アッサラーム夜想曲

お題「もし、光希がサルビアにトリップしたら?」

 東京。小春日和の秋の日、某小学校では運動会の真っ最中である。
 小学四年生の桧山光希は、苦手な徒競走に挑んでいた。精一杯走っているが、ぽっちゃり体系で、一緒に走っている誰よりも脚が遅く、ゴールの白いテープはとっくに切られている。それでもどうにか白い線を越えた瞬間に、ゴォール! と審判役の教師が大きな声で労った。
 次の瞬間、光希は見たこともない場所にいた。
 巨大な石柱に囲まれた、円形の石床にぽつんと立っている。炎天下を走っていたはずなのに、氷室ひむろのようにひんやりしていて、まったき静寂に包まれている。
「はぁ、はぁ、は……」
 全速力で走った直後なので、まだ息切れがしていて、大伽藍だいがらんのような空間に、荒い呼吸がやけに響いて聞こえた。
「え……あれっ?」
 光希はゆっくり辺りを見回し、ある一点で、びくっとなった。
 自分より背の高い少年が、吃驚した表情でこちらを見つめているのだ。その外見は目を引くもので、硬質な灰色の肌に、新雪のように白い髪、瞳は血のように真っ赤な色をしている。
「****?」
 何をいわれたか判らず、光希は首を傾げた。
「え、なに……?」
 光希が戸惑った風に訊ねると、彼も困ったように首を傾げ、黙りこんだ。その様子に親近感を覚え、光希の警戒心は和らいだ。
「あの、誰?」
 光希は勇気をだして、一歩を踏みだした。色彩ばかりに目を奪われていたが、よく見れば、輪郭のはっきりした美しい顔立ちをしている。
 これが、ジークフリードとの出会いだった。

 あの運動会の日。光希がやってきた場所はサルビア帝国という、地球には存在しない、異次元の軍事大国だった。
 サルビア人は特徴的な容姿をしており、誰もが灰色の肌に、白い髪、赤い瞳をしている。光希のように黒い髪と瞳をもつ人間は一人もいないが、幸いにして彼等の風習では貴色であるらしく、生き神のように大切にされた。
 光希は、街の中心にある大きな神殿に預けられ、衣食住を世話になり、教養を与えられた。
 大切にされていても、しばらくは、現実を受け入れられなかった。
 なぜ、サルビアにやってきたのか? なぜ光希なのか?
 自問自答を繰り返し、家に帰りたい、母親を求めて泣いてばかりいた。
 時間はかかったが、親切な人々のおかげで、次第にサルビアでの生活になじんでいった。言葉を習得するにつれ、自分は神隠し・・・にあったのだろうと考えるようになった。
 煌めく金色の稲穂。太陽と水の恵み。自然に寄り添うサルビアでの生活は、二十一世紀の日本と比べれば不便が多いが、魅力に満ち溢れていた。
 切り立つ巨岩の美しい帝国。澄み切った満点の星空、趣のある馬車や、想像上の生き物――竜のいる世界は、十歳の光希を魅了した。
 光希の面倒は、主にサキという名の盲目の神官が見てくれた。厳つい巨躯に反して、非常に温厚で、愛情深い男だった。彼は、光希にとってサルビアでの父親も同然だった。
 サキはジークフリードという身分ある少年の教育係でもあった。
 ジークフリードとは、光希がサルビアへきて最初に目にした、あの少年である。彼の額には、美しい赤い宝石があり、不思議な神通力を具えていた。
 それは、きたる戦争で剣を振るうためだという。幼い頃は、その説明がいまいちぴんとこなかった。サキの話を聞く限り、まだ子供のジークフリードは、とんでもない重責を背負っているように聞こえたが、当の本人はどこ吹く風で、いつでも飄々ひょうひょうとしていた。
 サキは、ジークフリードと分け隔てなく光希にも教養を与えた。根気よく読み書きを教え、書架の手伝いという立場を与え、少しずつ世界を拡げていく手伝いをした。
 見知らぬ土地で、光希が健やかに育つことができたのは、サキとジークフリードのおかげといっても過言ではない。
 ジークフリードは光希より背が高く、体格も良いが、実は一つ年下だとあとから判った。二人は毎日のように行動した。共に食事し、学び、晴れた休日には草競馬を観戦し、雨の日には室内で本を読んだり、積み木で遊んだり、剣……は光希の方はからっきしだったが、初めてのことは、なんでも一緒にやった。
