採用試験トライアウトまで、あと一週間。
 月曜日。学校帰りにゲーミングハウスへ寄ると、珍しくプレイルームにアレックスしかいなかった。

「あれ? 皆は?」

「ルカは買いもの。連とコーチ、和さんはGGGにいってる。そろそろ戻ってくるんじゃない?」

 ゲーム中のアレックスは、ディスプレイを見つめたまま答えた。

「あ、そうか……アレックスは何やってるの?」

「World of Warships(WoW)」

 世界的に有名な二次大戦を背景にした戦艦ゲームだ。彼は意外なほどゲーマーで、BLISに限らず、あらゆるゲームに手を出している。

「ちょっと訊いてもいい?」

 隣の席に座ると、アレックスはちらっと視線を投げて、何? と訊き返した。

「あのさ、アレックスはルカとどうやって打ち解けた?」

「んー、俺はルカと合うんだよね。お互い遠慮せず何でもいうから、ストレスはたまらない。楽だよ」

「すごいな」

「ルカはやり辛い?」

「まぁ……」

「昴も苦戦してるか。ルカと組むACEは、大体似たような状況に陥るよ」

「ACEはサポートと一連托生だ。コミュニケーションが大切だって判ってはいるんだけど、衝突ばっかりで疲れるよ」

 うんざりしたように昴がいうと、アレックスは笑った。

「でも、頑張ってるじゃん。ルカはプライドが高くて自信家だから、一緒に組むACEは、コブラとマングースみたいに噛みつくか、仔羊のように大人しくなる奴が多いんだ。昴はバランス取れている方だと思うよ」

「俺だって仔羊だよ。自分の考えがあっても、衝突が怖くて黙っちゃうこともあるし……口にして揉めた時は、皆の練習時間を台無しにしているんじゃないかって、不安になる」

 アレックスはゲームをしながら、弛く首を振った。

「新参、古参は関係ない。揉めることを恐れる必要なんてないよ」

「うん……」

「自分から何かしようと思えない奴は、強くならないよ。お互いにゲーム論を持っているんだから、ぶつかるのは当たり前だ」

「はぁ~、アレックスの対人スキルが羨ましいよ。連も司令塔として動けているし、和さんも全く問題ない。うまくいってないのは、俺だけだ」

「仲が良ければいいってものでもないよ。要は試合に勝てればいいんだ。いけ好かない奴がいようが、喧嘩しようが、チームを抜けていく奴がいようが、勝てば正義だ」

「まぁねぇ」

「どのチームも問題を抱えている。でも、勝利によってそのチームの人事、戦略、日々のトレーニング、全てが肯定される。逆にどれだけ良好なチームでも、負ければ無価値だ。選手はトライアウトにかけられ、最悪、クビになるんだから」

「そうなんだけどさぁ、できることなら良好なチームで、試合に勝ちたいよ」

 しょんぼりして昴がいうと、アレックスはふっとほほえんだ。マウスとキーボードは操作しながら、青い瞳を和ませて、優しい瞳で昴を見つめた。

「それができたら最高だね。可能性はあるんじゃない? 連が司令塔として開花したのは、昴がきたおかげだと俺は思っているよ」

「そう思う?」

「うん。俺はメカニクスに富んだプレイヤーを高く評価する。その点、連は間違いなく最高のプレイヤーだよ。彼は忠実なBLISマシーンさ! ただし、チームのリーダーをやるには他人に無関心すぎると思ってた」

「あー……」

「連は良くも悪くも軸が全くぶれない、自分のプレイを忠実にこなす男だった。誰かが責められていても、気にかけるような男じゃなかったんだ」

「判る」

「でも変わったよ。昴がきてからだ。彼は、チームのことを考えるようになった」

「……そう?」

「そうだよ。試合だけじゃなくて、試合を動かすプレイヤーを見るようになった。もっといえば、昴がACEとして最大限活躍できるように、環境を整える気を起こしたのさ」

「……」

「だから、彼が推してる昴のことも、俺は高く買ってるよ」

「それはどうも」

「連があんなに変わるとは思ってなかったから、ちょっと心配もしてるけどね」

「どういうこと?」

 首を傾げる昴を見て、アレックスは少し沈黙した。マウスを操作する手が一瞬止まる。ややして、形の良い唇を開いた。

「だって、昴にベタ惚れだからさ。昴のプレイ配信を見ていなければ、私情で推薦したのかと疑うレベルだよ」

「えぇ?」

「別に隠さなくていいよ。プレイがうまければ、ゲイだろうが、怪しい宗教に入っていようが、どうでもいいから。シェアハウスでイチャイチャされたら、たまったものじゃなかったけど」

