アッサラーム夜想曲

月刊アッサラーム競竜杯特集・第2弾


全ての選手に栄光あれ
月刊アッサラーム/四五六年三月号

 ごきげんよう、諸君。

 期号アム・ダムール四五六年三月十四日。晴天。第二十四回競竜杯決勝戦。
 西大陸の地域戦を勝ち抜いた飛竜乗り達が、栄光の座を懸けて競う伝統の一戦が、ついにアッサラームで行われた。
 実際にご覧になった方も多かろうと思うが、会場は満席だった。特設会場の外にも大勢の観客が押し寄せ、アール河の歩道は人で埋め尽くされていた。
 皆も知っての通り、白熱した試合を制したのは、投票一番人気のアルスランだ。息もつけぬ展開から、圧巻の逆転勝利。歴史に残る試合といって過言ではないだろう。
 試合直後のアルスランに幸運にも話をきくことができたので、取材の模様をお届けしたい。

 優勝おめでとうございます。先ずは、今のお気持ちを聞かせてください。

「ありがとうございます。本当に強敵ばかりで、誰が勝ってもおかしくはない試合でした。勝つことができたのは、飛竜隊を始め、支えてくれた皆の協力と声援のおかげです。この日のために準備してきたので、勝てる自信はありましたが、勝利した瞬間は最高に気分が良く、皆もすごく嬉しそうでした。その様子を見て、改めて勝利して良かったと思いました」

 誰が勝ってもおかしくはない――アルスラン自身がそう評価する究極の一戦において、勝利の決め手となったのは何だったのだろうか。

「競竜杯は個人競技ですが、見えないところでも闘いは繰り広げられています。今日は準備してきたことを、全てだしきれたことが決め手だったと思います」

 そう、試合には準備期間がある。その時間をどう使うのか、何を極めるのか、取捨選択の幅は計り知れない。飛竜乗り達の勝負は、試合前から既に始まっているのだ。
 アルスランは、試合が始まるまでの時間を、どのように使ったのだろうか。

「個人練習はもちろんですが、有力選手の過去試合の解析にも、かなりの時間を割きました。これには、隊が一丸となって貢献してくれました。決勝戦に至るまでに、厖大ぼうだいな試合数がありますから、とても私一人では研究しきれなかったでしょう」

 分析に力を入れる選手は少なくないが、どうやら彼もその一人らしい。試合に向けて、あらかじめ対策を立てることはできたのだろうか。

「解析を繰り返すうちに、他の選手の個性や、試合傾向が徐々に見えてきました。そこからジャファールと策を講じて、その幾つかを実際に今日の試合で生かすことができました」

 ジャファール将軍の援護とは心強い! 
 本人自身も冷静な戦況判断と最速の飛竜乗りとして知られているが、空において最強の名を冠する軍師が背後を支えているとあれば、いよいよ無敵ではなかろうか。

「無敵ですね(笑)。彼は本当に優秀ですから。二人で話していて一致していたことは、他の選手達は攻撃な乗り手が多いということです。それこそ違反ぎりぎりの接触をしかけてきたり。だから、相手が無理な接触を仕掛けてくる前に、序盤で引き離すつもりでした」

 確かに、アルスランは序盤から先頭に位置していた。そこは狙った通りのようだが、実際に戦ってみた印象はどうだったのだろうか。

「予想通りではありましたけど、本当に攻撃的だなと感じました。私はジャファールの飛竜術や戦闘を参考にすることが多いので、総数を意識した、確実な戦闘に身体も思考も慣れているんです。だけど、賭博の競技に慣れた若い選手は、無理やりにでも闘いにくる。予選でも本戦でも、一貫して前のめりで攻めてくるんです」

 試合で飛竜の衝突が起きた時、観客席からは一斉に悲鳴があがった。誰もが最悪の事態を想像したはずである。
 だが、アルスランは接触から空中で立て直し、場外を免れるという妙技を披露してくれた。その時、空中ではどのようなことが起きていたのだろうか。

「とても際どい状況でした。あの時、全員が危険な角度に傾いて、私はどうにか立て直しましたが、二番手と三番手は耐え切れずに離脱しましたよね。私も加速するのか、ブランカを落ち着けるのか、瞬間的な判断が必要でした。でも彼女の呼吸が、まだいける、と教えてくれたんです」

