本格的に練習を始めるにあたり、桐生は昴にゲーミングハウスへの引っ越しを勧めた。昴としても、ぜひそうさせて欲しかったのだが、連の猛烈な反対に阻まれた。チームメンバーが見ている前で、
 正式なHell Fireのメンバーなったわけでもないのに、シェア・ハウスで暮らすのは順番が違う。
 そういわれてしまうと、昴は頷かざるをえなかった。急に冷たい態度を取られて、帰り道も落ち込んだ気分でいると、ふいに肩を抱き寄せられた。

「ごめん、さっきはいい方がきつかった。落ち込まないで」

 さっき見せた冷たい眼差しは錯覚かと思うほど、優しい瞳をして連はいった。

「連は、俺がHell Fireに入るの、反対なの?」

「そんなことないよ」

「じゃあ、どうして……」

「ゲーミングハウスについては、俺の家に帰ってから話そう」

 不満の燻っていた昴は、その提案に無言で頷いた。
 家に帰った後、連の部屋でBLISの動画をBGMにしながら、昴は連に切り出した。

「……せっかく誘ってもらえたし、俺はやっぱりゲーミングハウスで暮してみたいよ」

「駄目」

「なんで?」

「心配だから」

「何が?」

 連は考え込むような仕草でもくし、躊躇うように口を開いた。

「アレックスはバイで、付き合っている男も女も多い。昴はかわいいから、眼をつけられるかもしれない」

「は?」

 呆気にとられる昴を、連は真剣な瞳で見つめた。

「前にいた女性マネージャは、アレックスに迫って解雇されたらしい。彼は社交的で優しいから」

「俺は男だぞ」

「関係ない。アレックスはバイだ。交遊関係が派手で、恋愛対象に男女を区別しない」

「だからって、俺に惚れるわけないだろ」

「俺という実例があるのに?」

 うっ、と昴は言葉に詰まった。

「連は例外だよ。第一、ルカも和さんも、ゲーミングハウスで共同生活してるじゃん」

「そうだけど、昴は駄目」

「どうして」

 横暴な奴め、そんな風に見上げると、連も強い眼差しを返してきた。

「判らない? 粉かけてきそうな男のいる家に、昴がいるのは嫌なんだよ」

 嫉妬を孕んだ眼差しに、心臓がドッと音を立てた。腹立たしは吹き飛んだが、頭が冷えた分、現実的な事情に考えが及んだ。

「……でも、練習に集中したいし、バイトする暇なんてないし、一人暮らし続けてく金がないよ」

「俺の家に住めばいい」

「ここに?」

「もっと快適で広い家に引っ越すよ」

「わざわざ?」

「うん。どうかな?」

「ん、んー……?」

「昴の嫌がることはしないよ」

 渋る昴の態度を勘違いしたのか、連はそうつけ加えた。

「や、別にそういう心配はしてないけど」

「……してないの?」

 眼を細めると、連は昴の方に顔を近付けた。

「お、お前な、どう応えれば満足なんだよ?」

「さぁ」

 連は大人しく身体を引いたので、昴も仰け反っていた姿勢を直した。

「まぁ、家賃は浮くし、俺は助かるけど……連はいいの? この部屋だって、十分快適なのに」

「いいよ。昴と一緒に暮らせるなら、俺はどんな環境でも構わない」

 昴が赤面すると、連は腕を伸ばした。頬を手の甲で優しく撫でる。動けずにいると、端正な顔がゆっくり降りてきた。慌てて瞳を閉じると、顔のすぐ傍で密やかな微笑が聴こえた。

「んっ」

 唇をしっとり塞がれて、啄まれる。震える昴の頬を手に挟み、触れるだけのキスを繰り返す。
 身体を硬くしながらも逃げ出さずにると、離れていくとき、上唇をそっと食まれた。
 戸惑いながら、昴も背に腕を回すと、よくできました、というように、優しく抱きしめられた。

「嬉しいよ。一緒に暮らせるなんて、夢みたいだな……」

 髪を撫でられながら、囁かれて昴は赤面した。優しく抱きしめられて、大切にされているのだと実感する。

(連って、本当に俺のこと好きなんだな)

 自分の考えに照れていると、沈黙を勘違いしたのか、連は少し顔を離して、昴の顔を覗き込んだ。

「俺と一緒に暮らすの、嫌?」

「そんなことない。俺も楽しみだよ」

 昴が笑うと、連も安堵したようにほほえんだ。
 BLISをする最適な環境に、それも連と一緒に暮らしていけるのだと思うと、不思議なほど気分が高揚した。