ラギス達が城に戻るなり、四騎士を従えてシェスラがやってきた。
 優雅な足取りだが、ご機嫌麗しくはなさそうだ。凍てついた冬の息吹のような冷気を全身に纏い、周囲を無言で威圧している。
 王に気づいた周囲の騎士達は、青褪めた顔で、ざっとその場に跪いた。ラギスは、いち早く膝をついたロキを恨めしい気持ちで見下ろしたあと、仕方なくシェスラの美しい顔を見た。機嫌の悪いシェスラほど面倒なものはない。
「遅かったな」
 シェスラはにこりともせずいった。
「……おう」
 ラギスは面倒だという感情を隠すことができなかった。シェスラは器用に片眉をひそめ、その後ろに控えるヴィシャスに至っては射殺しそうな目でラギスを睨みつけた。
「大衆浴場にいったと聞いたが?」
「ああ」
「楽しんだか?」
「まぁな……おい、皆びびってんだろ。こんなところで絡んでくるんじゃねぇよ」
 ラギスは前髪を掻きあげながらいった。
「ほぅ? そなたが人を気遣えるとは知らなかったな」
 シェスラは柳眉を逆立て、冷ややかな口調でいった。昂然こうぜんと頭をかかげて、自分よりも背の高いラギスを高飛車に見下した。
「では部屋に戻って、ゆっくり聞かせてもらえるか」
 疑問符のない疑問口調である。この場の全員の精神状態を思うと、ラギスは頷くほかなかった。
(やれやれ……)
 できることならこの場から逃げだしたいが、そうもいかないようだ。重々しい沈黙のなか、ラギスは黙ってシェスラの後ろをついていった。部屋に着くまでお互いに無言だったが、部屋に戻り二人きりになると、シェスラは待ちかねていたように文句を吐いた。
「何遍いえばわかる? 自分が聖杯だと、どうすれば忘れられるのだ」
「忘れちゃいねぇよ……ただ、そんなに神経質になることもないだろう」
「阿呆が」
 シェスラの水晶の瞳に、金色の筋が走る。獣性のきざしを見て、ラギスは口をつぐんだ。
「城の浴室を使えばよかろう」
「いつもはそうしているさ。評判の大衆浴場に少し興味があったから、今日は偶々いっただけだ」
「そなたは私の器として知られている。注目を浴びるとは思わなかったのか?」
「別に気にならねぇよ……発情期じゃないんだし」
 気難しげな顔で沈黙するシェスラを見て、ラギスは憮然と腕を組んだ。
「……なんだよ?」
「よいか、そなたは王の器なのだぞ。風下にいれば尚更だが、匂いですぐに判る」
「は」
「雄を誘う匂いだ。力ある者なら、風上にいたとしても見抜くだろう」
 シェスラが一歩を詰めると、ラギスは一歩下がった。
「……そんな思考をするのは、あんただけだろ」
「違う。そなたは、自分がどれほど甘美な匂いを発しているのか、判っていないのか」
 壁際に追い詰められて、ラギスは喉を鳴らした。シェスラは美しい顔を近づけると、ラギスの首筋に顔を埋めて、息を吸いこんだ。
「……もっと警戒しろ。匂いを嗅ぐだけで劣情がこみあげるのだ。裸体を見たのなら、触れたくてたまらなくなるだろう」
 唇が触れそうな距離で囁かれて、ラギスの背筋にぞくぞくとした震えが走った。既に馴染みとなった熱が股間を火照らせ始め、誤魔化すように視線を逸らした。
「今度いったら、大衆浴場は封鎖するぞ」
「馬鹿か。何いってやが……んっ」
 否定を口にした途端に、唇を塞がれた。咄嗟に躰を突き放すと、シェスラは大人しく引いた。ラギスは唇を甲で拭いながら、距離をとった。
「ったく、たかが風呂くらいで、大げさなんだよ。嫉妬してるみてぇだぞ」
「悪いか?」
 シェスラは顎を逸らし、堂々とした口ぶりで頷いた。肯定されるとは思わず、ラギスは返事に詰まった。頭を掻きながら、背を向ける。