 あの衝突は、アルスランが完全に制したように見えたが、実はとても紙一重だったのだと彼は語った。
 一瞬でも彼が加速することを躊躇っていたら、後続の飛竜に抜かれ、最後の直線上で勝てなかったかもしれない。ブランカが衝突を恐れて減速しても同じことがいえるのだと。

「あまり詳しくは教えられませんが、ブランカはある一定の条件が揃うと、本当に無敵になれるんです。仮に条件が足りずとも、私が個人技で補える自信はありました」

 なるほど。お互いの理解と信頼があったからこそ、あの局面で底力を発揮することができたのだろう。
 最後の直線上の闘いは阿鼻叫喚。観客席からは、声にならない叫び声と感嘆の声で溢れかえっていた。
 この時、殿下も身を乗りだして声援を送っていたことを伝えると、アルスランは嬉しそうに頷いた。
 試合内容について話を聞いている最中に、彼の口からは何度も“総合力”という言葉が飛びだした。個人競技ではあるが、試合に至るまでの過程で彼が得たもの、感じとったものが、自然とその言葉を口にさせるのだろう。
 アッサラーム代表という立場は、重い。
 鋼腕に貢献された殿下、イスハーク皇帝やアースレイヤ皇太子、シャイターンも絶対的な信頼を置かれていた。その命運を任せられる重みを、彼はどのように受け止めていたのだろうか。

「もちろん、責任は重大です。アッサラームで開催されることもあって、地元の声援が本当に凄いので。これほどの期待を集めているのだから、必ず優勝しなくては――気負う気持ちがないといえば嘘になりますが、それ以上に励みになりました。私一人の闘いではありませんでしたから。皆が私の背中を押しあげて、決戦の場に立たせてくれたのだと思っています」

 アルスランは澄んだ眼差しで応えてくれた。試合に対する彼の真摯な姿勢には、ただただ頭がさがる。そんな彼だからこそ、アッサラーム代表に選抜され、周囲も惜しむことなく力を貸したのだろう。彼のいう“総合力”を高めることができたのは、先ず、稀有けうな彼の求心力があったからなのだ。
 ところで、花冠を授ける大役は殿下が務められたが、これはアルスランが希望したのだろうか。

「はい、私から殿下にお願いしました。代表に選抜されたのは、鋼腕を授かり、前線に復帰できたことが何よりの理由ですから。勝利することで、少しでも恩返しになればと思っていました」

 恩返しはできたといっていいのではないだろうか。殿下は満面の笑みを浮かべていらっしゃった。大いに喜んでくれたに違いない。

「そうですね、私以上に喜んでくれました。表彰式の時も、悠々とシャイターンが歩いてくる横で、ぱっと駆けつけてくれましたから」

 私も、あの時の光景はよく覚えている。金糸銀糸の礼装に身を包んだ殿下が、白や赤の花吹雪が舞うなか、アルスランの頭上に花冠を授ける光景は美しく感動的だった。
 また、最後まで試合を競っていたロッシュ選手と、握手を交わしていた光景も印象に残っている。あの時、どんな言葉をかけられ、あるいはかけていたのだろうか。

「おめでとう、といってもらいました。彼とは前にも合同演習や大会で一緒になったことがあって、手ごわい強敵であると同時に、よき理解者であり友人なんです」

 飛竜乗り達は、深いところでお互いのことを尊敬している。
 一位を懸けて競う以上、勝者がいて敗者がいる。負けて悔しい気持ちは、当然あるだろう。実際、手で顔を覆い、流れる涙を隠していた選手もいた。
 それでも彼等は、勝者を讃えるために、自らの意思でアルスランに声をかけにいったのだ。

「地域戦が始まった当初は、ぎりぎり下位にいた選手が、実力をつけて、本戦にあがってきたりもしました。油断は少しもできませんでしたよ。私も彼等から学ぶことはとても多かった。本当に感謝しています」

