メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

1章:出会いと出航 - 12 -


 夜になり、大勢の船員が主甲板に集まってきた。
 明日はいよいよ出航だ。
 今夜は陸で過ごせる最後の夜になる。当直がなければ街へ降りても構わないが、大半の者は船に戻ってきていた。門出を祝して船上で宴を開いているのだ。
 美しい港町の夜景、満点の星空を見上げながら、陽気に飲んで騒いでいる。
 ヴィヴィアンも楽しそうに船員達と談笑している。シルヴィーに釘をさされたせいか、街には降りなかったようだ。ティカの眼にも、ヴィヴィアンが船員達に愛され、尊敬されていることがよく判る。
 荒っぽい海の男達だが、中には音楽に心得のある者もいるようで、彼等はバイオリンやスネアドラムを鳴らして、周囲を大層盛り上げていた。聞いているだけで楽しくなってくる。
 ティカはオリバーと一緒に、夢中で海の幸の料理に舌鼓したつづみを打っていた。日中ずっと働いていたので、腹ペコなのだ。
 気のいい水夫がゴブレットを渡してくれたが、一口飲んで吹き出しそうになった。まるで炎を呑み込んだようだ。どうにか飲み干すと、口を拭って息を吐いた。

「新入り! いい飲みっぷりじゃねぇか」

 近くで見ていた男達は、楽しそうに笑った。

「大丈夫かよ?」

 一方、オリバーは心配そうにティカを見ている。

「このお水……腐ってない?」

 ティカが真面目な顔をして呟くと、周囲にいた男達は爆笑した。

「老朽船とは違うんだぜ! ヘルジャッジ号の水タンクは、一年航海したって腐りゃしないよ。そいつはラム酒の水割りさ! 景気づけにいいだろ。男を鼓舞する強壮剤だぜ」

「碌でもねぇな。ティカはまだ子供なんだぞ!」

 オリバーは噛みついたが、周囲の男達はけらけらと笑っている。

「お前だって、子供だろうが! 一応、水で割ってやったんだぜ」

「ティカも腐ってると思ったなら、何で全部飲んだりしたんだよ」

「途中でやめたら、絶対飲めないと思って……うっ、げほっ、喉が焼けそう」

「ほらほら、新入り。水にしときな」

 今度はちゃんとレモン水を渡してくれた。よく冷えていて美味しい。
 膝を抱えてヘロヘロになっていると、オリバーを含め、周りの水夫達が世話を焼いてくれた。
 次第に眠気に襲われて、頭が左右に揺れ始めると、またしても周囲は爆笑した。

「面白ぇ、見ろよ、もう船を漕いでやがる! 出航は明日だぜ、新入り!」

「しょうがないなぁー。船室デッキに連れてってやるよ」

「ごめんよ……」

「いいよ。ハンモック貰わらないとな」

 オリバーはティカを起こすと、パン庫や食料のある第三甲板に案内してくれた。船首の方には理財士達が働いている工房兼事務所がある。
 そこには、荒っぽい水夫とは明らかに違う、青色の制服を着た事務員達が数人いた。驚いたことに、そのうちの何人かは女性だ。

「ティカ君ね。私はプリシラよ、よろしくね」

 プリシラは、灰金髪に金緑の瞳をした素晴らしい美人だ。鮮やかな青色の制服がとてもよく似合っている。

「ハンモックや衣類といった日用品、それから配給は私が管理しているの。身の周りで困ったことがあれば、遠慮せず声をかけてちょうだい」

「は、はい」

「初乗りの水夫にはハンモックを二つ支給しているわ。使い方はオリバーから聞いてね」

 受け取ったハンモックの一つをオリバーが持ってくれた。

「それから、キャプテンから署名入りの契約書を預かってはいるんだけど……念のため、控えを渡しておくわね」

 美しい装飾の入った用紙を受け取り、ティカは一瞬だけ視線を落とすと、すぐに問いかけるように顔を上げた。

「やっぱり、よく判っていないのね」

 プリシラは困ったように微笑んだ。

「航海契約書だよ。全員、航海前に署名する義務があるんだ。ティカ、自分で署名したんじゃないの?」

 オリバーはティカの手元を覗きこむと、三角の耳をぴこぴこ動かしながらティカを見つめた。

「してないよ。それに僕、文字読めないし……何て書いてあるの?」

「金品分配とか、褒賞とか、罰則とか、その他諸々の規約についてだよ」

「ふぅん」

「きちんと説明しましょうか?」

 プリシラは親切に申し出てくれたが、ティカは「いいです」と首を振って応えた。聞いてもよく判らない自信がある。

「まぁ、一航海の契約だから心配いらないよ。航海誓願立てる時は、もうちょっと悩んだ方がいいだろうけど」

「ふぅん」

 ティカの顔を見て、判ってないだろ、とオリバーは苦笑いを浮かべた。




1章:出会いと出航 - 12 -


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