「……なんて答えりゃいいんだ」
「ふん。それで、大衆浴場はどうだった?」
「……葡萄酒一杯分の金で利用できるし、景観はいいが、ちょっと混み過ぎだな。市民全員が押しかけてるのかと思ったぜ」
 辟易したようにラギスが答えると、シェスラはもっともらしく頷いた。
「そうであろう。城なら、そなた専用の浴場がある。疲労を癒す、最新の水浴療法も取り入れてあるぞ」
「いわれなくても、大衆浴場にはもういかねぇよ」
「うむ……私も風呂に入りたくなった。一緒に入ろう」
「俺はいいよ」
「つき合え」
「一人で入ればいいだろ」
 シェスラは気分を害したように、眉をひそめた。
「他の男とは一緒に入れても、私と入るのは嫌だと申すのか」
「違ぇよ。今さっき入ったばかりなのに、なんでもう一度入らなくちゃならないんだ」
「私は入っていない」
 ラギスは眉をひそめて、シェスラの顔を見つめた。首を一つ振って、黙って横をすり抜けようとしたが、腕を掴まれた。
「放せよ、おい――ぐぬぬ……っ」
 掴まれた腕を振り払おうとしたが、覇気を滲ませた王の視線に動きを封じられた。再び腕を掴まれ、そのまま問答無用で引きずられていく。
「くっ……卑怯だぞ! あんたはすぐそれだ!」
 噛みつくように吠えると、艶を含んだ流し目を送られた。
「そう文句をいうな。暫しつきあえ」
 するりと白銀の尾で大腿を撫でられ、ラギスはびくっとした。苦虫を潰した顔で、麗しい美貌を見下ろす。どうにかして逃げられないものか頭を働かせるが、妙案はなかなか浮かんでこない。そうこうするうちに廊下の曲がり角が見えてきて、目的地まであと半分というところで観念した。
 ついに、仄青い硝子をはめこんだ扇窓のある扉前にやってくると、浴場の召使が恭しく左右に開いた。
 王の浴場は、贅を尽くした豪華なものだ。
 大衆浴場よりも更に広く、天井や柱には巧緻こうちな装飾が施され、歪みのない鏡の縁には貴石が象嵌ぞうがんされている。泳ぎ回れそうな浴槽は磨き抜かれた大理石を積みあげたものだ。
 ラギスが城へきた当初は、贅沢な風呂に度肝を抜かれ、このような風呂に馴染む日は永遠にこないだだろうと思っていたが、通ううちに慣れるものである。
「ふぅ……」
 逞しい裸身に腰布を巻いたラギスは、洗い場をちらりと見てから、入り口の囲い湯へ向かった。
 普段なら先ず洗い場で汗を流すのだが、今日は十分に洗ってきたあとだ。二度、三度かけ湯を浴びると、すぐに湯船に入った。シェスラの方は全身を泡で洗い流してから、ラギスの隣に躰を沈めた。
「ほら、城の浴槽の方が静かだろう?」
 シェスラは心地良さそうに目を細め、自信たっぷりにいった。
「そりゃな……」
「花の入浴剤を溶かしてある。疲労回復の効果がある。古傷も癒えるぞ」
「へぇ……」
 湯を手ですくい、くんくんと匂いを嗅ぐラギスを、シェスラはじっと見つめた。
「……なんだよ?」
 問いには応えず、シェスラは無言でラギスの黒い耳に手を伸ばした。
「よせよ」
 親指で耳の縁をなぞられ、ラギスの背筋がにぞくりとした震えが走った。
「おい……」
 シェスラはラギスのうなじを引き寄せ、唇を塞いだ。驚きに目を見開き、ラギスは白い胸板を押して抵抗する。シェスラは唇をいったん離すと、ラギスの唇を親指でなぞった。
「……腹立たしいな、他の男がそなたの肌を見たのかと思うと」
「あのな、俺に欲情するのは、あんたくらいだからな?」
「本当に、そう思うか?」
 当たり前――そう答えようとして、ラギスは返事に詰まった。いつもと様子の違う、オルフェ達のことが思いだされた。
 表情の変化を敏感に察知したシェスラは、怖い顔になり、ラギスの耳元に唇を寄せた。
