月狼聖杯記

3章:魂の彷徨い 28


 ついに、恐れていた発情が始まった。
 シェスラは、ラギスの寝室の周囲から人払いをし、尚且つ慎重に警備兵を配置した。
 発情した初日の朝、ラギスの寝室にやってきたシェスラは、苦虫を潰したような顔をしていた。ラギスも同じように、絶望の眼差しをシェスラに向ける。
 聖杯ほどやっかいなものはない――どれほど憎んでいようと、一目姿を見るだけで、どうにもならない情欲に苛まれてしまうのだ。

「今すぐ、ここから出ていけ」

 悪態をついているが、頬は上気し、瞳は潤んでいる。
 弱っているラギスを見て、シェスラは欲を抑えこむように表情を強張らせた。

「……無理を申すな。このような状態のつがいを、放っておけまい」
「番じゃねェ」
「無理強いはしない」
「――触んな」

 頬を撫でる手を、ラギスは弾いた。

「今すぐここから出ていけ」
「ラギス……」
「いいか、俺に少しでも触ってみろ、今度こそ腹に剣を突き立てて死んでやる」

 射殺しそうな目で睨むラギスを見て、シェスラは仕方なさそうに身を引いた。

「馬鹿な、といいたいところだが……そなたに限っては、やりかねないところが恐ろしい」
「俺は本気だ」
「判っていると思うが、部屋を出るなよ。後で様子を見にくる」
「もうくるな」

 ラギスは顔を背けたが、シェスラは腰を屈めて顎を掴み、目が合うように上向かせた。

「今のそなたを、他の者の目に晒すわけにはゆかぬ。出てはならぬぞ」

 優雅だが脅すような調子で、王の覇気を滲ませてシェスラは念を押した。

「……出ねェよ」

 渋々頷くラギスを見て、シェスラは躊躇った様子を見せたが、迷いを振り切るように顔を上げて静かに部屋を出た。
 王の前ではどうにか気丈に振る舞えても、一人になると、ラギスは熱を放出したくてどうにもならなくなった。ふて寝しようにも欲求不満のあまり眠れない。
 半日はどうにか耐えた。
 だが空が黄昏れて、夜が色濃くなるにつれて、限界は近づいてきた。

(ちきしょう、身体が燃えそうだ……)

 とうとう我慢できずに、下履きを寛げて、いきりたった屹立をこすりあげた。快感を拾いながら瞼を閉じると、闇夜に輝く烽火ほうかのように、眼裏まなうらにシェスラの顔が浮きあがった。

「――くそッ」

 信じられない。なぜ、シェスラの顔が?
 嫌悪しているはずなのに、濃厚にまじわった、淫靡なひと時を思い出して、身体が熱くなっていく。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 三回立て続けに吐精したが、まだ熱が引かない。胸が痒い。見下ろすと、薄い生地の上衣は突起の形に浮き上がり、湿っていた。

「ちきしょう、あの野郎……何が聖杯だ……ふざけやがって」

 滲んだ乳首を見下ろして、ラギスは低く呻いた。
 不屈の剣闘士として闘技場に立ち続けてきたのに、こんな風に幕を下ろすことになるとは考えてもいなかった。いつの日か闘いに敗れて、闘技場で死ぬのだとばかり思っていた。
 それなのに――
 意味をなさぬ、あらゆる情景が、瞼の奥に浮かんでは消えた。
 生まれ育った木造りの家、ビョーグ……赫と燃えるヤクソンの森、湿った奴隷宿舎。ロキ。剣を掲げて、歓声に応えるラギスの姿。
 王に剣を挑んだあの一瞬、ラギスを射た陽の眩しさまで、思い出された。
 己の運命を呪いながら、胸に走る甘痒い疼痛とうつうを鎮めるために、ラギスは震える手を伸ばした。そこで快感を得ることだけは我慢ならないと思っていたが、堪えきれそうにない……あぁ、抗い難い香気が漂う……

「――ラギス」

 ラギスは目を空けて、茫然とした。
 服をまくりあげ、濡れた乳首をさらし、片方の手は屹立を掴んでいる。身体中が自分の体液で塗れていた。
 今更どんないいわけも通用しない。茫然自失するラギスを見て、シェスラは陶然とした表情を浮かべている。

