アッサラーム夜想曲

月刊アッサラーム


東西大戦を終えて・1
月刊アッサラーム/四五三年一月号

 見事に東の脅威に打ち勝ったアッサラーム軍は、聖戦の時と同じく凱旋門をくぐり抜け、大歓声に包まれながら聖都へ帰還した。
 聖都を防衛した獅子達は、野外に設置された演壇前で質問を受け、写し絵を撮り、アルサーガ宮殿へ引き返したのは、実に凱旋門を潜り抜けてから半日が経過したあとだった。

 私こと記者のユーゼンは、軍本部の詰所への潜入に成功しました。
 中央広域戦陸路の激戦区で見事武功を挙げたユニヴァース上等兵と、くつわを並べて戦場を駆けた将軍達の様子を実況風でお送りいたします。

ユニヴァース「やー疲れました」

ヤシュム「その割には嬉しそうだな」

ユニヴァース「さっき少年に声をかけられたんですけど、貴方を目指して入隊しました……って、顔を真っ赤にしていってくれたんですよ」

ナディア「見ていましたよ。彼は聖歌隊出身の少年ですよ」

ユニヴァース「へ~! 模擬戦を見た時からずっと追いかけている、っていわれたんですけど」

ヤシュム「良かったじゃないか。お前を崇敬しているんだろう」

ユニヴァース「そうなんですかねぇ~……随分前のことだし、あの試合でいいところを見せられた記憶がないんですよね(笑)」

ナディア「私は覚えていますよ。シャイターンに最後まで諦めずに立ち向かっていって、なかなか立派でしたよ」

アーヒム「胸を張っておけ。誰もが認める武功をあげたんだから」

ヤシュム「おい、あまり煽てるな。調子に乗るぞ(笑)」

ユニヴァース「ひどい(笑)」

アルスラン「まぁ、気持ちは判る。俺の前で泣き崩れた家族がいたんだ。子供が大きくなったら、貴方のような獅子になってほしいって。胸に響いたな」

ヤシュム「そうだな。あれだけ大勢の人が、俺達を見て泣いて喜んでくれるんだもんな」

ユニヴァース「戦っている時はとにかく必死で、生きて帰ろうとか考える余裕もなかったけど、今日の光景を見て、全てはここへ還ってくるためだったんだって実感しましたね」

(全員が頷く)

アルスラン「そういえば、さっきナディア告白されていなかったか?」

ナディア「違いますよ。野営地の演奏に慰められた、とヤシュムの騎兵隊の上等兵に感謝されたんですよ」

ユニヴァース「さすが!」

ヤシュム「色男だな(笑)」

 ……と、彼等は穏やかに雑談に興じていた。
 尚、実際の会話では、文中でつけた(笑)の十倍は笑っております。
 アルスランの感慨深げな眼差し、戦場では誰よりも苛烈といわれるヤシュムの穏やかな表情。
 アーヒムの安堵の笑み、ユニヴァースのいじられながら反撃する悪戯っぽい顔、ナディアの嬉しさを抑えて冷静でいようとする微笑……
 アッサラームの獅子達の、戦場で見せる真剣な表情、雄々しい姿とはまた違った、暖かな一面を見せていただきました。

 アッサラーム・ヘキサ・シャイターン軍の獅子達、お帰りなさい!

 お疲れのところを快く取材させていただき、本当にありがとうございました。
 容赦ない戦闘技術をもって知られる、アッサラームの勇壮の獅子達ですが、今日は砕けた一面をたくさん見せてくれました。
 当紙をお読みになる読者の皆さんも、彼等の新たな一面を知り、憧れと親近感を新たにしたのではないでしょうか?

記者:ユーゼン




東西大戦を終えて・2
月刊アッサラーム/四五三年一月号

 月刊アッサラームでは、これまで多くの著名人に話をうかがい、記事にしてきました。シャイターンの記事も少なくありませんが、彼は氷の美貌で常に超然としており、感情もあまり表に出さず、謎に包まれてきました。
 ですが、今回は彼の花嫁ロザインと共に取材をすることに成功しました。
 するとどうでしょう!
 予想をくつがえす反応を引き起こしたではありませんか。なんと声を立てて笑う貴重な場面も。そんなお二人のご様子をお伝えしたいと思います。

 お二人とも、アッサラームへお帰りなさい!