「……どうした? 何を思い浮かべた?」
 耳に舌を挿し入れられ、濡れた音が、ラギスの腰にまで響いた。
「ん……別に」
 考える間もなく、再びシェラの唇がおりてきた。所有欲を押しつけるように、熱い唇を強く押しつけられる。全身を甘い痺れが駆け抜け、下肢に血液が流れていく。
「……舌をだせ」
 躊躇するラギスを、シェスラは黙って見つめた。無意識に薄く唇を開くと、するりと舌が口腔に潜りこんできた。
「んぅ」
 口腔を舐られ、ラギスは喉を鳴らした。シェスラはラギスの後頭部を片手で支え、舌を搦め捕り、溢れる唾液を啜りあげた。空いた片手は肩の上をすべり、胸へとおりていき……濃い色の先端を指で弾いた。
「んぅっ……あ、ん……」
 唇を貪りながら、しなやかな指が乳首を苛む。胸の奥が疼いて、芯が硬くなっていく。奔流を感じて腰を震わせた時、シェスラは顔を離し、ラギスの乳首を口に含んだ。
「あぁッ」
 熱い舌に、尖った先端を執拗になぶられ、霊液サクリアが滲みだした。
「ふ……もう滲んできたぞ」
 シェスラは恍惚の表情でいった。
「るせぇ、風呂で盛るな」
「誘惑するそなたが悪い」
「してねぇよ!」
「この肌から立ち昇る匂い……どんな花の芳香にも勝る。脳が痺れるようだな……」
 シェスラは顔を伏せ、尖った先端を舌で舐めた。胸板を膨らませる巨躯を押さえつけ、泉のように溢れる霊液サクリアを啜りあげる。
「んっ……あ、あぁ……よせッ……!」
「まだ足りぬ」
 掠れた声で囁き、朱く腫れた尖端をしゃぶりたてる。烈しい吸飲に、ラギスは腰をくねらせた。
「あぁっ、ん、は……放せ……ッ」
「やめられぬ……」
 シェスラは優艶に笑み、上目遣いに見つめながら、舌を伸ばして赤く腫れた乳首を下から舐めあげた。背筋がぞくりと粟立つ。危機感に駆られ、ラギスは逃げだそうと身を捩って浴槽の縁に手をかけた。
「どこへいく?」
「んぁッ!」
 しなやかな腕が胴に巻きついた。うなじを甘噛みされ、灼熱のような欲望がラギスの躰に走り、股間に脈打った。
「そなたも欲しいだろう……?」
 シェスラは、雄々しく勃ちあがった屹立に手を伸ばした。指で輪をつくり、淫靡に下に撫でおろし……上に向かって撫であげる。
「は……ん、ふっ」
 尖端の割れ目を親指の腹で円を描くようにくすぐられると、腰がひくんと跳ねた。
「やめろ……っ」
「やめぬ」
「放せよ!」
「こちらを向け。吸ってやろう」
「ふざけるなよ、洗い場にいく……ッ!?」
 強い力で振り向かされ、腰を掴まれ、強引に縁に座らせられた。シェスラは大腿に手をかけて割り開くと、ラギスが止める間もなく、股間に顔を沈めた。
「あ、んぅッ!」
 熱い粘膜に、敏感な性器を覆われて、ラギスは前のめりになって呻いた。シェスラの濡れた銀髪を抱えると、いっそう股間に沈みこみ、吸飲の音は淫らになった。
「あ、んぅ……あ、あぁッ……!」
 放出を促す口淫に、ラギスは抗う術もなく極まった。吹きあがる霊液を、シェスラは喉を鳴らして飲み干していく。
「くそ……っ」
 悪態をつきながら、悦楽の余韻にラギスは目が潤むのを感じた。シェスラは一滴も零すまいと、屹立を指で扱きながら、先端を舌で舐っている。
「は……」
 ようやく顔をあげたシェスラは、じっとラギスを見つめた。欲情に濡れた目に、躰が熱くなる。動けずにいると、躰をひっくり返されそうになり、ラギスは慌てて後ろを振り向き美貌を睨んだ。
「まさか、ここでやろうっていうんじゃないだろうな?」
 シェスラは警戒しているラギスの髪を撫で、琥珀の蜜に濡れた唇を、黒毛に覆われた耳に押しつけた。
