夜の帳の降りた公宮。
 クロガネ隊を出た後、光希はジュリと別れて先に屋敷へ帰った。
 団欒の一時に、テラスでラムーダをつま弾いてみる。
 光希の腕前は、かろうじて一通りの音を鳴らせる程度である。ナディアの演奏に触発されたものの、同じようには到底弾けない。
 時々調子を外しながら苦心していると、背中に笑い声を聞いた。振り向けば、濡れた髪を拭きながらジュリがやってくる。

「お帰り」

「ただいま。珍しいですね」

「ナディアの演奏すごかったから。僕もあんな風に弾きたいなと思って……」

 ジュリは隣に座ると、光希の手元を覗きこんで弦の押さえ方や、楽器の持ち方を指導し始める。

「手はこう、もっとしっかり抱えて……指はここ……」

「……判った! このラムーダにも、くろがねの装飾を入れればいいのか。そしたら、僕でも神懸かむがかりの演奏ができると思わない?」

 流星の如し閃きを口にすると、生暖かい眼差しに見下ろされた。

「いくら楽器が良くても、腕がないと無理か……」

「そんなに弾きたいのなら、習ってみますか?」

「いや、たまにジュリが教えてくれれば十分だよ……ところでナディアは、もうすぐ陸路偵察任務に発つんだよね」

「はい」

「出発前に、点呼取って滑走場に並ぶよね? その時さ、婚約者のアンジェリカも中に入れてあげられないかな? 見送りしたいって前に言ってたんだよ」

「どうでしょう……」

 ジュリは思案げに顎に手をやる。

「ナディアがどうしても嫌なら仕方ないけど……アンジェリカが可哀相で。残される方も辛いんだよ……」

「判りました。伝えておきましょう」

「うん、ありがとう。聞いてみて。ナディアって優しいのに、アンジェリカに冷たいよね……」

 光希はふと思い出したように腕を組んだ。

「そうですか?」

「うん。この間、二人一緒のところに居合わせてさ、アンジェリカの好意は明らかなのに、ナディアは全然見向きもしないの。見ていて可哀相だったよ」

「光希は優しいですね」

「別に普通だよ。あれはナディアが悪い。年上の男なんだから、もっとさ……」

 続けて文句を垂れようとしたら、不意にジュリに肩を抱き寄せられた。ラムーダは取り上げられて、金箔装飾のテーブルの上に置かれる。
 問いかけるように見上げると、唇が触れる。忍び笑いを洩らすと、ジュリもくすぐったそうに笑った。

「……ジュリも弾いてよ」

 ラムーダを押しつけるように渡すと、ジュリは堂に入った仕草で構えた。弦をつま弾くと、心地いい優しい音色が流れる……。
 彼の演奏の腕前も素晴らしい。光希にしてみれば達人の域だ。演奏が途切れた瞬間、盛大に手を鳴らした。

「素晴らしい!」

「ありがとう」

 星明かりをもらい受けて、ジュリの輪郭は清らかな薄青に縁取られる。
 見惚れるほど美しい笑みに言葉を忘れていると、見つめ合ったまま抱き寄せられた。端正な顔が下りてきて、唇が重なり合う。
 何度か柔らかく唇を吸われた後、うっすら開いた合間から熱い舌を差し入れられる。頭の後ろを丸く包み込まれて、口づけは更に深くなる。
 甘い口づけを何度も繰り返す。もうジュリのことしか考えられない……。
 ようやく顔が離れた時には、顔はとても熱くなっていた。

「ジュリって……」

「ん……?」

 中途半端に言いかけて止めたが、大した内容ではない。不得要領に視線を彷徨わせると、ジュリは頬を撫でて視線を合わせてきた。

「いや……」

「言って?」

 光希しか映さぬ青い双眸は、とろりとした蜜のよう。甘い眼差しに心を奪われていると、前髪を軽く引っ張られた。

「聞きたい……」

 言うほどのことじゃない。視線を泳がせて追及を躱しても、頬や唇に触れられて視線を何度も捕われる。唇を指先でなぞられて、観念して口を開いた。

「キスが……上手だなぁって」

 消え入りそうな声だったが、聞こえたらしいジュリは、恥ずかしげに視線を逸らした。言わせたくせに。でも、彼の照れる姿は貴重だ。つい物珍しげに見つめてしまう。

「そんなに見ないでください」

 恥じらう姿に胸を打たれて、光希はふっと口元に笑みを閃かせた。
 しかし、見られるうちに耐性がついたのか、ジュリは艶っぽい微笑を浮かべると、光希の顔を両手で挟みこんだ。

「それって……もっとして欲しいってこと?」

「え……」

 応えられぬうちに唇を塞がれた。あんなことを言ってしまったから、妙に意識してしまう……。
 腰を撫でられながら口づけを交わすうちに、身体がたかぶってきた。