭け」
 いわれた通りにラギスが拭き終えると、シェスラはラギスの手首を掴んで寝台まで連れていった。
 乱暴に突き飛ばされ寝台の上に組み敷かれても、ラギスは抵抗しなかった。
 シェスラは、引き締まった彫刻のような身体を撫でて、急に笑いだした。おかしさとは無縁の、冷淡な短い笑いだった。
「はっ……まるで木偶でく のようだな」
 黙っているラギスを睥睨し、
「いやしいな、聖杯。求められれば誰にでも身体を開く……それほど快楽が好きか?」
 顔に嘲弄を浮かべ、酷薄に嗤った。その言葉は冷淡で、殆ど敵意が籠っているように響いた。ラギスは烈しい感情のうねりを感じたが、後ろめたい罪悪感の方が勝った。精神的な拷問に耐えるように視線を伏せ、更なる攻撃に備える。
「私が最初に組み敷いた時には、あれほど暴れたというのに、随分と従順になったものだ」
「……」
「あの男は、どうであった?」
 無言でいると、片手で喉を掴まれた。凄まじい握力にラギスが呻くと、僅かに力が緩んだ。
「答えよ。どうであった?」
「っ、……どうって」
「抗いもせず身体を委ねて、霊液サクリアを滴らせていたではないか……良かったのだろう?」
「……違う」
「どう違う? なぜ霊液を滴らせていたのだ? ここも、ここからも」
 乳首を指で弾かれると同時に、屹立にも指を這わされ、ラギスは低く呻いた。
「は……ぁっ」
 吐息を零すラギスを見下ろして、シェスラは狂おしい光を瞳に浮かべた。
「それほど、あの男が良かったのか?」
「違ぇよ、話をもちかけられた時は殺そうと思ったさ。だけど、お前のことを考えたら……できなかった」
 シェスラは完全に無表情になった。
「そなたは阿呆か? 私のことを考えて、何をどうすれば、身体を差しだそうと思えるのだ?」
 陰茎をゆるく扱かれて、ラギスは呻いた。かぶりを振ると、答えよ、と耳朶に掠れた声で囁かれた。
「ペルシニアとの……同盟に、苦心してるんだろ? は、ぁ……俺が、あいつの、相手をすれば、自分が仲立ちするというから……ぁッ」
 乳首をきゅうっと摘まれて、ラギスは身をよじろうとした。
「そんなことで、そなたは私を裏切ったのか」
「重要なことだと思ったんだ。俺は奴隷だし、接待の為に貴族に貸しだされたことなら、これまでに何度も――」
「黙れッ!!」
 シェスラの一喝に、ラギスは口を閉ざした。王は烈しい感情に駆られたように、ラギスの肩を掴んで揺さぶった。
「そなたは私の聖杯、私のつがいだ! 誰が相手でも、政治の道具にするつもりはない! そなたは、私の心を微塵も理解していない。このような侮辱は初めてだッ!」
 これほど感情を露わにするシェスラをラギスは初めて見た。彼のむきだしの感情、内面の吐露とろはラギスの心を揺さぶり、心臓を鷲掴みにした。
「……俺の考えが浅かった。すまなかった」
 刹那、凄まじい怒りが性的興奮と渾然一体となって、部屋の空気を支配した。
「謝るくらいなら、最初からするなッ!」
 唇を強く押しつけられ、歯を立てられた。口内に舌を挿し入れられ、口腔を荒される。有無をいわさぬ激しい口づけは、彼の心の傷を訴えるもので、ラギスを罰する味がした。
「ん、は……ッ」
 胸を喘がせるラギスの腰を、シェスラはきつく抱きしめた。ラギスも棍棒のような腕をほっそりした首に回すと、シェスラはくぐもった声をあげ、褐色の胸の突起を親指の腹で柔らかく押し潰した。
「んぁッ」
 ラギスはたまらずに喘いだ。身体中を撫でまわされながら、唇を貪られ――永い口づけが終わる頃には、二人共息があがっていた。シェスラの水晶の瞳には、細かな金色の条が入り、放射状に延びている。
「そなたが愛おしくて憎い……殴ってやりたいが、それもできぬ……おのれ、よくもここまで私を苦しめてくれる……ッ」
 シェスラはきつく目を閉じると、拳をラギスの顔の横に叩きつけ、寝台を軋ませた。