 ジークフリードは、光希の知っている同級生とは、まるで違った。彼は、とても変わった少年だった。
 特徴的な外見もそうだが、性格も個性的で、表情は極めて乏しく、出会って間もない頃は、彼の機嫌の良し悪しが全く判別つかなかった。
 彼は寡黙で、他人に関心がない。かといって内気だとか、臆病というわけでもなく、むしろ好戦的で物怖じしない性格をしていた。剣術稽古では、誰が相手でも勇ましく斬りこんでいくのだ。
 唯我独尊、泰然自若、我が道をいく男。それがジークフリードだ。
 その大物ぶりは、大人に対しても発揮されたが、光希に対しては、少しばかり違う面も見せた。年相応のじゃれあいが含まれ、会話もする。
 内容は混沌カオスなのだが……例えば、こんな調子である。
 光希がサルビアにやってきた当初、言葉や数字といった、日常生活に直結する知識を、神官であり教育係でもあるサキから教わっていた。
 授業はジークフリードも一緒に受けていて、教科書の朗読を、光希とジークフリードで代わり番こにしていた。
 当然、光希の方が発音もたどたどしく、間違いを指摘される回数も多い。ジークフリードはそれを笑ったりはしないが、からかわないかといえば、そうでもなかった。
 ある日のこと、サキの授業を終えたあとで、ジークフリードは光希を見つめて、こういった。
「コーキは言葉を勉強した方がいい」
「してるよ。頑張ってるじゃん」
 光希はむっとしていい返した。
「もっと頑張れ~」
「はー? ジークにいわれたくないよ。ジークこそ、公用語勉強し直してきなよ」
「コーキが怒った? あ、殴らないで~」
 抑揚のない、ほぼ棒読みでジークフリードがいう。
「はぁぁ? 殴ってないでしょ! サキ先生の前で、適当なこといわないでよ!」
「痛いー」
 サキが盲目だからといって、ジークフリードは光希限定で、こういうおふざけ・・・・をする。気配に敏いサキには、見えているも同然なのだが、温厚な師は、ほほえましく見守ることが常だった。
 しかし、彼のおおらかさが光希には不満だった。くすくすと楽しげなサキを見、
「サキ先生! 笑ってないで何とかいってやってください! ジークを厳しくしちゅけてくださいっ」
「しちゅけて」
 ジークフリードが真顔で反芻する。
「く、むかつく……っ」
「今代の宝石もちは、随分と表情が豊かだこと」
 サキがにこやかにいうので、光希は不満げな顔で彼を見た。
「えぇっ? 完全に無表情ですよ。殴らないで~とか、無表情でいってますよ!」
 サキは頷くばかりで、優しくほほえんでいる。光希の不満は爆発した。
「俺は怒っているんです! ジークむかつく! 無表情だし! 嫌い!」
「コーキ怖い~」
「ジークむかつく~」
 光希も真似し返してやった。それでもジークフリードが間延び調子で口真似をやめないので、しまいには光希も怒鳴った。
「煩い煩いっ! “俺はジークと違ってサルビア人じゃないんだ! 言葉がちょっとおかしくてもしょうがないんだろ! なんなんだよ!”」
 そういって、ジークフリードの肩に噛みついた。なんとも原始的な手段だが、彼には言葉でいっても伝わらないので、怒っているんだぞ! と行動で判らせてやったのだ。
 が、流石にジークフリードも驚いたようで、力いっぱい光希を振り払ってしまい、丸っこい光希は後ろに転げて、頭を打った。
「痛っ! ……う、う、うぇぇ~ん………っ」
 サキが慌てて駆けてくる。彼にすがりつきながら、光希は本格的に泣き始めた。一方、ジークフリードは戸惑ったように立ち尽くしていたが、自分が悪かったのだと理解すると、おずおずと光希に手を伸ばした。
「……ごめん」
 サキとは違う小さな掌が、優しく、後頭部のたんこぶを撫でる。光希は顔をあげなかったが、慰めの気持ちは伝わっていた。
「えぐ、うぐっ……痛い、ばか、あほ……っ」
「……ごめん。気をつける」
 心なし悄然とした声でジークフリードが謝ると、光希も小さく頷いた。
