翌朝。
 ティカはオリバーと並んで、甲板から港の様子を眺めていた。
 頭上には晴天の青空が広がっている。心地よい風が吹き、カモメが空を優雅に飛んでいく。
 絶好の出航日和だ。
 ヘルジャッジ号の出港を見送ろうと、波止場には大勢の人が集まっていた。着飾った紳士淑女達、海に憧れる若者達。
 ロアノスに富をもたらすエステリ・ヴァラモン海賊団は、王都パージ・トゥランでは英雄も同然なのだ。
 多くの船乗り達は、恋人や友達、家族達と別れの抱擁を交わしている。
 出港の様子は、何ともドラマティックだ。
 見栄えのいいキャプテン・ヴィヴィアンは、華やかな女性達に囲まれていた。愛想よく笑顔を振りまいて、一人一人に応えている。
 なかにはシルヴィーのファンもいるようだが、クールな航海士は女性の波を煩そうに避けて、サディールや商人たちと最終確認をしている。
「見ろよあれ、グアンタモナ伯爵令嬢だぜ」
 オリバーの視線を追うと、金赤色の髪を上品に結いあげた美しい女性が、ハンカチを握りしめて、潤んだ眼差しでヴィヴィアンを見あげていた。
「恋人かな?」
「いや、違うだろ」
 ここからだとヴィヴィアンの表情は見えないが、女性の方はよく見える。愛情と哀しみに満ちた瞳をしている。好きで堪らない、離れたくない、寂しい……そんな彼女の気持ちが伝わってくる。
「泣いてるよ……」
「罪な男だな。キャプテンは交遊関係広いけど、特定の恋人を作らないんだ。遊んでばっかりで……ここだけの話、王室の血を引いているって噂もあるんだぜ」
「王室って、ガロ・エヴァークロイツ王家?」
「そう。血筋が高貴過ぎて、うっかりにでも子供作れないんじゃないかって噂」
 ティカには想像もつかない世界だ……
「キャプテンが王様だったとしても、僕は驚かないな」
 オリバーは、俺も、と相槌を打った。
「とんでもない金持ちだし、すげー男前だしな。そこらへんのお貴族様より、よっぽど貴族らしいぜ」
 ふと見慣れない、一人の派手な船乗りを見つけた。
 光の加減で色とりどりに見えるアッシュブロンドの長髪が目を引く。貝殻を編みこんだドレッドヘアの房をふたすじ、左右にそれぞれ二つずつ垂らしている。変わった髪型だが、彼にかかっては男らしく、瀟洒しょうしゃだ。背の高い男で、肩にマスケット銃とカトラスの刺青を彫っている。
「あの人、誰だろう?」
 ティカは男を見つめたまま、オリバーに訊ねた。
「ロザリオだよ。やっと戻ってきた」
「えっ!?」
 彼が、噂に名高いあの“剣銃士ロザリオ”、向かう所敵なしといわせしめる、エステリ・ヴァラモン海賊団の総隊長。彼が本気になれば、兵力千の武装船も一人で沈められるという……
 厳つい大男を想像していたが、実物は非常に端正な顔立ちの魅力的な男だ。
 さぞもてるのだろう。実際、ロザリオは小麦色の肌をした、華やかで美しい女性と熱烈なキスを交わしていた。
「うわぁ……」
「あれはマレシヤ夫人。ロアノス海軍、マレシヤ提督の未亡人さ。ロザリオの恋人の一人だよ」
「恋人の一人!?」
「ロザリオは色男だから。恋人はたくさんいるよ」
「えっ」
 とても親密そうにしているのに、他の女性ともあんなことをしているのだろうか?
 眉をひそめているティカを見て、オリバーはからかうようにティカの肩を叩いた。
「ティカには目の毒かな?」
「オリバーだって」
「俺、恋人いるよ」
「えっ」
 目を丸くするティカに、オリバーは意味ありげな笑みを向けた。
「昨日、キャプテンの寝室で寝たんだろ。いろいろ教えてもらえば?」
「えっ」
「いっそ恋人にしてもらえば? 快適な航海になるぜ」
「えっ」
「くくっ、瞳がまん丸!」
 ティカはぱちぱちと目を瞬いた。
 出会って間もないが、オリバーは隙あらばティカをからかおうとする。全くいい返せないが、楽しそうに笑うオリバーを見ていると、こちらまで楽しくなってくる。
 彼は二人目の友達だ。
 一人目はもちろんサーシャ。もし二人が顔をあわせたら、きっと意気投合したに違いない。二人とも優しくて、賢い自慢の友達だ。