「シェスラ……、」
 ラギスは言葉に詰まった。彼に対して強い絆を感じているのに、どうしても、つがいだと口にすることができない。
「許してくれ……俺は……どうしても心を開けないんだ……っ」
「なぜ」
 顔をあげると、シェスラの水晶の瞳の奥が傷ついたように光っているのが見えた。ラギスは咄嗟に腕を伸ばし、自分よりもずっと華奢な身体を抱きしめた。
「今回は全面的に俺が悪い。ギュオー達を説得するのに、俺の首が必要だというのなら、差しだしてくれていい」
「何をいっている」
「でなければ、ネロアにいる間は、あんたの剣として命を懸けて闘う」
「……」
「それで終いにしよう、シェスラ」
 シェスラは腕をついて上半身を起こすと、鋭い眼差しでラギスを睨みつけた。
「終いだと?」
 昂った下肢を押しつけられ、ラギスは息を呑んだ。
「そなたは私のものだ、ラギス。私が手放すとでも本気で思っているのか?」
「他にどうやって償えばいいんだ。首をさしだすか、命を懸けて闘うか……俺にはそれしかできねぇよ!」
 額に握りしめた拳を押し当て、苦悩に呻くラギスを、シェスラは狂おしそうに見つめた。
「そなたはなぜ、そうなんだ」
 喉奥で唸り声をあげると、ラギスの顎を乱暴に掴んで上向かせた。昏い輝きを帯びた瞳でラギスの瞳を覗きこむ。
「共に生きよ。傍にいよ。離れることは許さない! そなたは私のもの、私のつがいだッ!」
「シェスラ――」
「よく聴け、この唇も胸も指も、髪の一筋までも、誰にも触れさせるな! 私以外の誰にもだ!」
 その鬼気迫る眼差しに、ラギスは目を逸らすことができなかった。シェスラは苦悶をさっと顔にのぼらせ、血を吐くような心地で口を開いた。
「そなたには本当に腹が立つ! ここまで私にいわせるとはッ……なぜ判らぬッ!」
 叩きつけるようにいったあと、ラギスに口を開く間も与えずに唇を重ねた。舌で下唇を愛撫し、口のなかに挿しこんだ。息がとまるほどの激しい口づけに、ラギスはなすすべもなく翻弄されるしかなかった。
 しばらくしてシェスラは口づけをほどくと、顔を少しあげて、ラギスの頬を手の甲で撫でた。
 沈黙が流れた。蝋燭の焔が揺らめく音すら聞こえそうなほどの沈黙に包まれた。
「……この顛末の根源が、そなたを疑心に駆り立てたのが、私の愚かな振る舞いにあるのだと判っている……」
 声には悔悟が滲んでいた。ラギスの表情も暗くなる。あの淫蕩な日々は、今でも二人の心に深い爪痕を残している。
「悔やんだところで時は戻せぬ。私にできるのは、そなたに心を示すことだ。どんなに苦しくても、そなたを許す度量を示さねばならぬ……ッ」
 震える語尾が、彼が血を吐く思いで口にしていることをラギスに教えた。胸が痛かった。憎しみがあってもなくても、傷つけあい血を流している……
「不毛じゃねぇか。どこまでいっても、あんたは王で、俺は奴隷剣闘士だ」
「黙れ」
「……」
「……寛容でなければならぬと判っているが……いっそ斬り捨ててしまおうか」
「殺しあいを望むなら、」
「黙れ」
「……」
「どれほど思考の隅に追いやっても、考えてしまう。あの男が、どのように触れて、そなたはどのように応えたのか」
 いいながら、シェスラはラギスの乳首を摘まんだ。
「ん……っ」
「あれは酒に耽溺していたと聞いている。そなたの零す霊液に、さぞ夢中になったのであろうな」
 小刻みに摘まれるうちに、先端に霊液が滲み始めた。とろとろと琥珀の液体がシェスラの指を濡らしていく。
 美しい顔をさげると、シェスラは舌で突くようにして、霊液を搦め捕った。
「ん、あぁ」
 喘ぐラギスを上目遣いに見ながら、飴を転がすようにして、丹念に舌で舐る。ちゅう、と吸いあげられ、ラギスは背を弓なりにしならせた。
「良さそうじゃないか……蕩けた顔をして、ここをあの男に吸わせたのか」
「違う」
「嘘をつくな。霊液と葡萄の入り混じった、甘い匂いがしていたぞ」