 そう語ったアルスランの表情にも声にも、驕ったところは少しもなかった。
 なぜ、競竜杯はこれほどまでに盛りあがりを見せたのか。それは拮抗した紙一重の試合はもちろん、一人一人の選手がとても魅力的だからではないだろうか。
 勝負どころで自然と湧きあがる大きな声援は、それぞれの選手が熱い支持を受けていることの表れだった。
 勝って驕らず負けて潔し――言葉にするのは簡単だが、実行することは極めて難しい。
 あの時は、一人一人の選手が心では血を流しながら、その言葉を精一杯に体現していたと思う。
 そうでなければ、試合直後で精神的に消耗しきっているはずの選手達が、次々とアルスランに祝福の言葉をかけたことの説明がつかないのだから。
 幸運にして私は、何か月にも渡って競竜杯を取材するうちに、選手達と打ち解けることができた。あの日、最後の取材をする私に、彼等は感謝と労いの言葉をかけてくれた。
「僕のことを、記事にしてくれてありがとう」
 感謝の籠った言葉が嬉しくて、私も何かいおうとしたのだが、言葉に詰まってしまった。
 いいたいことが、あまりにも多すぎたのだ。
 彼等の鮮烈な競争意識、努力する姿を間近で見てきた。敗れて、悔しさを堪えながら、勝者に託し、八人の選手が選ばれ、決勝戦で最高の試合を見せてくれた。アッサラームの民としてアルスランを誇らしく思う一方で、敗れた選手達が勝者を讃える姿に心を揺さぶられた。そういった諸々の思いを、咄嗟に言葉にすることができなかったのだ。
 私は知っている。彼等が全力で闘い、悔しさを舐め、そのたびに深まった畏敬の念、律する心、次は負けないという気持ち。彼等と共に競竜杯を追いかけることができて本当に良かったと思っていることを、とても一言ではいいあらわせない。こんな試合は二度と見れないと思いながら、また彼等の闘う姿を見たいという気持ちを、ひとことでいいあらわせるわけがなかった。
 あの時口籠っていたのは、そういうわけである。選手達には、この記事をもって、改めてお礼をいいたい。
 何度思い返しても、競竜杯の光景が驚くほどに新鮮に蘇る。心の深いところで、冷めやらぬ熱い思いが渦巻いているのだ。
 全ての選手に感謝を捧げたい。
 君達の姿に勇気づけられ、感動をもらい、数ヶ月に及ぶ取材の日々を、熱く有意義なものにしてくれた。素晴らしい日々、試合を見せてくれて、本当にどうもありがとう!

 そしてアルスラン、あらためて優勝おめでとう!!

