採用試験トライアウトまで、あと四日。
 練習を終えた水曜日の夜、葉原の駅前に寄り道をした。もう一人のACE候補生、椎名奏汰と待ち合わせをしているのだ。
 話がある、としか聞いていないが、なんとなく嫌な予感がしている。
 椎名に呼び出された店は、ジャズを流す落ちついた珈琲屋だった。彼の方が先にきており、入り口に立つ昴を見て、奥の席から手を挙げて合図した。

「お疲れさま」

 ねぎらいの言葉に、昴はちょっと頭を下げて、ばわ、と挨拶しながら対面の椅子を引いた。

「練習はどう?」

「相変わらず、ルカにしごかれてます。でも、いい意味で喧嘩するようになりましたよ」

「そっか」

 椎名はほほえんだ。

「椎名さんは? 調子はどうですか?」

 内心、緊張しながら訊ねると、ウン、と椎名は言葉を切った。

「俺ね、トライアウト辞退する」

「マジすか……」

 本人の口から聞くまでは信じない、と決めていたが、悪い予感は的中してしまった。
 がっくりする昴を見て、椎名は遠慮がちにほほえんだ。

「もう桐生さんの了承はもらってる。昴君には、ちゃんと話しておこうと思って、今日はきてもらったんだ。疲れているのに、こんな話でごめんね」

「うー、椎名さぁん……」

 テーブルに肘をつき、掌に顔をうずめる昴の頭を、椎名は慰めるように撫でた。

「なんでも好きなものを頼んで。奢るよ」

「や、いいですよ」

 昴は、ぱっと顔をあげた。

「いいから、いいから」

 すっ、とメニューを勧められて、昴は思わず視線を落とした。

「じゃぁ……」

 食事はゲーミングハウスで済ませてきているので、アメリカン・コーヒーだけ注文した。椎名もカフェ・オレを注文すると、姿勢を正した。

「……昔から、Hell Fireは日本リーグで一番好きなチームなんだ。栄枯盛衰を知る素晴らしいチームだよ。辞退するのは本当に悔しいんだけど、僕にはどうしても合わなかった」

「ルカですか?」

「うん。どうしても、彼とやっていく自信を持てなかった。根本的に合わないんだ」

「……」

 苦渋の選択をくだした、椎名の気持ちも判る。一方で、プロを目指す仲間が離れていく寂しさも感じてしまう。
 何もいえずにいると、複雑な胸中を呼んだように、椎名は続けた。

「プロへの道を諦めたわけじゃないよ。実は、他のチームから誘われてるんだ」

「えっ」

「新進気鋭のいいチームだよ。トライアウトを受けるつもり」

 新進気鋭、と聞いて閃いた。

「もしかして!」

「うん、Galaxy Boysだよ」

「おぉッ!!」

 昴は思わず手を鳴らした。
 Galaxy Boysは、Challenger League――二部リーグで優勝したチームだ。
 Spring Season――春の一部リーグ後の入れ替え戦に勝利して、夏から一部リーグ入りすることが決まっている。
 一生懸命で勢いがあって、昴も個人的に応援しているルーキーチームである。

「これからもライバルだよ」

 不敵に笑う椎名を見て、昴は瞳を輝かせた。

「すげぇ、Galaxy Boysか。流石、椎名さん!」

「頑張るよ。もう二十四歳だしね。一秒だって無駄にしたくないんだ」

 椎名は、凛とした強い眼差しでいった。
 BLISにおける選手生命は二十代まで。選手としてのピークは二十五歳といわれている。
 だから、チームはより若く、制約の少ない選手を求めている。十代の選手を給料制で雇い、コーチの元で一日十時間を越えるトレーニングで鍛えてるのだ。
 ふと年齢を意識して、昴はため息をついた。

「俺も来年は二十歳だ~! うぉーッ、プレッシャーきた」

 胸を押さえる昴を見て、椎名は笑った。

「まだまだこれからでしょ」

「でもトライアウトもどうなるか判らないし、椎名さんが辞めて、俺は一人で大丈夫なんだろうか」

「大丈夫だよ。昴君の方が、Hell Fireで僕よりずっとうまくやってる。きっと、トライアウトもうまくいく」

 自信の籠った口調に、昴は勇気づけられた。椎名も闘っている。立ち止まっている暇なんてない。

「頑張ります!」

「お互い頑張ろう。リーグで闘えるように」

「はい!」

 昴が気合いの入った返事をすると、椎名も笑った。