「ッ」
 さっと羞恥に染まる顔を見て、シェスラは辛辣な笑みを浮かべた。
「さすがは元奴隷、見上げた奉仕精神じゃないか。そうまでして、イヴァンを喜ばせてやるとは」
 ラギスは唸り声をあげた。濃い金色の瞳に怒りが燃えあがる。シェスラは有無をいわさず、分厚い背に腕をまわし、顔を伏せて突起に舌を伸ばした。
「くッ、やめろ! ……シェスラ! あ……んッ」
 烈しく乳首を吸引されて、ラギスは身悶えた。甘い責め苦に苛まれ、身体は琥珀に濡れていく。
「やはり、楽に殺してやるのではなかった」
 怨嗟を吐くシェスラの頬を、ラギスは掌で撫でた。シェスラは心地よさそうに目を細めたが、すぐに熱の籠った、刺すような眼差しでラギスを射抜いた。
「あの男に、挿れようとしていたな」
「……挿れられるよりは、ましと思って」
「ほぅ?」
「抱かれるのは、あんただけだ」
「そんな言葉で、私の機嫌を取れると思っているのか?」
「そうじゃない」
 滑らかな頬を撫でると、シェスラは唸るような声をあげて、ラギスの首筋に顔をうずめて歯をたてた。
「あぁッ」
 血が滲むか滲まないかの絶妙な力加減で、何度も甘噛みを繰り返す。ラギスが喉を逸らすと、シェスラは誘われるように舌を這わせながら、ラギスの両足を掴んで開かせた。
「ここも、吸わせたやったのか」
 顔を背けるラギスを見て、苛立たしげに舌打ちをした。
「さぞ、喜んだのだろうな。そなたの霊液は、男を欲望のとりこ にさせる……」
 シェスラは顔をさげると、勃った先端を舐め、吸った。熱い粘膜に包まれて、ラギスは仰け反った。
「あぅ、くッ……」
 淫らな舌遣いに思考が麻痺する。快楽の海に呑まれて腰をくねらせるラギスを、シェスラは翳った瞳で見つめた。
「そのようにもだえて……もっと食べて欲しいと、強請っているようだぞ」
 シェスラは容赦しない。ラギスの陰茎を咽奥まで咥え込み、二つの睾丸をあやすように手で揉みしだいた。音を立ててしゃぶられ、まともに考える力を奪われていく。
「も、離せっ……く……ッ」
 掠れ声でラギスがいうと、シェスラはいっそう吸引してきた。
 王の口内に吐きだすのは、いまだに少し抵抗を感じる。ラギスは絶頂の瞬間に抗おうとしたが、尻のあわいを指でさぐられ、たまらずに霊液を噴きあげた。
「あ、あぁ――ッ」
 極まった声をあげるラギスの陰茎を、シェスラは指で扱きなあら、しゃぶりたてた。
「シェスラッ、やめろ! ……んぅッ、は……やめてくれ……っ」
 頭を押しやろうとすると、性器に歯を立てられた。
「あふッ」
 あふれ出る琥珀を一滴も逃すまいとするかのように、陰茎を咥えこみ、離そうとしない。
「は、はぁ、はぁ……」
 ようやく解放された時、ラギスの心臓はおかしいほど音を立てていた。戦闘を終えた直後のように、身体中の血が駆け巡っている。
 膝裏に腕をいれられ、足をさらに大きく開かされる。ひくつく後孔に熱塊を宛がわれ、ラギスは目を瞠った。
 シェスラの涼しい顔は上気し、瞳には欲望の熱を滾らせている。秘肉を暴くように、ゆっくり腰を進めてきた。
「あ、あ、あぁ……」
 中を充溢に満たされて、ラギスは恍惚の表情を浮かべた。彼を迎え入れただけで、もう一度達ってしまいそうだった。
「いいか、二度は許さぬ。よく覚えておけ。そなたは私のものだ。私の聖杯、私のつがい、私のものだ!」
 シェスラは唸るようにして情熱を咆哮すると、組み敷いた巨躯を烈しく突きあげた。
「あ、あ、ンッ……ぐ、うっ……あぅッ、あッ、あぁッ!!」
 荒々しい律動に、四柱式の寝台が悲鳴をあげている。ラギスは脳髄まで揺さぶられ、しまいには視界に無数の星が飛び散った。
「そなたにこのように触れるのは、私だけだ。そなたに触れる男は、誰であろう殺す。判ったか?」
 最奥を蹂躙されながら、所有欲に満ちた咆哮が、耳の奥でいつまでもこだましていた。