メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

1章:出会いと出航 - 8 -


 ティカは夢中で食べた。
 フォークとスプーンを代わる代わる持ち替えて、次々に皿を空けていく。

「――美味しい?」

「ふぁいっ!」

「汚い。口を閉じて食べなさい」

「……っ!!」

 言われた通り口を閉じると、無言で何度も頷いた。こんなに美味しい料理、今を逃したら二度と食べられないかもしれない。ひたすら無心に手と口を動かし、暫し夢のような至福を味わった。

「ふぅ……こんなに美味しい料理、生まれて初めて食べました」

 膨れた腹を摩っていると、ギーが食後のエスプレッソ・コーヒーと、一粒一粒青いセロハンで包装されたチョコレート菓子を持ってきてくれた。中にコーヒー豆が入っていて、ほどよい苦味がとても美味しい。
 ヴィヴィアンは、本当に神様かもしれない……
 ティカは尊敬の眼差しで美しい青年を見上げた。気のせいか、彼の周囲だけキラキラと輝いて見える……
 しみじみ眺めていると、首から下げた蓋つきの羅針盤に目が留まった。

「キャプテン、その羅針盤は、どこへ行くためのものなんですか?」

「この羅針盤は、無限幻海に眠る古代神器の場所を示しているんだ」

 ヴィヴィアンは羅針盤の蓋を開けて、中を見つめたまま応えた。

「無限幻海……」

「聞いたことない? 無限海に浮かぶ幻の海。光の悪戯で、海の中に滝が見えるんだ。そして滝の落ちる先には“星明かりの島”が透けて見える。海賊にしてみれば、何百年も前から伝わる有名な観光スポットさ。ただし、“鍵”がなければ“星明かりの島”には辿り着けない」

「海の中に、滝?」

 想像がつかず、ティカは首を傾けた。ヴィヴィアンは大真面目に首肯した。

「そう。一説によると、普段はただの幻だけど、この“無限幻海の鍵”を持っていれば、海が割れて真の滝が生まれるらしい。そして海底に眠る“星明かりの島”が姿を現し、そこには海の秘宝、古代神器が隠されているという。まさに夢のような宝島だ」

 宝島! なんてわくわくする響きなのだろう。ティカは眼を輝かせてヴィヴィアンを仰いだ。

「古代神器って?」

「それには、いろいろな説がある。共通点は、古代神器を手にした者は、“世界を制する大いなる力”を手に入れるということだ」

「そんなにすごいものが、その羅針盤……“無限幻海の鍵”があれば、手に入るんですか?」

「さてね。真偽のほどは別として、今世紀最大の浪漫であることは間違いないよ。明日は無限幻海に向けて出航だ」

「すごいや!」

 自信に満ち溢れた宣言に、ティカは瞳を輝かせた。彼も愉しげに笑っている。

「うちの迷信深い船員達ときたら、これを手に入れた途端、七日も続く時化しけに見舞われたものだからノリが悪くてね。ティカは幸運の女神だよ。航海の成功を連中に言い聞かせられる」

「僕には、キャプテンが神様に見えます!!」

 力説すると、ヴィヴィアンは鷹揚に頷いた。

「いい心がけだ」

「それにしても、綺麗な羅針盤ですね」

「綺麗だけど、この“無限幻海の鍵”はいわくつきでね。長く手にしていると心を病むとも、悪魔に魅入られるとも言う。よこしまな心がそうさせるって言うけど……邪じゃない人間なんて、この世にいると思う?」

 とっさにサーシャの顔が浮かんだけれど、口に出すのはやめておいた。

「その“無限幻海の鍵”は、ジョー・スパーナと闘って奪ったんですか?」

「奪ったというか、最初に見つけたのは俺達なんだ。ダナリアまで運んでもらい買い取るつもりが、依頼先の商船をジョー・スパーナに襲われたのさ。だから、奪ったんじゃなくて、取り返したと言って欲しいね」

 彼は半分瞑目し、鼻を鳴らした。腹立たしい経緯があったようだが、ジョー・スパーナはヴィヴィアンに並ぶ、偉大な大海賊の一人だ。ティカに限らず、憧れる若者は多い。

「見てみたかったなぁ……」

「すぐに見られるさ。無限幻海を狙っているのは俺達だけじゃない。特に制海権を争ってるビスメイル王国は、血眼で襲ってくるよ。海賊船どころか、軍の大艦隊で攻めてくるかもね」

「うわぁ……!」

「その時はティカ、最高の船に乗ったと感動すると思うよ。ユーマリー海でジョー・スパーナとやり合ったばかりなのに、ヘルジャッジ号は無傷だろう?」

「確かに! すごく綺麗でした」

「この船が強い証拠さ」

「どんな風に戦ったんですか?」

 ヴィヴィアンはにやりと笑うと、セロハンに包まれたチョコレート菓子を二つ摘まんで、テーブルの上に並べた。

「ユーマリー海でブラッキング・ホークス海賊団の船尾を捉えた時、周囲を傘下の海賊船五十隻に守らせていた。最奥にはジョー・スパーナを乗せた海賊船が見えた。こっちが砲門を全て開いていることに気付いた奴らは、一斉に右舷に傾けて疾走した――」

 ヴィヴィアンはテーブルに置いたチョコレート菓子を、右上に向かってすーっと動かした。

「ヘルジャッジ号から逃げたんだ!」

「そうとも――と思わせる迫真の演技で、奴らは無様に敗走した」

「……演技なんですか?」

「相手は、五百隻を沈めてきた大海賊だからね。火も噴かさず敗走なんてありえない。それくらい読めるよ。でも、騙された振りをして、こっちはぐんぐん船尾に近付いてやった」

 ヴィヴィアンは二粒のチョコレート菓子の距離を、どんどん近付けていった。

「かなり近づくと、敵は統制の取れた動きで一斉にいかりを降ろした」

「逃げているのに?」

「そうとも。見事だったよ、総帆そうはんして全速力で疾走していた船が、海のど真ん中でカモシカ張りの急旋回をきめたんだ。それもこっちからは死角にあった左翼を向けてね! 砲門が全開の舷側げんそくは、ヘルジャッジ号を捉えた!」

「――ッ!」




1章:出会いと出航 - 8 -


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