 二人は、こんな風に、喧嘩をしては仲直りを繰り返した。

 雨の日である。
 光希は部屋でジークフリードと一緒に絵を描いて遊んでいた。光希はジークフリードの似顔絵を描き終えると、
「“じゃじゃーん♪”」
 と、効果音つきで彼に見せた。わくわくしながら反応を待ってみるが、ジークフリードは首を傾げるばかり。
「どう? ジークだよ」
「んー」
 ジークフリードは無表情で唸った。
「んー、じゃなくてさ。ジークだよ。ジークを描いたの」
 光希としては、よく描けた自信があった。褒めて欲しいのだが、
「んー……?」
 と、なんとも形容しがたい反応しか得られなかった。ジークフリードはもともと口数が多い方ではなく、傍にいて全く口をきかないこともある。喋ったと思っても、このように意味不明なことはしばしば。空気を読めない、否、読まない男だった。
 この間合いに最初は戸惑っていた光希だが、割とすぐに慣れた。この時も特に気に留めず、次の絵を描き始めるのだった。

 また別の日。
 光希が厨房で料理に挑戦した日のことである。
 どうしてもカレーが食べたくなり、ある日自分で作ってみようという気を起こしたのである。
 じゃが芋や人参の代わりになりそうな野菜は厨房で手に入ったが、肝心のルーの代わりは思いつかず、似た色の香辛料を適当に混ぜてぐつぐつ煮つめた。料理人たちのさりげないフォローのおかげで、カレーもどきは大失敗には終わらず、香ばしくて美味しそうなスープに仕上がった。
 達成感に光希が顔を輝かせた時、折よくジークフリードが厨房に現れた。
「ジーク! スープ作ってみた。食べてみて~」
 光希は得意満面の笑みで、湯気のたつ器をジークフリードにさしだした。
「……何?」
 ジークフリードはすぐには受け取らず、無表情で器と光希の顔を交互に見比べた。
「カレー。俺の国の料理だよ。本物とはちょっと違うけど……なんかスパイシーなスープになったよ。でも、美味しいと思う」
「汚泥?」
「カレー」
 光希はむっとしつつ、訂正した。
「……汚泥?」
「違うし、カレーだし。見た目はあれだけど、美味しいから。食べてみてよ」
 光希が器と匙を押しつけると、ジークフリードはとりあえず受け取った。無表情で一口、また一口と食べる。
「どう?」
「なんか……」
「うん」
「変な味」
 ジークフリードは無表情で呟いた。
「え~! そう? 美味しいと思うんだけどな」
 光希は不満そうにいってから、無表情で飲むジークフリードを見て笑った。微妙な感想だが、ジークフリードは完食してくれた。

 乾季が訪れ、日中の陽射しが強くなってきた頃。
 石柱回廊を歩いていた光希は、剣術稽古をしているジークフリードを見かけて立ち止った。ちょうど号令がかかり、休憩になったようだ。と、ジークフリードと目があった。
「ジーク!」
 彼の傍に駆け寄ると、ジークフリードは無表情で光希を見つめてきた。何を考えているのか全くの不明だが、いつものことなので、光希もいちいち怯んだりはしない。
「ねぇねぇ、ちょっと剣を見せて」
「やだ」
 即答である。
「え~? なんで?」
「やだ」
「だからなんで? ちょっと見せてよ」
「やだ」
 ジークフリードは胸に剣を抱えたまま、光希に背を向けて走りだした。光希は後ろを追いかけ、何もないところで蹴躓いた。べしゃっと潰れて、動かなくなる。立ち止まったジークフリードが振り向くと、光希はうるうるした瞳で膝を抱えていた。
「痛い~……っ」
 すりむいた膝に、血が滲んでいる。光希にしてみれば大怪我だが、ジークフリードにしてみれば、どうということのない擦り傷だった。だから彼は不思議そうに、
「なんで泣くの?」
「煩いなっ」
 光希は唇を尖らせた。泣き顔を見られまいと、顔を俯けた。ジークフリードに腹が立って仕方がなかったが、傍にやってきた彼に髪を撫でられ、あっけにとられた。
 ジークフリードは、慣れない手つきで光希の髪を撫でていた。
 駆け寄ってきたサキは、その様子を察して感銘を受けた。相手は光希に限られるが、心無いといわれる宝石もちでも、他人の痛みに共感し、慰める優しさをもちあわせているのだ。