「ありがとうございます。無事に帰ってこれました!」

 シャイターンが落ち着いて礼を口にする隣で、殿下は満面の笑みで答えてくださいました。
 凱旋門を通る時は、お二人を呼ぶ大歓声が天にまで届きそうでしたが、どう思われましたか?

「そうですね、久しぶりのアッサラームを懐かしく感じました」

「すごく嬉しかったです。久しぶりにアッサラームに戻ってこれて、帰ってきたんだなぁと実感しました」

 落ち着いた口調のシャイターンと、表情豊かに答えてくれる殿下。お二人の表情はなんとも対象的です。
 今日は読者の皆さんのためにも、シャイターンにもう少し質問をしてみました。

 当紙ではシャイターンの記事が大変な人気ですが、どう思われますか?

 シャイターンは答えるつもりがないのか、相槌を打つばかり。
 しかし、殿下がじっと見つめていると、腕を組んだまま首を傾げました。そんな仕草もされるのですね! 諦めませんよ!

 当誌にも、読者からシャイターンの記事をもっと読みたい、とお声を多数いただいているのですよ。

「そうですか」

 ……シャイターンは、涼しいお顔でございます。それを見て殿下が苦笑気味におっしゃられました。

「もっと笑って。ありがとう、ってお礼をいうんだよ」

 シャイターンは微笑をこぼしましたよ! ご尊顔が眩しい限りでございます。

「ありがとうございます。中には軍部に差し入れや、手紙を送ってくださる方もいて、将兵達も感謝しています」

 そういえば、当紙にもよく質問が寄せられるのですが、軍に送った物資や贈り物は、本人の手に届くのでしょうか?

「はい。軍本部に集められたあと、物資補給隊や広報隊が宛名を見て、本人に届けています」

 ……だそうですよ、読者の皆さん!
 水や酒、食料といった必需品は特に重宝されているそうです。

 それでは最後に、シャイターンと殿下を応援している皆さんへお言葉をいただけますか?

「応援ありがとうございます」

 う、もう一言!

「本当にありがとうございます」

 ううっ……とその時、殿下がシャイターンの横腹を肘で突かれました!

「もっということあるでしょ。皆さんのおかげです、いつもありがとうございます、とか。皆さんの暮らすアッサラームの平和はこれからも私が守るとか……」

 耳打ちする殿下を見て、シャイターンは微笑をこぼしました。

「私が今こうしていられるのは、光希のおかげです。彼がいなければ、私の全身全霊をもってしても、東に打ち勝つことはできなかったでしょう。
 光希がアッサラームを故郷と呼ぶ限り、私の忠誠はこの国にあります。どうかこれからも、光希を暖かい目で見守ってあげてください」

 もちろんですとも!!
 シャイターンとその花嫁にあらせられる殿下のことは、全アッサラーム市民が敬愛していらっしゃいますよ。
 赤くなる殿下の肩を、シャイターンは優しく抱き寄せられました。
 普段の冷厳とした端正なお顔からは想像しにくいかと思いますが、それはもう、本当に優しくほほえまれていらっしゃいました。
 記者の役得というか、眼福というか……
 恋人のつっこみに困り、笑顔ではぐらかす場面も一度や二度ではありませんでした。その笑顔の破壊力たるや……罪な男ですね!
 お二人共、今日は本当にありがとうございました!

記者:ベリィナ




競竜杯のゆくえ
月刊アッサラーム/四五六年二月号

 東西大戦で右腕を失い、一度は前線を退きながら、鋼腕を手に入れて戻ってきた不屈の獅子がいる。
 そう、アルスランだ。
 彼は前線に復帰を果たし、右腕を失う前と何ら変わらず……いや、以前にも増して、最速の名を欲しいままにしている。
 八年ぶりの栄えある競竜杯に、アッサラームの代表騎手に彼が選ばれたことは、当然ともいえる結果だろう。選出されたことについて訊いてみると、

「前線復帰に至るまで、多くの人に助けられました。競竜杯に勝利することで、少しでも恩返しになればと思います」

 アルスランは、そう静かに答えた。
 語り口は淡々としているが、彼が冷静さと情熱を兼ね備えた獅子であることはいうまでもない。
 不可能はない――自らの手で出場権を掴み取ることでそれを証明してみせたのだ。
 予選を競う騎手達に強敵を訊いてみたところ、ほぼ全ての騎手が、アルスランの名を挙げていた。それについて感想を訊いてみると、