 記者:カナル・フレイブ




奇跡の対決
月刊アッサラーム/四五六年三月号

 本戦の興奮冷めやらぬなか、一際大きな歓声があがった。
 アッサラームが誇る英雄二人による、一騎相いっきあいの勝負が急遽決まったのである。夢のような究極の対決に、会場からは割れんばかりの拍手喝采が沸き起こった。
 かくなる私も、知らせを聞いた時は全身の肌が総毛立った。あのシャイターンと競竜杯の王者、アルスランの闘いを拝めるのだ。人生において数回あるかないかの僥倖ぎょうこうである。取材そっちのけで大いに観戦を楽しませて貰った。
 紹介するまでもないと思うが、一応、二人の経歴について軽く触れておく。
 先ず、アルスランはアッサラーム最速の経験豊富な飛竜乗りであり、シャイターンが最も信頼している将の一人である。戦略戦術面においても彼はとても策士で、相手の僅かな隙を見つけて突く能力は圧巻の一言に尽きる。
 東西大戦で肩腕を失うが、クロガネ隊を始め、殿下の尽力により鋼腕を手に入れ、一年と経たずに前線に復帰を果たしている。
 不屈の獅子は幾多の困難を乗り換え、翳ることのない最速の名を、見事に競竜杯で証明してみせた。
 一方、シャイターンは十六にして聖戦に終止符を打ち、青い星の御使い、砂漠の花嫁をアッサラームにもたらした。究極の東西大戦では総大将を務め、圧倒的な軍勢を制して決勝してみせた西大陸を代表する英雄である。
 彼が公式試合にでることは少ないが、出兵の度に連戦連勝をもたらした稀代の名将であることは、周知の事実である。
 ……と、大分省略しているが、以上が二人の経歴である。
 大仰な紹介と思うなかれ。これでも言葉をすぐっており、実際の二人の活躍と経歴はもっと凄まじい。彼等の名は歴史の後衛に名を連ね、今尚、偉大なる業績を築き続けているのだ。
 二人は、幾つもの戦場を共にくぐり抜けてきた。つまり、お互いのことを知り尽くしているということだ。
 この勝負、自然に考えれば、練習を重ねてきたアルスランが有利だが、情報開示の少ないシャイターンの方が、戦略戦術面においては有利かもしれない。
 果たしてどのような勝負になるのか。誰にとっても、想像は困難を極めたに違いない。
 群衆の期待が最高潮に高まった時、晴天に試合を告げる銅鑼が鳴り響いた!
 やはりというべきなのか、序盤はアルスランが優勢だった。先の試合で見せた巧みな操術で、シャイターンを完全に抜き去った。
 両者の距離は一定のまま、中盤に差し掛かろうとした時、シャイターンが仕掛けた。高度をほぼ直角にあげて、瞬間的にアルスランの飛竜、ブランカの視界から姿を消したのだ。ブランカは動揺し、僅かに平衡を乱した。
 次の瞬間、シャイターンは勢いをつけて下降し、アルスランを一気に追い抜いた。鮮やかな反転劇が決まったかと思われたが、アルスランとブランカの驚くべき反応速度がこれを防いだ。順位が入れ替わった直後、ブランカは片翼を羽ばたかせ、シャイターンの飛竜プラネッタの注意を逸らし、一瞬の隙を突いて抜き返したのだ。
 息もつけぬ一進一退の攻防が続く。
 後から審判達の話を聞いたのだが、驚くべきことに、一方が瞬発的な加速をきざすと、もう一方が致命的な遅れになる前に反応していたという。両者共に、筋肉の躍動、風圧、羽ばたき、視界や聴覚、そして霊感から得る厖大な情報量を即時に解し、一瞬の攻防を繰り広げていたのだ。
 逆転からの逆転――観客席からは両者の名を叫ぶ大声援が沸き起こり、想像を絶する接戦に誰もが手に汗を握った。
 二人は王者対決に相応しい熾烈な戦いを繰り広げ、優勢を譲らぬまま、残り百メートルを切った。
 最期の直線上の勝負になった時、二つの竜影は完全に並んでおり、そのまま判定地点を越えた。
 審判達は難しい判断を迫られ、結果発表には時間を要した。
 誰もがやきもきしたことだろう。観客達が固唾をのんで見守るなか、やがて審判は両者の旗を閃かせた。
 その瞬間、両陣営関係なく大歓声があがった!
 結果は引き分け。空の覇権は両者の手に――お互いに手強い相手であることを証明することになった。
 試合を終えたあと、砕けた雰囲気で表彰台に歩いてくる二人に、会場から大きな歓声が沸き起こった。二人の名前を呼ぶ大声援が、地面を揺るがすほどだった。
 花冠を手にした殿下がやってくると、シャイターンは身を屈め、金色燦然こんじきさんぜんたる頭髪に恭しく授かった。ぱっと花嫁を抱きしめ、観客からは甲高い悲鳴が沸き起こった。なかには興奮のあまり気絶する観客もいて、衛生兵は俄かに忙しくなったりもした。
 眩い黄金の髪に白い花冠を戴く姿は、この上なく美しかった。
 殿下はアルスランにも授けようとし、彼が既に花冠を手にしているのを見て、興味深そうに首をさげていたブランカの大きな額にのせた。これには、思わず会場から笑いが起きた。
 シャイターンが花冠を手にとり、殿下の頭上に乗せると、そこでまた大きな歓声が沸き起こった。祝福の雨あられ――筆者も夢中になって叫んでいた。
“おめでとう、アルスラン、シャイターン!”
 幸運にも、試合直後に少しだけ取材の時間をいただくことができたので、アルスラン、シャイターン、そして殿下から聞いたお話をお届けしたい。

 事前の示し合わせがあったわけではなく、急遽決まった王者対決。他の選手のように練習時間があったわけではないが、どう感じていたのでしょうか?

「勝ち筋は見えていましたよ。競技の練習はしていませんが、日々の哨戒しょうかいと任務で飛竜には常に乗っていますから」

 と、砂漠の覇者は涼しい表情で答えた。アルスランにも心境を訊ねてみると、彼はこう答えた。

「そうですね。緊張もありましたが、強い相手に挑むのは心が躍るものです。彼と勝負したい飛竜乗りは大勢いるので、私は本当に幸運でした」

 どうやら、お互いに自信はあったようだ。試合は中盤までアルスランが先頭を陣取っていたが、シャイターンはどう感じていたのだろうか。焦燥はなかったのでしょうか?

「ありませんでした。アルスランは戦術面を評価されていますが、私から見ると、完全に直感肌の乗り手なんです。だから、巧妙に罠を仕掛けると、動揺してくれるんです。最初から、後ろに構えて隙をつくつもりでしました」

 隣で聞いていたアルスランは、思わず額に手をあてて苦笑い。
 彼の方はどうだろう? 序盤の有利をとることに成功したわけですが、手ごたえは感じていたのでしょうか?

