典礼儀式の後、大事をとって光希は公宮に戻された。
 夜も更けた頃、荒々しく軍靴ぐんかを鳴らす音と共に、ジュリが工房へやってくる。

「光希!」

 やはり怒っている。作業していた手を休めると、溜息を堪えて振り向いた。

「お帰り。どうなった?」

「片付けてきましたよ。なぜあんな真似を?」

「今日に限って、違うものが見えたんだ。ジュリに言う暇がなかった。ごめんなさい……」

「確かに、ゴブレットには致死量の毒が塗られていました。結果として、東妃ユスランを救えましたが……神力をあのように示すのは早計でしたよ」

「でも他に思いつかなかったんだ」

 ジュリは作業台の傍へ近寄ると、歯痒げに見下ろす。光希は上目遣いに仰ぎ見ると、気になっていたことを口に乗せた。

「……サンベリア様は、もう大丈夫?」

「ええ、宿舎に入りました。毒を仕込んだ神官は既に事切れていましたが、他の内通者は捕えました。四貴妃を神官宿舎に入れるなど前代未聞ですが……貴方の予見の前では、その驚きも霞んでしまいましたね」

「いけなかった……?」

「喉から手が出るほど欲しい情報ですからね。光希を軍議に連れてくるよう、散々言われましたよ……」

 厭わしげにこめかみを指で押さえ、青い瞳は半ば伏せられた。

「僕は構わないよ。皆に知らせるべきだと思う」

「反対です」

「知っていることを、伝えるだけだよ」

「利用されるだけです」

「利用してくれていいんだよ。僕だってアッサラームの人間なんだから!」

「その前に私の花嫁ロザインです!」

 苛々しげに言い捨てる。光希は気圧され身体を引きかけたが、気を取り直すように口を開いた。

「とにかく……明日はクロガネ隊に行くよ」

「幹部連中が貴方を血眼ちまなこで探しているんですよ? 行けば、即連行されます」

「そ、そうなの?」

 ジュリは険を解くと、思慮深い眼差しで光希を見つめた。

「大戦に向けて情勢は緊迫しています。相手の行軍経路、兵力、戦略が判れば遥かに優位に立てる。その答えが貴方にあるのなら、たとえ花嫁からでも引き出そうとするでしょう」

「僕は嬉しいよ。ジュリや皆の力になれることが。大した力には、なれないかもしれないけど……協力は惜しまないよ」

 立ち上がると、苦慮の窺える眼差しを見つめ返した。ジュリは哀しげにため息をつく。

「それでも……私は光希を巻き込みたくありません」

 手をとられ、甲に口づけられた。慈しむように、何度も柔らかく吸われる。逆にジュリの手をとると、ぎゅっと両手で包みこんだ。

「ありがとう。僕も同じ気持ちなんだよ。ジュリを助けたいんだ……手伝えることがあるなら、何でもしたいんだよ」

 不意に腕を引かれて抱きしめられた。軍服に顔をうずめると、いつもより少し早いジュリの鼓動が伝わってくる。

「もう、光希が悩む姿を見たくありません」

「いいんだよ。僕の心配よりジュリは自分の心配をしてよ」

 おとがいをすくわれて顔をあげると、首を伸ばしてキスを受け入れた。首に腕を回した途端、深いものへ変わっていく。

「ん……」

 ジュリの額の宝石を通して、シャイターンが光希を見ている……ジュリの恋情のような深い想いを向けられている、そう感じることがある。

 ――俺を大切だと思ってくれるなら、絶対にジュリを守って。傷つけたら許さない……!

 脅すように訴える。苦笑と共に、願いは聴きれられた気がした――