「光栄ですよ」

 冷静な微笑で答えるアルスランにも、同じ質問をしてみた。彼は少し考える素振りをみせてから、こう答えた。

「ロッシュは怖いですね。走りは静かなんですが、とても安定していて距離を開けさせないんです。背後にいても強烈な存在感をもっています」

 ロッシュの名前が出てきた。他の選手に訊いても、アルスランの次に挙げるのは、ロッシュの名前である。
 具体的に、何がそんなにすごい選手なのだろうか。

「乗り手にしか判らない、巧妙な駆け引きを仕掛けてきますね。こちらの視界のないところから絶妙に圧力をかけてくるので、本当に動き辛いんですよ」

 なるほど。飛竜乗りならではの脅威があるようだ。
 他の騎手達は、予選を勝ちあがって本戦に臨むことになるが、アルスランは予選を免除されている。その点に関しては、どう感じているのだろうか。

「もちろん、試合経験は多いにこしたことはありません。経験の浅い選手ほど、本戦で緊張して失敗することもなくなるでしょうから。ただ、そういった点で、私に不安要素はありません」

 流石は王者の貫禄である。勝利への自信のほどをうかがってみた。

「もちろん、あります。誰が相手でも、私の前を飛ぶことは許しません」

 うーむ、大胆不敵な笑みで答えるアルスラン……惚れ惚れするほど格好いい!
 勝利を確信している彼に、予選について意見を訊いてみた。

「次の南区予選は、八強を決める大一番になりそうですね。この試合の結果次第で、順位が決まるでしょう」

 なるほど。では、予選を勝ちあがってくる選手は誰になるだろか。

「ダーク。自ら騎乗具の開発をしていて、はみに冷却剤を初めて装着したのも彼なんです。
 スコティは古参の飛竜乗りで、ほぼ確実に勝ちあがってくるでしょう。経験値では誰も勝てません。
 ロッシュは、派手な飛行は一切ありませんが、粘り強さがあって、上位争いに必ず最後まで残るんです。
 最年少のユージィにも注目しています。彼は強い飛竜乗りを排出する名門の遊牧民族の出身ですが、成熟した大人の男を退け、挑戦権を手に入れましたから」

 なるほど、結果が物語っているというわけだ。

「もう一人、注目している騎手がいます。メイコールです」

 それは意外な答えだ。予選をぎりぎり勝ち抜いた騎手で、他紙でも殆ど注目されていない。

「昔、彼の試合を見たことがあるんです。結果はかける言葉もないくらいに惨敗でしたが、彼は僕のところまできて、無様な試合を見せて申し訳ない、絶対に強くなります。必ず強くなります……そういってきたんですよ。打ちのめされてもおかしくないのに、彼は折れなかった。いい根性をしていると思いましたね」

 不屈の獅子らしい回答だ。心の強さは勝負を左右するというわけだ。その他に、勝ちを左右する要因はあるのだろうか。

「競竜は位置取りが全てです。同じ空で最短距離を競うわけですから、個人技はもちろん、相手を退けて、最良の場所を奪う強烈な意思、空における存在感が絶対に必要です」

 なるほど。闘争心と技術ですね。

「軍隊と違って、競竜は最初から最後まで単独飛行です。最初の飛距離で、大体その乗り手の性質が判ります。正確な飛行や、うまく仕掛けようと計算する奴より、“俺は絶対にこの経路を飛ぶ”って存在感を発揮する奴が最後は勝ちますね」

 アルスランは冗舌になり、表情もいきいきと輝き出した。どうやら、戦略の話をしている時が一番楽しいようだ。
 この機会に、鋼腕を自在に操るまでの過程についても触れてみた。生活補助の義手は医療でも知られているが、神力を宿した生けるくろがねの腕は前代未聞である。
 その製造方法は極秘とされているが、彼は、障りのない範囲で答えてくれた。

