気の迷いは、一時では済まなかった。
 考えまいとすればするほど、遊貴を想う。笑顔を見れば、胸が熱くなり、名前を呼ばれるだけで喜びが芽生えた。
 遊貴を好き?
 違う。
 そんな馬鹿な。そんな訳がない。二人共、男じゃないか。同性愛に嫌悪はないが、自分のこととなれば別だ。男を好きになるはずがない。自分は正常ノーマルなのだから。
 思考の迷宮をぐるぐる……
 眠れない夜が続いた。
 塞ぎがちな優輝を見て、遊貴は心配そうな顔をするようになった。気遣いを浮かべる紫の瞳を見ると、堪らない気持ちにさせられる。
 こんなに悩んでも――遊貴は奔放な性格をしているし、優輝にキスしたことなんて、とうに忘れているかもしれない。
 恋愛は面倒だといっていた。
 それなのに、優輝の方は些細なことで一喜一憂している。報われないにもほどがある。

「最近、元気ないね?」

 休憩時間に席でぼんやりしていると、遊貴がやってきた。膝をついて、机に肘かける。
 じっと見つめられて、優輝は緊張を誤魔化すようにへらりと笑った。

「ゲームのし過ぎかな……寝不足でさ」

「少し控えたら? 俺も、昨日は本を読んで夜更かししちゃったけど……」

 遊貴は携帯のアプリを立ち上げると、優輝に書棚を見せた。表紙を捲りながら、概要を説明し始める。
 伏せた瞳に、視線が自然と吸い寄せらせてしまう。柔らかそうな髪に、触れてみたい。

「……聞いてる?」

「うん」

 こんなに近くにいても、遊貴との距離が遠い。胸が痛い。恋愛って、もっと楽しいと思っていた。

(あーぁ……)

 この想いが時間と共に風化するのなら、早く時が進めばいい。淡い想いのうちに、消えてしまえばいい……

 次第に、遊貴を避けるようになった。
 遊びに誘われても断り、昼休みも、無理矢理にでも用事を作って一人で食べるようにしている。
 親しげに触れられそうになると、さり気なく拒んだ。
 距離を置こうとしていることに、遊貴も気付いているはずだ。何もいってこないが、じっと見つめられると、後ろめたい気持ちにさせられた。
 膠着状態が数日続いた、ある日。
 西陽の射す昇降口に、腕を組んで立つ遊貴がいた。帰ろうとする優輝を見て、近付いてくる。

「優輝ちゃん。話をしよう」

 いつになく真剣な表情で請われて、優輝も断りきれなかった。
 駐車場に停められたフェアレディZに近寄ると、さぁどうぞ、とばかりに運転手がドアを開いた。
 大人しく中に入ると、周囲の音が止んだ。個室同然の車内はとても静かで、隣にいる遊貴を意識してしまう。

「優輝ちゃん……」

 吐息がかかるほど顔を近付けられ、優輝は顔を逸らした。心臓が煩いほど音を立てて鳴っている。

「な、なんで?」

 上擦った声で訊ねる優輝を見つめて、遊貴は甘くほほえんだ。

「最近ずっと、意識してくれていたよね。なら、手を出してもいいのかなと思って」

「そういう態度、シャレになんねーよ。人が見たら、誤解するじゃん」

「からかっているわけじゃないよ。本気で口説いているんだけど?」

 顔のすぐ傍で囁かれて、優輝は逃げるように顔を伏せた。頬が熱い。

「……無理だよ」

「何が?」

「男同士じゃんか」

「それが何? 好きになってしまえば、関係ないよ」

 顔を伏せたまま、優輝は眼を大きく瞠った。今、好きといった?

「俺のこと、好きなの?」

「好きだよ」

 顔を上げて絶句する優輝を、紫の瞳が熱っぽく見下ろしている。気付かなかった。本当に? いつから?
 気持ちを推し量ろうとするように、必死に瞳を覗き込む優輝の顔を、遊貴は両手で包み込んだ。

「そんなに、不安そうにしないで。俺は平気だから。優輝ちゃんのペースでいいから、俺を好きになって」

「お、俺は……」

 その先を続けられずにいると、そっと唇が重なった。心が甘く震えた。口づけは深いものに変わっていく。
 戸惑いや不安よりも、胸に沸き起こる喜びの方が遥かに大きい。
 幸せを噛みしめながら、遊貴の腕の中で、優輝は少しだけ泣いた。