「有利だとは思っていませんでした。意図的に、先頭に位置させられたのだと判っていましたから。これは絶対仕掛けてくる、相手はシャイターンなんだ、シャイターンなんだぞって身構えていましたね。とにかく落ち着いて、集中力を切らさず、最後まで飛び続けることだけに専念していました」

 そう答えるアルスランの表情は真剣そのもの。最速といわれる王者に、油断は一遍もなかったようだ。
 序盤から一変して、中盤から後半にかけては、息もつけぬ、高度な駆け引きの応酬となった。その試合展開をシャイターンはこう振り返った。

「死角をついて距離を引き離したのに、すぐに返してきた時は、さすがだと思いましたよ。」

 急降下した時のことだ。あの時は、大勢の観客が一斉に首を伸ばして真上を見つめていた。それほどまでに見事な奇襲だった。

「飛竜は空気の流れにとても敏感なんです。普通は意識外に異変を察知した場合は、大きく軌道を逸れるものなんですけれどね」

 この言葉に、アルスランは大きく目を瞠った。評価されたことが意外だったようだ。

「あれは私の失態で、遅れを取り戻さないとって内心焦っていました。完全に抜き去られたら終わりだと思って、仕掛けたんです」

 直感が働いたのだろう。横からの片翼をはためかせた瞬間は見ている方も驚いたものだ。立て直しがとても早い!

「直感でしょうか(笑)。狙い通り、プラネッタはブランカが傾いてくるんじゃないかと備えて、速度を落としてくれました。ブランカが筋肉を躍動させる絶好の機会だったのですが……プラネッタの立て直しは本当に一瞬で、思ったより引き離せませんでした」

「見くびってもらっては困ります。アルスランの操術の癖や思考は、大体判っているのですから」

 と、シャイターンがからかうと(珍しい!)、アルスランは笑顔を引きつらせ、おずおずと訊ねた。

「あの、私の癖とはなんでしょうか?」

 無言のまま、シャイターンは意味深にほほえんでいた(笑)。
 先の試合を制した稀代の飛竜乗りも、シャイターンの隣にいると、普段とは違った顔を見せてくれるようだ。
「なんだか仲の良い友達同士のような感じに見えますよ」と筆者がいうと二人は顔を見合わせ、

「十年も一緒に軍務をこなしたり、闘っていますから。最初こそいうことをきかないこともありましたけれど、紆余曲折もありつつ、今ではお互いに話しあって、建設的に解決できるようになりましたね」

 と、シャイターン。

「ちょっと待ってください。俺が反抗的みたいに聞こえるんですが(汗)」

 慌てたようにいうアルスランの姿が新鮮だった。隣では殿下が朗らかな笑い声をあげている。
 皆の憧れの英雄達が、この時ばかりは若者らしい笑みを見せてくれた。紆余曲折のくだりをもっと掘りさげて聞いてみたい気もするが、狼狽えているアルスランが気の毒なので、今日のところはやめておこう(笑)。
 さて、にこにこしながら話を聞いている殿下にも話を聞いてみた。先ずは、皆が気になっているであろう質問――ずばり、どちらを応援していましたか?

「どちらを、というより二人を応援していました。どんな勝負になるのか、もう全然想像がつかなくて」

 すると、傍で聞いていたシャイターンが「どちらかといえば、私でしょう」と口を挟んできた。アルスランは懸命にも口を閉ざしていたが、殿下が「どうかな~?」と首を傾げると、思わず全員が噴きだした。私も一緒になって笑ってしまった。試合の結果については訊ねてみると、

「直後はどっちが勝ったのか判らなくて、とにかく興奮していました。結果が判った瞬間に、ああ、なるほど! って納得しちゃいました」

 この言葉に共感を示す読者も多いのではないだろうか。私もその一人で、審判を耳にした時は、なるほどな、と妙に納得がいったものだ。
 お二人とも見事な試合を見せてくれましたが、殿下はどう思われますか?

「もう、すごく興奮しました! わくわくもしたし、はらはらもしたし、緊張もして手に汗を握っていました。終わってほっとしたくらいです」

 黒い瞳をきらきらと輝かせながら、素直な感想を口にする殿下。その溌剌とした笑顔につられて、思わず皆が笑顔になった。シャイターンがとても優しい表情で殿下を見ているので、ついこんなことを訊いてしまった。
 花冠がとてもお似合いですよ。殿下の祝福をいただいたお気持ちはいかがですか?