「製造の試行錯誤はもちろんありましたが、完成した鋼腕は完璧でした。装着してすぐに、以前と同じように動かすことができたんです」

 飛竜に再び乗ることに、躊躇いはなかったのだろうか。

「全くありませんでした。飛竜乗りは、両腕を自在に動かせることが大前提です。条件を満たせたのだから、もちろん前線に復帰しました」

 アルスランが復帰した日は、部隊で盛大に祝宴が開かれたと聞いている。そのことに触れると、彼は表情を緩めて頷いた。

「そうですね。ジャファールの部隊も集まって、皆で祝ってくれましたね。復帰祝いを名目に、単に騒ぎたかっただけのようにも思いますが」

 そういって笑みを零すアルスランの表情は穏やかだ。
 ところで、競竜杯に優勝した暁には、花冠を賜ることになるが、その相手はもう決めたのだろうか。

「……まだです」

 逡巡し、言葉を濁したアルスラン。困ったように笑いながら、果たして誰を思い浮かべたのだろうか。

 最後に、応援している皆さんへ向けて、お言葉をいただけますか。

「多くの方に支えられて前線復帰を果たせました。競竜杯に勝利することで、少しでも恩返しになればと思います。どうか応援をよろしくお願いします」

 ……と最後は笑みを浮かべて、力強く答えてくれたアルスラン。
 これは結果を期待できそうだ。
 予選は波乱を巻き起こしながらも、着々と進んでいる。来月には八人の代表選手達がアッサラームに集結するだろう。
 本戦が熾烈な闘いになることは間違いない。
 彼等がどんな戦いを見せてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。
 ポルカ・ラセの投票権も間もなく発売になる。
 ぜひ応援している騎手の投票券を買って、本戦をその目で見ていただきたい。
 予選も折り返し地点に差しかかろうとしている。
 多くの選手が、泣いて、笑って、空に挑み、本戦出場をけて、空を翔けている。
 間もなくアッサラームに、西諸国最高峰の八人が集結するわけだが、そこに至る過程にも注目していきたい。
 一人一人の選手に栄光がある。
 彼等の未来に幸あれ!
 それぞれの選手が、悔いなく戦いきれるようねがうばかりだ。

記者:カナル・フレイブ




紅茶のひととき
月刊アッサラーム/四五六年二月号

 政治から艶聞まで、話題にことかかないアルサーガ宮殿の中でも、最も注目を集め、アッサラーム市民の口にのぼるのは、やはり我らがシャイターンと花嫁の話題だろう。
 今日は、お二人の心温まる逸話を幾つか紹介したいと思う。

#1
 シャイターンが殿下を寵愛していることは、アッサラーム人なら誰でも知っている。
 事実、冷静沈着な英雄は、殿下にだけは笑顔を見せるのだ。愛情深い眼差し、優しい仕草を目の当たりにした者は、思わず笑顔になってしまうようだ。
 かくいう記者の私も、お二人の姿を取材している際、見かけたことがある。
 シャイターンがそっと殿下の肩に腕を回し、殿下はシャイターンの横腹に拳を打ちこんでいた。西世界広しといえど、彼に襲いかかれるのは殿下くらいなものだろう(笑)。
 じゃれているお姿は、非常に貴重だった。
 幸運にも偶然目にした者は、思わず振り返って二度見していた。殿下は照れていらっしゃったが、シャイターンは楽しそうに笑っていた。

記者:セイン




#2
 殿下は甘党で、菓子を購入している姿をしばしば目撃されています。
 特に殿下が頻繁に通っているという、旧市街にある老舗の千疋屋せんびきやの店主に話をうかがってみました。

「とても気さくな方ですよ。直接足を運んでくださることもあるのですが、そういう時は、必ず声をかけてくださいます」

 王宮御用達の評判を頂戴して、おかげさまで繁盛していますよ、店主はほくほくと嬉しそう。
 ちなみに、どんな菓子を買われているのでしょうか? 
 すると、店主は干した無花果いちじくと杏の焼菓子を出してくれました。
 お味は……なるほど、殿下も常連で通うわけだ!
 旧市街に立ち寄った際は、一度覗いてみると良いかもしれません。祝日の夕刻には、減額特典もあるそうですよ。

記者:ベリィナ(お菓子大好き)




#3
 年明け、アッサラーム軍本部で、恒例の入隊試験が行われた。
 人気の高い第一飛竜隊に配属された少年兵に、話を聞いてみた。

「念願の飛竜隊に配属されたんですけど、やっぱり、アルスラン将軍の人気はすごいです」

 そうであろう。彼は東西大戦の英雄であり、競竜杯のアッサラーム代表に選ばれた最速の飛竜乗りである。
 それはもちろんなんですが、と少年兵は頷きながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「毎日のように、彼の賛美者から贈り物が軍部に届くんですよ。将軍、食料は休憩所に持ってきてくれるんで、さ……お水もらいますー、干肉もらいますー、って、皆で崇めていますね!」

