渋谷。宇田川町を一望できる、タワー・マンション。
 大理石のエントランスには二四時間体勢でセキュリティ・ガードが常駐しており、通過するには声帯と指紋認証が必要だった。
 金持ちだろうと想像はしていたが、これほどとは思わなかった。
 驚くことに、遊貴の家は最上階にあるのだ。二五階のフロア全てが、遊貴の家だという。
 廊下の奥、色硝子のはめ込まれた扉を開くと、優しい檸檬の香が漂った。

「どうぞ?」

 玄関に立ち尽くす優輝を振り返り、遊貴は小首を傾げた。こちらの衝撃など、微塵も解していない顔だ。
 芸能人の家を訪問している心地で、優希はそわそわしながら足を踏み入れた。
 コンクリート地の壁を活かしたクールな内装で、マホガニーの机には二七インチの液晶ディスプレイが二つ、フローリングの床には、六〇インチの巨大な液晶ディスプレイがある。ケーブルは全て同じ本体に繋がっていることから察するに、豪勢なトリプル・ディスプレイ仕様らしい。
 きちんと整備された棚には、各種コンシューマの最新全機が揃っている。他にも、明らかにハイスペックな自宅サーバが並び、配線ケーブルが束になってうねっている。
 卓上には、なかなかお目にかかれない二層式やかんチャイダールックの茶器一式と、よく判らない工具類が散らばっていた。クリーニング・ロッド、ドライバー、ドリフト・パンチなどだ。
 中にはマニアックな部品もあるようだが、遊貴には、フィギュア制作の趣味でもあるのだろうか?

(い、意外すぎる……)

 この遊び慣れした美しい男から、同類オタクの匂いを感じるとは。
 優輝がじっと見つめていると、散らかっていてごめん、と遊貴は無造作に片付け始めた。

「全然散らかってないよ! すげぇ、こんな広い所に、一人で住んでるの?」

「まぁね。家事はハウス・キーパーに任せているよ」

「は――……本当にお金持ちなんだね」

 しみじみと呟く優輝の言葉を、遊貴は否定しなかった。
 促されるまま、ソファにーに腰掛けると、身体はどこまでも沈み込んでいく。素晴らしい座り心地だ。

「ゲームでもする?」

「お、いいね」

 そわそわしていた優輝は、その誘いに飛びついた。
 なんといっても、この部屋には、一通りのゲーム機が揃っている。しかも六〇インチの液晶ディスプレイまで配備しているのだ。
 期待した通り、大画面でプレイすると迫力が違う。
 カメラ対応のダンスゲーム、パズルゲーム、格闘ゲーム。何をやっても楽しい。優輝も相当なゲーマーだが、遊貴も負けず劣らずだった。
 夢中になって遊び、気付けば〇時を回っていた。休憩を挟み、シャワーを済ませると、

「BLISやろうぜ」

 ライムを落としたコロナ・ビールを片手に、遊貴はオンラインゲームに誘った。優輝が快諾するなり、PCの電源を入れる。

「何このPC! めっちゃ起動早いな」

「娯楽用に買ったサブPCだけど、六十万したからね。高性能だよ」

「六十万!? すげぇ……戦闘力は九〇〇〇億以上だぜ」

 おののいたように呟く優輝を見て、遊貴は愉しげに笑った。

「試してみるといいよ」

「なんて静かなんだ……俺のPCなんて、機動に数分かかるし、HDDはガリガリいうんだよ」

「最先端水冷だから。ファンが唸る時代は終わったんだよ」

「いいなぁ……」

 耽溺の的だ。羨まし過ぎる。

「余ってるパーツあげようか?」

「えっ、いいの!?」

「いいよ。グラボでもSSDでも、好きなの持っていっていいよ」

 気前の良い言葉に、優輝は眼を輝かせた。現金なもので、ここへくるまでの迷いは完全に吹き飛んだ。

「やったー」

 うきうきしながら、優輝はキーボードに手を添えた。
 プレイヤー数、十億人を誇る世界最大規模のMOBAゲーム――BLISの発祥はアメリカで、今や各国にサーバが建てられている。
 日本にも専用サーバーはあるが、遊貴が北米サーバーにしかアカウントを作っていないというので、今回は北米サーバーで遊ぶことにした。優輝はどちらにもアカウントがあるのだ。
 北米サーバーなので、プレイヤーの大半が国外プレイヤーだ。交わされる会話は基本的に英語である。
 プレイ前のラウンチルームでは、日本語や中国語もタイプできるが、ゲームが始まると英語に制限される。
 優輝の乏しい英語力では、簡単なサインや単語を打つことが精一杯だが、遊貴は違った。すらすらと英語を話す。それも、完璧なネイティブの発音でだ。
 五対五のランク戦で、遊貴は全ポジションOKと宣言した。余りもののサポート役に落ち着いたが、彼の腕前は素晴らしかった。BLIS歴二年のランカーである優輝から見ても、遊貴は既に達人プロの域だった。
 試合開始、僅か二〇分で勝利した。
 ゲーム終了後に、プレイヤー達が情報空間サイバー・スペースのラウンチルームに帰還すると、味方の一人がすぐに声をかけてきた。

“so good game. im glad that in the end i could trust XXXX to support me!”

「うぉ、遊貴、めっちゃ褒められてるよ!?」

“and the rest of you were great...”

 優輝も嬉しくなって、遊貴のことを“XXXX is GOD.”と讃えた。

“i could not have done it without good teammates. thankyou”

 プレイヤーから賞賛されて、遊貴も“thanks. you are good play too”と返している。

「遊貴、すげぇ! こんな上手い奴、初めて見た。プロになれんじゃね!?」

 BLISは世界が熱狂するE-Sportsだ。プロチームに入ってトーナメントに優勝すれば、多額の報酬がもらえる。
 優輝はすっかり興奮していた。出会ってから今ほど、遊貴を尊敬したことはない。

「……優輝ちゃんの、俺を見る目が変わった気がする」

 はしゃぐ優輝を見て、笑みを浮かべつつ、少し戸惑ったように遊貴は呟いた。