「……」

「ルカを含めて、他の奴等もその点は心配いらないと思うよ。Leeは面倒だったかもしれないけど、もう辞めたしね」

「うん……」

「Leeが今の連を見たら、悔しがるだろうな」

「どうして?」

「LeeはACEに専念したかったんだ。だけど、誰も司令やる奴がいなくて、仕方なく兼任していたんだ。そんなの、Somaじゃあるまいし、できるわけないよね」

 一般的に、ACEはゾーン的にも移動がしにくく、敵を殺すことに集中しなければならない為、マップコントロールにまで意識を割く余裕はないといわれている。
 その固定観念を吹き飛ばしたのが、浅倉壮真あさくらそうま、通称Somaだ。
 三年前までHell Fireに在籍し、BLIS JL制覇、世界大会予選IWCI――International Wild Card Invitational――でチームを準優勝に導いた、最強のACEであり司令塔である。現在はアメリカのプロチームに在籍している。破格の報酬で契約を結んだらしい。

「和さんはどうして司令塔をやらなかったんだろう?」

「コーチは和也を司令塔に据えたかったらしいけど、彼は、選手としてピークを過ぎているからって辞退したんだ。選手に戻るつもりもなかったらしいけど、口説かれて、TOPならOKって折れたみたいだよ」

「謙遜するなぁ……和さんはまだまだ現役でいけるよ。Leeさんは司令塔として、どうだった?」

「ルカと始終バチバチしていて、苛々していたよ。独りで三人分のroleをやっている気がする、なんてボヤいていたけど、それは彼に余裕がなかっただけだ。ま、要するに、うまくいってなかったね」

「大変そうだ……ACEと司令塔の兼任は無理があるよね」

 昴は同情したが、アレックスは微妙そうな表情を浮かべた。

「ここに動け、カーソルをここに動かせ、スキルであそこを狙え、灯光器をここに置け、ここを奇襲しろ……本人は細かく指示しているつもりなんだろうけど、そういうことじゃないんだよねぇ」

「指示が追いつかないんじゃない? チームに入ったばかりのLeeによくやらせたな、って俺は思うけど」

「でも、和也を除くと、Leeしかリーグ経験者がいなかったんだ。あとのメンバーは新人も同然なんだよ」

「確かに……」

 来シーズンに向けて、Hell FireのACE以外のメンバーが揃ったのは、ごく最近だ。期待されている連もまだ入ったばかりで、リーグ経験はない。

「Leeはルカを眼の仇にする一方で、惹かれてもいたから、事情が複雑だったね。ルカはLeeに全く期待しなくなり、追放したがっていた」

「きっついなー」

 先日、秋葉原の会場で会ったLeeの昏い顔を思い出した。
 彼が本当にルカを襲ったのであれば擁護はできないが、少しかわいそうに思ってしまう。
 チームでうまくやっていけず、大勢の観客が見ている試合ではACE対決でぼこぼこにやられて、追い詰められて、チームを去っていった男……そう遠くない、昴の未来の姿かもしれない。

「心配するな。少なくとも、LeeやBlakerより、昴の方がうまくやってるよ」

 沈んだ昴の様子を窺うように、アレックスはほほえんだが、昴は笑う気になれなかった。

「このままじゃ、俺もルカに追い出されるかも」

「案外、ルカは昴のこと気に入ってるかもよ?」

「全くそんな気がしないわ」

 真顔で答えると、アレックスは小さく吹き出した。

「まぁまぁ、今度ルカと話してみたら?」

「……」

「最初は仲良くしていたじゃない。BLISでうまくコミュニケーションできていないだけで、本当は気が合うはずだよ」

「うーん、うん……今日、練習終わったら話してみようかな」

 水を向けられて、昴は考えを改めた。緊張したり、苦手意識をもつのは何事においても損をするだけだ。

「ありがとう、アレックス。相談に乗ってくれて」

 気持ちが少し前向きになり、昴は笑顔で礼をいった。

「あ、俺、相談されてたんだ?」

 WoWをプレイしながらほほえむアレックスがツボに入り、昴は声に出して笑った。するとアレックスも声に出して笑い、スイッチが入ったように二人で爆笑した。