「嬉しいですよ、とても。この試合は、彼に喜んでほしくてしたようなものですから」

 彼は優しく殿下の肩を抱き寄せていった。日頃から仲睦まじいと評判のお二人だが、いざ目の当たりにすると、少し照れてしまう。しかし、殿下まで照れている様子を見て、思わず笑みがこぼれた。
 忙しいなか、取材に応じてくれた三人には、この場を借りて再度お礼を伝えたい。本当にありがとうございました。
 そして、競竜杯の選手達よ。素晴らしい試合をありがとう。なんて濃い一日だったのだろう。これほどの充足感を味わったことはない! この日のことは、大勢の記憶に永く残るだろう。
 競竜杯の飛竜乗り達、関わった全ての人達に、心からの感謝を捧げたい。素晴らしい感動を、素晴らしい一日を、本当にどうもありがとう。

 記者:ユーゼン・ヘグナー




ベリィナの観戦報告
月刊アッサラーム/四五六年三月号

 皆さま、こんにちは。競竜杯の観戦報告ということで、記事を書かせていただくことになりました。
 試合については、先の記事で十分に触れているので、アッサラームの競竜杯を初めて現地観戦した筆者にとって、特に興味深いと感じた点や、会場の様子を中心にお届けしていきたいと思います。

■会場の様子

 試合開始時間は昼過ぎでしたが、朝から会場の外では露店が並び、様々な催しがされていました。残念ながら筆者は、時間の関係上ゆっくり見て回ることができなかったのですが、千疋屋の出店に立ち寄り、氷飴の無料配布を獲得することはできました(重要)。
 また、試合直前まで賑わっていた、応援板作成所も覗いてきました。
 ここでは運営側が用意した専用の紙に、応援の言葉を描くことができます。競竜杯では恒例の文化になっていて、文字だけでなく、上手に絵を描いている観客も大勢いました。
 試合が始まると、それらを選手に向けて掲げるのですが、運がよければ選手の目に留まり、手を振ってもらえたり、取材陣が声をかけにいくこともあります。
 会場は満席で、観客達の掲げる色彩豊かな応援板が目を楽しませてくれました。やはりというか、さすがというべきか、どちらを向いてもアルスラン選手の名前がいっぱい! 一番人気は伊達ではありませんでした。
 入口では、投票券を発行したポルカ・ラセによる特集紙が配られ、殿下の手掛けた遊戯卓がこの日のために運びこまれていました。胡桃材の立派な台座の上に、貴重な宝石をあしらった絢爛豪華な遊戯卓が鎮座し、訪れる観客達を大いに驚かせていました。
 応援席の目の前には、宮廷楽師団が控え、優雅な演奏を聞かせてくれていました。
 司会進行は公用語はもちろん、諸外国の言葉に堪能な専門家達が、終始会場に響き渡る大きな声で、実況や選手へのげきを飛ばし、会場に一体感を生みだしていました。




■観戦を楽しむ著名人たち

 今日は、あらゆる業界の大御所が観戦を楽しんでいました。
 アルスラン選手の義兄弟であり、戦友でもあるジャファール将軍もその一人です。彼は穏やかな人柄で、取材にも快く応じてくれます。そんな彼から、今日は面白い話を聞くことができたので、紹介したいと思います。
 競竜杯ではよくアルスラン選手の相談に乗っていたそうですが、試合前夜はどのように過ごされたのでしょうか?

「普段通りに過ごしていましたよ。アルスランは疲れない程度に稽古をして、そのあと、少しだけ段取りの確認をしました。夜は一緒に竈屋かまどやきじ料理を食べましたね」

 もしかして、ナルドの竈屋ですか? お店に、将軍の名前が入った色紙が飾られているって噂を聞きましたよ。

「そうです。どういうわけか、お互いに竈屋で食べたあとの勝負ごとは、不思議と勝つんですよ(笑)」

 なんと、それは知りませんでした。将軍のお気に入りと聞いていたので、興味はあったのですが……私もここ一番という大事の前には、アルスラン選手の勝利にあやかって、雉料理を食べにいきたいと思います!