(これも天の思し召しなのか……)
 サキは運命の悪戯を思わずにはいられなかった。この黒髪の少年が、本来であればアッサラーム陣営の花嫁であることは、一部の者だけが知っている。時がくればお返ししなければならないと判っていていも、この幸せな時が続けばいいのにと思ってしまう。
 サキが、少年たちのやりとりを感慨深く見守るなか、
「大丈夫……傷、洗う」
 光希は照れ臭そうに片言でいうと、ゆっくり起きあがった。ひょこひょこ歩きだす様子を気取り、サキは彼を抱きあげようと屈みこんだが、ジークフリードの方が早かった。ひょいっと横抱きにもちあげた。
「わっ、何するんだよ!」
「運ぶ」
「だ、大丈夫だよ! おろしてよ!」
 光希は真っ赤な顔でいったが、ジークフリードはすたすたと歩き始めてしまった。
「恥ずかしいよ! おろしてったら……ジーク~……」
 困りきった光希の声が、廊下にこだまして聴こえ、サキはくすっと暖かな笑みをこぼした。ハヌゥアビス神の気まぐれも、時には幸いするらしい……光希がジークフリードの傍にいて、心を育んでくれることに、天に感謝を捧げた。



 当時は必死だったが、あとから振り返ってみれば、ジークフリードが十三歳になるまでは、なんだかんだ平穏な日々だった。
 彼が成人してからは、訓練の内容は一変した。木刀から実剣に代わり、実戦さながらの剣戟けんげきで、血を流すことも増えた。
 戦争が日常に起こる世界で、彼等の訓練は過酷だ。
 初めて見た時、光希は卒倒するかと思った。模擬戦だというのに、腕を斬り落とされた者がいたのだ。誰も騒がず、淡々と治療をして、次の訓練に移っていった。太平楽に暮らしていた光希には衝撃だった。
 光希も十三歳を過ぎると、色々と状況が変化した。
 神殿の書架整理のほかに、星占や典礼儀式の手伝いもするようになり、礼拝者に祝福を授ける役目も授かった。光希は、これが苦手だった。
 ある日、四人の家族が神殿を訪れた。仲の良さそうな家族だった。二人の子供は、目をきらきらさせながら光希の前にやってきて、お行儀よく跪き、胸の前で手を組んだ。親は、愛情に満ちた眼差しでその様子を見守っている。
 ほほえましい光景だが、押し寄せる思いでが光希の胸を詰まらせた。
 痛切な思いを抱えながら、光希はぎこちなくほほえみ、幸せそうにほほえむ少女の頭に、そっと手を乗せた。
「幸いなるものに、祝福を……」
 何千回と繰り返してきた祝詞が、酷く空虚に感じられた。親に見守れている少女が心底羨ましくて、彼等より自分の方がよほど祝福を必要としていると思った。
 こんなに貧しい心をしている自分が、果たして本当に、他の誰かの幸せを心から願えるのだろうか?
(だけど俺だって、家族に会いたい……)
 息苦しさに眩暈を覚えた時、祭壇にジークがあがってきた。ぎょっとする光希の手を掴み、そのまま走りだした。
「ちょ、ジーク!?」
 追いかけてくる近衛や神殿騎士を無視して、ジークは走った。光希が息苦しさに喘ぐと、背におぶって走りだした。
「どこにいくの?」
 少年の肩に掴まりながら、光希は困惑気味に訊ねたが、ジークは無言で走り続けた。厩舎が見えてくると、光希にも彼の考えていることが判った。ジークは自分の飛竜を呼ぶと、背に光希を乗せ、自分も後ろにまたがり、瞬く間に飛びあがった。
 光希がはしゃいで笑い声をあげると、ジークも心なし楽しそうに紅玉の瞳を煌めかせた。
 二人は、茫漠ぼうばくの地を渡る風に吹かれながら、サルビアの上空を自由に翔けた。
 やがて空中遊泳に満足すると、巨岩に並んで腰をおろし、雄大な景色を共に眺めた。そうするうちに、光希の心は凪いでいった。
「……そろそろ戻ろうか。きっと、サキ先生が心配している」
 穏やかな声で光希がいうと、
「もう平気なのか」
 じっと見つめてくるジークに、光希はほほえみ返した。
「うん。連れだしてくれて、ありがとう。おかげで気が晴れたよ」
「……俺は、人とのつきあい方がよく判らない。でもコーキは大事だ」