「……なんて匂いだ」

 吐息のように、シェスラはささやいた。身構えるたラギスの傍に膝をつく。
 熱を孕んだ視線に、ラギスの背筋はぞくっと慄えた。シェスラの屹立は緩く立ち上がり、布を押し上げていた。

「……こんなザマを見て、てめェは勃つのかよ」

 そういいながら、ラギスは喘いだ。濃密な夜の始まりを予感して。

「艶めかしいな……どんな美姫よりも、そなたに誘惑される」
「触るな!」
「ラギス……」
「指一本でも触ってみろ、ぶっ殺してやるッ」

 唸り声で威嚇するラギスを見て、シェスラは降参というように両手をあげた。

「落ち着け」
「出ていけ」
「……断る」
「今すぐ出ていけ!」

 身体が熱くて、熱くて、たまらない。
 放熱を叫ぶ身体を、今すぐにでも慰めなければ、どうにかなってしまいそうだ。
 昏い快楽の流れに、理性が飲まれていく。
 観念して、ラギスはきつく目を閉じた。襟をくつろげて、大きくはだけさせると、濡れた乳首を自ら摘まむ。

「ん……」

 瞳を閉じていても、焦げそうなほど強い視線を感じる。そう意識するだけで、下肢に熱が滾っていく。

「くッ」

 胸の突起に指をひっかけると、それだけで身体が甘く痺れた。しこった尖りを指でいらいながら、下肢に手を伸ばす。
 うっすら瞳を開いて、シェスラの顔を見た。
 水晶の瞳に情欲を灯して、食い入るようにラギスの痴態を見ている。

「……最後まで、見ていくつもりかよ」

 唇の端をゆっくりもちあげて、シェスラは笑みといましめの入り混じった声でいった。

「誰かが呼びつけにきたとしても、今は無理だ……とても目を離せない」

 ラギスは見せつけるように服を脱ぐと、沁みの滲んだ下着に手をかけた。シェスラは喉を鳴らし、雄の顔で股間を凝視してきた。
 濃密な空気が充満して、ラギスの鼻孔に入り込む。最後の理性の欠片が、砕け散る音を聴いた。
 下着を押し上げる屹立を指でくすぐり、亀頭をやんわり撫で上げる。

「……はぁ」

 ラギスは熱い吐息をこぼして、下着を横にずらした。濡れた屹立がはじけるように飛び出して、びたんッ、と腹を打った。

「ぅッ……ん」

 つ、と指でなぞりあげるだけで、背筋がぞぞっとふるえた。シェスラの熱い視線に煽られて、身体が火照っている。あと少し、屹立を擦りあげるだけでってしまう。

「――ッ」

 掌の中で、屹立がびくびくと震えて吐精した。琥珀色の霊液サクリアが竿を滑り、大腿の内側を濡らす。

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」

 荒い呼吸をつくラギスを、シェスラは舐めるように見つめている。昂った下肢は、はっきりと布を押し上げていた。

「……見ているだけで、そんなにしているのか」
「そなたに触れたい」
「ッ、本気かよ……べとべとだぜ」

 体液で濡れた掌を見せつけるように突き出すと、シェスラは誘われるように、首を伸ばした。

「……おい」

 手を引きかけたが、シェスラに手首を掴まれた。首を伸ばし、指先に舌で触れてきた。

「あぁ、ラギス……ッ……これはたまらないな」
「ッ」

 指をしゃぶるシェスラを見て、ラギスは震えた。
 指の一本一本を、丁寧に舌で清めていく。形の良い唇が、ラギスの霊液に塗れた指をしゃぶる様は、視覚的な興奮をもたらした。

「もういい」

 ラギスは指を引き抜くと、決まりわるげに視線を彷徨わせた。

「満足しただろ……出ていけよ」
「まだだ……足を開いて見せてくれ」
「はぁ?」

 ラギスは顔をしかめたが、シェスラは強い目で見つめてきた。




3章:魂の彷徨い 28


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