銀杏並木の続く正門前。
 生徒の多さと、彼等の垢ぬけた雰囲気に優輝は圧倒された。
 高校デビューの優輝は、髪の色が明る過ぎやしないか、朝からドキドキしていたのだが、無用な心配だった。
 茶髪はもちろん、金髪に赤髪、青髪、モヒカンにドレッド、スキンヘッド……反り込みを入れている生徒までいる。まるでヘア・スタイルの見本市だ。
 ヘッドホンをつけたまま、軽快な足取りでやってくる生徒もいれば、スケートボートや、Bianchiみたいに洒落た自転車で颯爽とやってくる者もいる。中には、年齢を疑いたくなる、髭を蓄えたおっさんもいた。

(これが高校か!)

 想像していたよりも、ずっとクールだ。
 グラウンドに、ハイテンションにミックスされた、I will Surviveが流れ出した。五人のお洒落な男子が、ダンスパフォーマンスを披露している。
 わくわくしながら、入学式の会場である講堂へ向かった。
 途中、派手に割れた窓硝子を見て、不安になったりもしたが、入学式は至って普通だった。
 温厚実直そうな、初老の理事と校長が檀上に上がり、新入生に向けて暖かな言葉をかけている。
 これぞ、優輝の思い描く高校生活の一ページ目である。
 派手な外見の生徒ばかり目立って見えたが、いざ集まってみると、平和で温厚そうな生徒もたくさんいる。
 周囲を眺めていると、隣の列に遊貴の姿を見つけた。どうやら同じクラスらしい。
 後ろ姿をじっと見つめていると、視線に気付いたように彼は振り向いた。優輝も驚いたが、向こうも軽く眼を瞠っている。不意打ちで美貌に笑みかけられ、優輝は慌てて前を向いた。
 入学式を終えて教室に入ると、一席に人だかりができていた。取り囲んでいるのは、女子ばかりだ。なんとなく、あの席に誰が座っているのか想像がつく。
 黒板に張り出された席順を確かめると、優輝は自分の席に着席した。

「こんちわ」

 前の席の男子に声をかけると、眼鏡をかけた少年が、人の良さそうな笑顔で振り向いた。

「どーも」

「よろしくー、俺は木下」

「俺は竹内。このクラス、木下が二人いるのか」

 不思議そうな顔をする優輝を見て、竹内は小首を傾げた。

「知らないの? ほら、あそこに座っているのが、“きのしたゆき”君だよ」

「えっ!?」

 優輝は勢いよく、後ろを振り向いた。相変わらず女子達に囲まれて、遊貴の姿は見えない。

「父親がCloud9 Holdingsクラウドナイン・ホールディングスの偉い人らしいよ。本人もすげぇイケメンだから、悪い噂で有名なのに、あの通りだよ」

「C9H!?」

 世情に疎い優希でも、名前だけは聞いたことがある。
 二〇一〇年以降、数々の事業を成功させた多国籍企業。金融界の超新星――Cloud9 Holdings、通称CH9は日本に限らず世界的に有名だ。

「驚きだよな。木下遊貴君がアオコーの新入生だって、噂は聞いていたんだけど、この眼で見るまで俺も信じられなかったよ」

「本当に木下遊貴なの?」

「本当だよ」

 女子が騒ぐのも、いよいよ無理はない。彼がCloud9 Holdingsの御曹司なら、あのルックスに加えて、将来は輝かしいキャリアが約束されているのだから。

「俺も、木下優輝っていうんだけど」

「え?」

 首を傾げる竹内に、ほら、と優輝は生徒手帳を見せた。竹内は、覗き込むなり眼を丸くした。

「本当だ。すげぇ偶然!」

 なるほど。小宮が優輝の名を聞いて、驚いた理由が判った。
 納得しているとチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。感じのよさそうな四十前後の男だ。
 歩き回っていた生徒達は、大人しく着席し始める。女子の壁が消えて、ようやく視界の晴れた遊貴を振り向くと、彼も優輝に気付いて手を上げた。
 控えめな会釈で応えながら、向こうは優輝の名を知っているのか、ふと気になった。
 出席点呼が始まり、自分の名が呼ばれるのを待っていると、

「きのしたゆき」

「「はい」」

 優輝と遊貴は同時に返事をした。後ろを振り向けば、驚いた顔をした遊貴と眼が合う。

「そうか、二人共、名前の読みが同じなんだな」

 教師は、ややこしいな、といいたげに頭を掻いた。奇妙な偶然に、クラスは俄かに騒がしくなる。
 彼が気分を害していないか不安になり、優輝は再び後ろを振り向いた。
 目が合うと、遊貴は優しくほほえんだ。ほっとしながら、優輝も小さく笑った。