 光希は笑顔になった。
「俺もジークが大事だよ」
 ふと思いだしたようにつけ加えた。
「ねぇ、宝石もちには、魂の伴侶がいるんだよね。ジークにはいないの?」
 ジークはかぶりを振った。
「今生ではまだ会っていない。探しているが、毎回見つけられるとも限らないんだ。出会えることの方が稀で、でも、年を追うごとに記憶が蘇る。思いだすと、これが幸福というものなのだろう、と感じる」
「そっか……」
「コーキは、ハヌゥアビスの気まぐれでサルビアに呼ばれたが、本当はシャイターンの伴侶なんだ」
 その話は以前にもされたことがあり、光希は眉をしかめた。
「その話は嫌だ」
「シャイターンはコーキを探していると思う」
「なんで判るの」
「判る。彼は、もう一人の自分だから」
 光希はむっとした。感情の希薄なジークフリードが、そんな風にいう相手に、淡い嫉妬の念を覚えたのだ。
「アッサラームは敵なんでしょ? じゃあ、その国の宝石もちに捕まったら、俺は殺されるのかも」
 ふてくされたように光希はいった。
「それはない。大切にされるだろう。だから、総力戦が始まる前に、アッサラームへいった方がいい」
 光希は苦しげに顔を歪めた。
「……なんで、そんなことをいうんだよ。もう、サルビアは第二の祖国なんだ。ハヌゥアビス神が俺を連れてきたっていうなら、ここにいさせてくれよ」
「神とは身勝手なものだ」
「勝手すぎるよ! 俺はこの国にいたい……ジークだって、宝石もちだからって、どうしてジークが戦わないといけないんだ」
「聖戦は東西の宿命だ。そのために俺は、転生を繰り返している」
「……俺には判らないよ」
 光希は折り曲げた膝を両腕で抱え、膝に顎を乗せていった。
「戦神がお望みだ。俺を含め、彼に仕える戦士にとっては、西との総力戦に勝つことは、最高の栄誉なんだ」
「でも、結果は関係ないんでしょ? 勝っても負けても、何度も転生を繰り返すんだよね?」
 光希には理解不能だった。永遠に戦いを繰り返すことに、どんな意味があるのだろう。
「戦術戦略によって、結果は毎回変わる。神々が戦の盤に飽きない限り、何度でも続くだろう」
「……ジークに、戦争にいってほしくない」
 光希が不安そうにいうと、ジークフリードは光希を見て、
「コーキは、俺のただ一人の友だ」
 その声は淡々としていて、やはり無表情だったけれども、光希は、胸に喜びが拡がっていくのを感じた。
「……俺も。ジークは親友だよ。お願いだから、無事に帰ってきて」
 ジークフリードはじっと光希を見つめて、頷いた。
 この二人の少年の、きらきらと輝く青春時代は、そう長くは続かない。人生の大半を、戦争と政治に翻弄され、幾多の困難に見舞われる。
 しかし、遠く離れている時でも、二人は硬い友情で結ばれ、その絆は生涯続いた。



 このあとに起こる史実を、かいつまんで述べると――
 ジークフリードは十六歳で聖戦に挑み、二年の月日を経てサルビアに帰還した。光希と再会し、しばらくは平穏に過ごす。
 このあと、アッサラームから何度か特使が遣わされ、光希との面会を望むが、光希はなかなか了承しなかった。
 公式にジュリアスとの面会は一度だけ成立するが、以降は光希が拒んだため、ジュリアスは説得を諦めて強行手段にでる。
 大型帆船で光希を連れ去り、飛竜を経由してアッサラームに連れ帰ってしまう。
 シャイターンに祝福された運命の伴侶である二人だが、相愛に至る過程は大変なもので、長い間、光希はサルビアへの帰還を望んだ。
 運命は時に意地悪なもので――
 光希がジュリアスの想いをようやく受け入れた時、彼の神力は高められ、東西大戦の引き金となる。
 光希は心を痛めながら大戦の行方を見守り、やがてサルビアが敗北すると、ジュリアスの生還を喜ぶ一方で、ジークフリードを偲んだ。
 人生の晩年に、ジークフリードを弔うために、ジュリアスの説得を振り切って、サルビアの地に足を踏み入れてもいる。
 ジークフリードとジュリアスの二人の宝石もちは、同じ時代に光希と出会い、それぞれの時間で、波乱万丈な人生を共に生きた。