 果たして雉料理のおかげなのか、試合はアルスラン選手が優勝しました!
 表彰式が行なわれ、優勝したアルスラン選手に、賞金金貨と殿下から花冠が贈られました。
 会場からは、信奉者の間で事前に決めてあったと思われる「アルスランおめでとう!」という声援が届けられました。鳴りやまない拍手に応え、アルスラン選手が観客に向けて感謝の言葉を述べ、大会は幕を閉じました。
 ところが、これで終わりにはなりませんでした。
 なんとシャイターン対アルスラン選手という奇跡の対決が急遽決まり、会場を熱狂させました。
 他の飛竜乗り達がアルスラン選手の傍にやってきて、肩を叩いて激励したり、ジャファール将軍がシャイターンに意味深な耳打ちをしてアルスラン選手が怪訝そうにしていたり、殿下がはにかみながら二人を激励して会場を和ませたり……会場の期待は最高潮に達しようとしていました。
 ところが、誰もが顔を輝かせるなか、ヘイヴン・ジョーカー氏は複雑な表情で眺めていました。理由を訊いてみると……

「事前に判っていれば、投票券を大々的に発行しましたよ。こんな名勝負があると知っていたら、大陸中の人間が投票券を買ったでしょうねぇ」

 と、なんとも残念そう。うーん……確かに彼のいう通りかもしれませんね。
 ですが、既に充分な収益をあげたのではないでしょうか?
 投票券の売上の一割が、競竜杯の賞金に加算されているのですが、一位であるアルスラン選手の賞金は、歴代最高額を記録していますからね!
 今日も、感謝御礼と銘打ってポルカ・ラセの名の入ったお菓子を無料配布したり、殿下の遊戯卓を運んできたり、若き支配人は娯楽の提供に余念がありません。彼の地元に対する貢献魂、商売魂は、熱く燃えあがっているようです。
 本戦にも匹敵する盛りあがりを見せた試合の結果は、大接戦の末、引き分けとなりました。
 大いに賑わせてくれた試合が全て終了したあとも、選手達は会場に留まり、実に一刻以上も来場者達のために時間を割いて、取材や握手に応じてくれました。
 この時、殿下とシャイターンも特別に会場に降りてきて、選手達と共に、特別優待の来場者達に声をかけられていました。
 来場者はお二人の前にくると、どれほどお二人を敬愛しているかを緊張した面持ちで伝えていたのが印象的でした。
 幸運にも、少しだけお話させていただくことができたので、その模様をお届けしたいと思います。

 こんにちは、殿下。今日も素敵なお召ものですね! 頭髪の宝飾も素敵です。

「ありがとうございます。衣装係が頑張ってくれました。随分前から準備してくれたんですよ」

 よくお似合いですよ! ……と、筆者の言葉に照れる殿下。
 後ろに控える武装親衛隊隊長の視線が鋭くなったのは、気のせいでしょうか?(汗)
 ちょうどいいので、多くの人が気になっていたであろうことを訊いてみました。そう、ローゼンアージュさんの無表情問題(?)です。
 記者を前にしても、いつも無言ですが、お、怒っているんですか?

「……」(一切の無言)

 ……安定の沈黙をいただきました。記者として心が折れそうでしたが、

「大丈夫、怒っていません(笑)。あまり感情を表にだす方ではないから……別に不機嫌なわけでも困ってるわけでもないですよ。こう見えて、時々すごくいい笑顔を見せてくれるんですよ」

 殿下が助け船をだしてくださいました。お優しい(涙)。助太刀ありがとうございます!
 ということで皆さん、安心して声をかけていいみたいですよ(笑)。
 話は変わりまして(というか本題に戻りまして)……先ほどは、大勢の方に声をかけられていましたね。どんな風に感じられましたか?

「嬉しかったです。すごく緊張していたのですが、応援していますといってくださる方や、遊戯卓について感想をくださる方もいて、少し照れてしまったけれど、とても励みになりました」

 恥ずかしがり屋な殿下は、赤くなりながらも嬉しそうでした。遊戯卓について訊いてみたところ、笑顔でこう語ってくれました。

「遊戯卓は、競竜杯が盛りあがればいいなって思いながら作りました。色々な人と話す機会にも恵まれて、僕自身もとても楽しみながら作ることができました。好評と聞いて、とても嬉しいです」

 大きく澄んだ目をきらきら輝かせながら、本当に楽しそうに語ってくださいました。
 殿下の想いがこめられた遊戯卓、使われた貴石は、その数なんと二万個以上! そういった意味でも注目を浴びているようです。

「見る度に発見があるような、驚きとわくわく感を演出したくて、色々と工夫をしたんです。八脚を水晶に変えたり、宝石を象嵌ぞうがんしたり、光があたった時の印象を意識しながらつくりました」

 なるほど、殿下の想いがこめられているのですね!
 実際にポルカ・ラセに飾られている遊戯卓を私も見にいきましたが、照明に投げかけられた光を部屋全体に反射している様子は、本当にお見事でした。
 遊戯卓に象徴されている八竜のうちの一つはブランカを模したもので、今にも羽ばたきそうな躍動感といい、殿下ならではの味が活かされていますね!