 ……なるほど、アルスランの部隊には、思わぬ実利があるようだ(笑)。
 ところで少年兵よ、今「酒」といいかけただろう? ほどほどにしたまえよ。

「あと感動したのは、この目でシャイターンを見れました! この間なんて、殿下と並んで歩いているところを目撃したんですよ!」

 と、興奮気味に語る少年。実に嬉しそうだ。

「いやぁ、だって、シャイターンですよ? 一度は会ってみたいじゃないですか!」

 なるほど。拳を握りしめて語る口調から、想いの丈は伝わってくる。
 アルスランについてはどう感じているのだろうか?

「飛んでいるところを見たけど、もう凄いっていうかなんていうか……神懸かってますね。見た瞬間、俺、この人には絶対に勝てないな、って思いましたから」

 十三歳の二等兵は、真剣な表情でそう答えた。
 勝てない――そういいながら、彼の口から何度も、追いつきたい、いつか並んで翔けたいという言葉が飛び出した。
 入隊したばかりで、鍛錬はきついようだが、取材に応じる笑顔はまばゆいばかりだ。隊の雰囲気もとても良いらしく、鍛錬がきつくても、仲間がいるから乗り越えられると話してくれた。
 頑張れ、少年! これからの活躍に期待しています。

記者:ユーゼン




#4
 六月の終わり。
 雨季の入りを祝して、アール河港湾で恒例の砂遊び大会が催された。
 水を含んだ砂で造形物を競うのだが、主賓として呼ばれた殿下が、特別に参加した年がある。
 四五一年のことだ。
 殿下の造られた一角獣は見事だった。たてがみの一つ一つまでもが風になびいて、雄々しくいななく姿は生きているかのようだった。
 ある若い記者が、殿下に最初に質問をする幸運をたまわったのだが、彼は極度の緊張から、言葉を何度もつっかえてしまった。

「大丈夫ですよ、ゆっくりで」

 殿下が優しく言葉をかけると、彼は真っ赤になって、手にしていた取材道具を全部ばらまいてしまった。運悪く、それは砂の造形の上に落下し、一角獣の右脚が少し欠けてしまった。
 辺りは水を打ったように静まり返った。
 誰も言葉を発することができなかった。
 落とした張本人は気絶してしまいそうな有様で、殿下も唖然としていらしたが、シャイターンが厳しい目を記者に向けると、はっとしたような顔でこういった。

「僕はあがり症で、人前で喋るのは苦手なんですけれど、今日は仲間がいてほっとしました」

 感謝と感激で気が動転し、謝罪を繰り返す若い記者に、殿下は更にいった。

「大丈夫ですよ。すぐに直せますから」

 そういって、殿下は砂に触れた。
 その場にいた全員が、奇跡を目の当たりにした。殿下の触れた砂に、風と水が音楽のように流れこみ、砂は崩れることもなく形を維持し、元通りに復元したのだ。
 若い記者は感動のあまり、筆をとることも忘れて、その場に伏せた。

「今日という日を生涯忘れません。殿下に頂戴したお言葉を、紙面でもお伝えさせていただきます」

 彼は泣きながらそういった。
 この記事が掲載されたあとの反響は、凄まじかった。殿下の機転とお優しさに、賛美の声が多数寄せられたのだ。

 あの日から五年。
 駆け出しの若い記者も経験を積み、取材陣の最前列で右往左往することはなくなった。
 幸運にも、あの一件で彼は殿下に顔を覚えていただき、目が合うと、殿下の表情はぱっと輝く。
 その時の幸福な気持ちを、どう表現すれば良いだろうか?
 彼にとって悪夢のような出来事であると同時に、何度思い出しても、胸が熱くなる感動の出来事でもある。
 そう、若い記者とは恥ずかしながら私のことである。
 間もなく催される、競竜杯賭博祝賀会には、シャイターンとそろって出席されることだろう。
 今から取材が楽しみで仕方がない。
 読者の皆さんも、記事を楽しみにお待ちいただければ幸いである。

記者:カナル・フレイブ