「そなたのなかに挿入はいりたい……いいだろう?」
 ラギスが耳を横に伏せると、シェスラはそっと微笑を零した。浴槽の縁に手をつくよう強制される。
「……嫌だ」
「そういうな。一度だけつき合え」
 甘く囁きながら、彼はラギスの胸板に手をすべらせ、滴る琥珀を指にからめてひくつく後孔に擦りつけた。
「あ、ん……」
 ひだに舐めさせるように塗りつけ、焦らすように蕾を開いて指を忍ばせる。濡れた音にラギスは震えた。抵抗を感じていたはずなのに、快感を期待して胸が高鳴っている。
れるぞ――」
 シェスラは指を引き抜くと、代わりに雄々しく猛った熱塊をあてがった。膨れた切っ先が、ぐぐっと媚肉に潜りこむ。
「ふ、ぁ……ッ」
 嬌声を堪えて唇を噛みしめるラギスの背を、シェスラは労わるように撫でた。それすらも刺激となり、粘膜が蠕動ぜんどうしてくさびを奥へ奥へと誘いこむ。
「あ、んぅ……っ、は、シェスラ……ッ」
 奥まで咥えこみ、ラギスが無意識に腰をくねらせると、堪えきれなくなったようにシェスラが腰を突きあげた。
「あぅッ!」
 狂暴な亀頭で奥を突かれ、強烈な悦楽が股間と乳首を貫いた。尖った乳首から糸のように琥珀の蜜がほとばしる。
「は……この心地よさ、天国とはこのことだな」
 シェスラは熱に浮かされたように呟いた。奥を舐めまわすようにかき回され、ラギスはびくんと仰け反った。
「あぁ、んッ」
 湯の跳ねる音と肉のぶつかり合う音が、二人きりの浴室にこだまする。
 隘路あいろを蹂躙されて、ラギスは自分でも嫌悪する低い声で喘いだ。だがシェスラは興奮を掻き立てられたように、いっそう激しい腰遣いでラギスを穿つ。
「あぁ、んっ、も、いいだろッ、もう……シェスラッ」
 一度と宣告したからか、シェスラはなかなか果てようとしない。長い間揺さぶられ、突きあげられ、ラギスは掠れた声で喘いだ。気がつけば、躰中が濡れている。勃ちあがった乳首も、性器も―ー琥珀色の霊液サクリアをこぼして、湯と汗に濡れている。
 欲望のこすれあう淫らな水音が、ひっきりなしに結合部から聞こえている。限界が近い。シェスラは、汗の光るラギスの背中を舌でなぞりあげた。
「あぁっ!」
 その刺激が決定打となり、ラギスは極めた。後孔が収縮し、シェスラをぎゅっと食い締めてしまう。シェスラは艶めいた呻き声をあげて、断続的に吐精しながら、ラギスの背に倒れこんだ。
「はぁ、はぁ……長ぇんだよ」
 息切れしながら不満を吐くラギスの頭に、シェスラは音を立てて口づけた。
「ここは風呂場だ。躰を洗う手間が省けて良いな」
 シェスラは機嫌よくいった。唸るラギスを洗い場に連れていき、自ら桶に湯を汲んで汗を流すのを手伝った。
 部屋に戻る頃には、ラギスはぐったりしていた。湯で寛ぐはずが、気だるい疲労に全身を捕われていて、指の一本すら動かせそうにない。
「くそ、書斎にいこうと思ってたのに……あんたのせいで全く動く気にならねぇ」
 文句をいうラギスの頭を、シェスラは優しく撫でた。
「少し休んだらいい。欲しいものはあるか?」
「喉が渇いた」
「うむ」
 シェスラは水差しに手を伸ばすと、杯に注いでラギスに手渡した。喉を潤すつがいを、柔らかな眼差しでじっと見守る。彼は、閲兵えっぺいの時間になるまでラギスの傍に侍り、飲み物を運んだり、風を送ったり、甲斐甲斐しく世話をした。
「ふん、当然の報いだ」
 と、寝台に横臥おうがするラギスは偉そうにいった。世話をするシェスラの髪や尾を掴み、腰に腕を巻きつけたり、彼の動作をいちいち妨害していたが、シェスラは機嫌良さそうにしていた。
 傍から見れば、じゃれている恋人にしか見えないことにラギスは気づいていなかった。