「ありがとうございます。僕もポルカ・ラセが大好きなので、あの場に置いていただけて、本当に光栄だと思います。遊戯卓は宝石や水晶の他にも、目を引く仕掛けがあちこちにあります。競竜杯への敬意と親しみをこめて、アッサラームの街並みや、実際に出場する飛竜を模してあるんです」

 遊戯卓は、アーナトラ氏との共作ですよね。お互いに夢の共演が叶ったと聞いていますが、いかがですか?

「その通りです。とても尊敬していて、以前から制作を一緒にしてみたいと思っていた方なので、大変光栄に思っています。声をかけてくださったヘイヴンさんにはとても感謝しています」

 噂に聞く限りでは、制作佳境を迎えてからは、制作する・寝る・食べる以外のことを一切しなくなったと聞いていますが……

「僕は不器用なんです。得意なことは割と素早くこなせるんですけど、初めてやることは、大体他の人よりも時間がかかってしまうから……焦らず、根気よく続けていこうと思って」

 と、なんとも殿下らしい控えめな答え。またまたご謙遜を! 殿下の金剣装工の手業は、熟練の職工達に引けをとらないですとも!
 次はどんな作品を作りたいですか?

「なんだろう……特に考えてはいませんが、今回やった遊戯卓みたいに、ただ造るだけじゃなくて、空間をいかした演出がとても楽しかったので、機会があればまた挑戦してみたいです」

 ねっ? と、殿下がうかがうようにシャイターンの顔を見つめると、彼は優しくほほえんで、殿下の黒い髪に唇を落とされました。(きゃぁっ!)
 はにかむ殿下がお可愛いらしくて、内心で身悶えてしまいました。うふふ……眼福でございます。
 殿下はこうおっしゃられていますが、シャイターンはいかがですか?

「これからも、光希が望むことをして欲しいと思います。彼が才能を発揮できるように、私にできることがあるのなら協力は惜しみません」

 ……と、シャイターンは愛情に満ちた眼差しで殿下を見つめておられました。二人の絆がどのようにして深まってきたのか、一端を垣間見れた気がいたしました。ありがとうございます。(眼福でございます)

 本日は、お忙しいなか取材に応じて頂き、誠にありがとうございました。お二人にお会いできて、大変光栄でした!




■ 後夜祭の様子

 全ての試合が終わったあとも、会場は大いに盛りあがりました。
 楽師達が陽気な民族音楽を奏で始めると、すぐに数人が席を立って、男性だけが踊る伝統的なアッサラーム舞踏を始めました。
 ユニヴァース少尉もやってきて、彼等の中にまじって踊り始めると、あっという間に人が集まりました。
 音楽に誘われて殿下が近づいていくと、ユニヴァース少尉は目を輝かせて小手招き……殿下は少し躊躇していましたが、えいやっと輪に混じり、二つ三つと拍子をあわせました。
 わっと歓声があがり、殿下が輪から抜けると、今度は落胆のため息が。すると殿下は生贄を差しだすかのように、シャイターンの背中を押して、踊りの輪へと投げこみました。
 どうするのか見守っていると、周囲の(殿下の)期待に応えて、シャイターンは舞踏の輪に加わりました。観客達は拍手喝采を叫び、一つの音響装置になったかのように、まさしく欣喜雀躍きんきじゃくやくの連帯で歌い始めました。筆者も興奮のあまり、眩暈を起こしそうでした!
 まさしく、最高の後夜祭でしたね。

 ああ、最初から最後まで、本当に楽しい一日でした。
 記事を通して、競竜杯の雰囲気が、読者の皆さまに多少なりとも伝わっていれば幸いです。筆者も取材を忘れそうになるほど楽しむことができました。
 残念ながら今回いけなかった方は、次の機会に是非とも参加することをお勧めいたします! 露店や催しも多くあるので、きっと様々な出会いと楽しみがあることでしょう!

 記者:ベリィナ