メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

13章:十五歳の恋人 - 2 -


 深海から持ち帰ったエメラルドを、アマディウスは欣喜雀躍きんきじゃくやくの様子(うっきうき)で、寝る間も惜しんで鑑別した。
 エーテル機具の顕微鏡まで持ち出して、内包物を探り、光を当てて屈折の仕方を見極める。
 微に入り細を穿つ鑑別の結果、ブルーホールから持ち帰ったエメラルドは、まさしくメテオライト級・精霊界ハーレイスフィアの恩恵、奇跡のエメラルドと証明された!
 この鑑別結果に、事情を知るヘルジャッジ号の乗組員達はそろって沸いた。

「やりましたね!」

 潜水に貢献したティカもまた、宝石工房で鑑定結果を聞くなり、表情を綻ばせた。アマディウスは至福の笑みを浮かべて、エメラルドの原石を眺めている。

「素晴らしい。素晴らしいよ。素晴らしい……なんて美しいんだろう」

 陶酔する彼の眼に、ティカの存在は欠片も映っていない。喜びを分かち合いたくて、ティカは彼の意識が戻ってくるのを辛抱強く待った。

「千差万別もの鉱物の中で、宝石として価値を認められるのは僅か数百しかない。その中でもこれは格別だ」

 ぽつりと呟かれた台詞に、ティカは飛び付くように反応した。

「どんなものが、宝石として認められるのですか?」

「色や輝きが美しいこと、硬度が高く不変であること、それから産出量が少なく、稀少価値が高いことだ」

「そのエメラルドは、とても貴重?」

 彼が愛でるように眺める緑の原石を見つめて、ティカは首を傾げた。

「それはもう。エメラルドは地下深くで圧を受け、結晶はひび割れていたり、傷ついたりする場合が多い。緑柱石の中でもエメラルドの価値が高いのは、この稀少性のせいなんだ」

「……緑柱石?」

「エメラルドは鉱石として緑柱石に分類される。色彩に富んだ石で、淡青色のアクアマリンや、暖色のモルガナイトやベリルも属する鉱石だよ」

「へえ! アクアマリンも。その原石にも、傷はありますか?」

「採取したうちの幾つかは無価値だが、これは殆ど無傷に等しいね。これなら、素晴らしい価値がつくよ。よく採ってきたね」

 待ち望んだお褒めの言葉を頂戴し、ティカは満足げに微笑んだ。その様子に気付いて、アマディウスも愉しげに笑った。

「優秀なエメラルド産地は無限海にも幾つか知られているけれど、精霊界の贈り物、クライ・エメラルドは極めて稀少なんだ。天文学的な数字がつくと思う」

「その石は、どうするんですか?」

「カットしたら、いくつか船に残すよ。他は研磨して商品にする」

「どうやって、宝石にするんですか?」

 ふと、工程が気になり口にすると、アマディウスは手にした原石の、一番広い側面をティカに見せた。

「先ず研磨する角度を見極める。決めたら、粗削りをして、宝石の頭部を中心に形を作っていく。この工程で宝石の形は殆どできあがる」

「研磨は最後ですか?」

「そうだよ。カッティングが全て終わったら、仕上げに研磨する。この工程で宝石はえもいわれぬ煌めきを備えるんだ」

「楽しみですね」

「加工を負えたらティカにも身に着けてもらうよ。精霊界の力ある石を身につけたら、果たしてどれほどエーテルは宿るかな」

「それも売るんですか?」

「いや、売らない。魔宝石を所有してるなんて知られたら、余計に眼をつけられるよ。嫌でしょ?」

 アメシストの瞳に見下ろされて、ティカは無言で首肯した。魔法の秘密は、触れてまわるようなことではない。

「アンデル海峡へ行くより、儲けたかな?」

 しみじみと呟くと、アマディウスはすぐに頷いた。

「当然だよ」

 かつて無限幻海へ目指したおかげで、シルヴィーはアンデル海峡の仕入れを諦めた過去がある。今回のエメラルドで、あの時の損害を回収できたのなら何よりだ。

「良かった。この船が貧乏にならなくて」

 胸を撫で下ろすティカを見て、アマディウスは可笑しそうに吹き出した。

「なるわけないよ。ヘルジャッジ号の財力を知らない?」

「そんなにお金持ちなんですか?」

 言われてみれば、王族のヴィヴィアンが船長を務める船だ。最新鋭の設備といい、行き届いた食事に船室を思えば、潤沢な資金繰りがあるのかもしれない。

「貴族よりよほどね」

「宝石って、そんなに儲かるんですね」

 ティカが感心したように呟くと、アマディウスは軽く首を左右に振った。

「儲けの秘訣は、乗組員の総合力の高さだよ。無限海に挑める、勇気、知識、結束力、戦闘力。遠洋航海の果てに、信用のおける確実な取引で原石を買い付け、それを最高値で卸すんだから、繰り返すほどに財は増す」

「じゃあ、皆すごくお金持ちなんだ!」

 航海で得た給金は、決して少なくないはずだ。その割に、兄弟達はあまり羽振り良さそうに見えないのはなぜだろう?

「乗組員は金使いが荒いから……せっかく得た金を愚にもつかないことで蕩尽とうじんする。酒に博打に快楽の類、諸々。船上で博打を禁止しているのは、陸に下りた時に破産して困らないように……って配慮なんだけど、陸で破産していれば同じことだよね」

「なるほど……皆、上陸する度に、有り金を使い果たすからなぁ」

 陸で我を忘れるほどに酔い潰れる兄弟の姿を、ティカも知っている。思い浮かべながら、神妙な顔つきで頷いた。

「まぁ、好きに使えばいいさ。個人の自由だと思うよ。僕が宝石に糸目をつけないようにね」

 エメラルドに頬ずりするアマディウスを見て、ティカは苦笑いを浮かべた。




13章:十五歳の恋人 - 2 -


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