光線が揺れている。
 嫌だ。目醒めたくない。
 暗澹とした現実に還りたくない……このまま永久に眠っていたい。
 果てしなく嫌だったが、光のちらつきが我慢できなくなり、ラギスは瞼を持ちあげた。
 斜にされた光が、部屋を照らしている。
 天蓋から吊るされた香炉から、優しい木蓮の香りが漂っている。
 ぼんやりとした思考が、少しずつ明瞭になっていく。
 起きあがろうとしたが、身体に力が入らなかった。目が醒めたばかりなのに、もう微睡みかけている。
 腹を摩ると、皮膚が盛りあがり、傷は塞がっていた。想像したような激痛はない。
(どうなっている? ……刺傷は、それほど深くなかったのか?)
 いや、それはない。あれだけ深く突きさして、刃を横に引いたのだ。致命傷だったはずだ。
 どうしてここまで肌が復元しているのだろう? よほど優れた治療師がいるのだろうか?
「ラギス様!」
 部屋に入ってきたジリアンは、目を醒ましているラギスに気がついて、寝台の傍へ駆け寄ってきた。
「ご気分はいかがですか?」
「……最悪だ」
 全身が酷くだるい。思うように身体が動かない。
 声はひび割れていたが、しっかりと答えるラギスを見て、ジリアンは肩から力を抜いた。天を仰いで、レイール女神に感謝の言葉を捧げている。
「俺は、どれくらい眠っていた?」
「十四日も目を醒まさなかったのです」
「十四日?」
 ラギスはぎょっとしたように、ジリアンを見た。
 十四日も眠っていた割に、服も身体も清潔で、少なくとも異臭は放っていない。
「お前が、俺の世話を?」
「大王様です。私はそのお手伝いをさせていただいておりました」
 眉をひそめるラギスを見て、ジリアンは少し迷ってから口を開いた。
「とても、献身的でいらっしゃいましたよ」
「は」
「本当です。ラギス様が昏睡から醒めるまで、つきっきりでお世話をされていらっしゃいました」
「血迷っているとかしか思えねぇ……この事態からして事実血迷っているが……悪夢だ」
 呪わしげに呻くラギスを見て、えへん、とジリアンは控えめな咳ばらいをした。
「大王様に知らせて参ります」
「待てッ!」
 鋭い声で呼び止めるラギスを、ジリアンは緊張した顔で振り向いた。
「あいつは、俺をどうするつもりだ?」
「どう、とは」
「なぜ十四日も生かしておいた」
つがいを――」
つがいじゃねェッ!」
 怯んだように口を噤むジリアンを見て、悪い、とラギスはため息をついた。
「……俺は殺されるのか?」
「いいえ!」
 間髪入れずに答えるジリアンを、ラギスは食い入るように見つめた。
「なら、俺はまたあいつに……」
 辱めを予期して暗澹あんたんとなるラギスを見て、ジリアンは労わるように声をかけた。
「大王様は、ラギス様のことをとても案じておいででした」
「そうだろうよ。お気に入りの玩具だからな」
「違います! 大王様はラギス様のことが大切なのです!」
「ありえねぇ」
「本当です! ……我が大王きみは、ラギス様を献身的にお世話をなさっておりました」
「……」
「片時も離れずに傍に寄り添い、目を醒まさぬラギス様に、日に何度も飲み物を与え、二日に一度はお身体を拭いて、肌を痛めぬよう向きを変えて……いじらしいほどでしたよ」
「……あいつが?」
「はい」
 苦い顔で押し黙るラギスを数秒見つめて、すぐに戻ります、とジリアンは声をかけてから部屋をでていった。
 一人になると、重苦しい空気がラギスにのしかかってきた。
 外は十分に明るいのに、視界は徐々に黒く塗り潰されていく。
(……死ねなかったのか)
 尊大で傲慢な王に、一糸報いたと思った。聖杯の呪縛から解放されるのだと。
 甘かった。安らかな死は、赦されなかったのだ。