貴妃席にジュリアスと戻ると、アースレイヤ達に笑顔で迎えられた。
 彼等が声をかける前に、ス……とジュリアスはさりげなく光希の隣に立ち、視線を遮った。
 思うところは大いにあるが、今は観戦に集中する。試合は大分進み、ユニヴァースの準決勝戦が始まるところだ。

「ユニヴァースだよ、勝てるかな」

「勝てるでしょう」

 ジュリアスは即答した。実際、その予想通り、ユニヴァースの圧勝に終わった。二、三、剣を閃かせたと思ったら、相手は腕から血を流して蹲ってしまったのだ。

「大丈夫かな……?」

 蒼い顔で訊ねる光希の肩を抱き寄せ、衛生兵が控えていますから、とよく判らない慰めをジュリアスは口にした。
 ともかく、光希は薔薇を一輪手に取り、投げ入れようとして……ふと隣に立つジュリアスを見上げた。

「……どうぞ、投げれば?」

 ジュリアスは、どこか投げやりに呟いた。
 微妙な空気だが、試合を見ていたのに彼にだけ投げ入れないのもどうかと思い、光希は花束から一輪を抜いて投げ入れた。
 ユニヴァースは貴妃席を見上げて、嬉しそうに手を振っている。据わった視線を頬に感じながら、光希も控えめに振り返した。
 ついに決勝戦。
 会場は割れんばかりの喝采に包まれた。
 それぞれの組の勝利者――ユニヴァースと、初戦を勝ち抜いた両利きの兵士は、正面対峙でサーベルを構える。
 試合開始の銅鑼どらが鳴り、両者同時に駆け出した。
 閃きが早すぎて眼が追いつかないが、どちらも紙一重でかわしているように見える。
 互角に見えたが、しばらくするとユニヴァースが押し始めた。激しい応戦を続けながら、少しずつ陣の淵へと相手を追いやる。
 キィンッ!
 最後は対戦相手が踏鞴たたらを踏む形で、陣の外へ追い出された。
 ワッ、と会場は震えるほど沸き立った。

「うぉ――っ! ユニヴァース優勝!?」

 固唾を呑んで見守っていた光希も、思わず叫んだ。
 会場が煩くて声は殆ど通らない。隣を仰ぐと、そのようです、とジュリアスは気のない声で返事した。
 儀礼に則り、貴妃席からも花が投げ入れられた。頑なに拒んでいたアンジェリカも投げ入れている。
 光希も投げ入れようとしたら、上からひょいとジュリアスの手が伸びてきて、花を奪われた。奪っておきながら、至極どうでも良さそうにそれを投げ入れる。

「何で?」

「別に?」

 二人の間にだけ、なんともいえない沈黙が流れた。
 外野は楽しそうだ。初々しいですわ、リビライラは呟き、皇子二人も愉しそうに見ている。
 これで模擬戦も終了かと思いきや、進行役は最後の演目と称し、優勝者に挑戦権を与えた。
 優勝者に与えられる褒章の一つで、階級問わず名指しで実剣勝負を挑める権利だ。
 指名を受けた方に拒否権はない。日頃は手の届かない階級相手に、公式の場で挑めるので、毎年大いに盛り上がるとか。
 わくわくしながら見守っていると、ユニヴァースはこちらを見上げてサーベルの剣尖けんせんを貴妃席に向け――

「シャイターンッ!」

 凛然と吠えた。
 オォ――ッ!! 殆ど怒号のような歓声が響き渡る。
 今日一番、闘技場が沸いた。
 興奮した観客達が石床を足で踏み鳴らし、その振動が貴妃席まで伝わってくる。人の強烈な足踏みで地面が揺れる!

「ジュリ、指名されたのっ!?」

 腕を組んで見下ろしていたジュリアスは、不敵な笑みを浮かべると、サーベルをすらりと抜いて、闘技場に立つユニヴァースに剣尖を向けた。
 見惚れるほど恰好良くて、心臓がどきどきする。
 歓声が煩すぎて、思わず両耳を手で塞いだ。
 興奮した観客が、ボロボロと二階から零れ落ちている。危ないったらない。周囲の兵士が慌てて収拾している。
 その様子をハラハラしながら見ていると、いきなり抱きしめられた。

「――っ、ん!」

 おとがいをすくわれて、上向いた途端に唇を塞がれた。しっとり唇を重ねて軽く吸われる。顔を離すと、すぐ近くで青い双眸が優しく細められた。

「いってきます。私が勝ったら、手に余るほどの花を、投げ入れてくださいね」

 ジュリアスは光希の手をとると、恭しく甲に口づけた。冷やかす外野を無視して、光希はしっかり頷いた。

「頑張れ、ジュリッ!!」

 ジュリアスは輝くような笑みを閃かせると、石縁に手をかけるや、軽やかに飛び降りた。  慌てて闘技場を見下ろすと、ジュリアスは既に舞台に向かって歩き始めていた。

 最終演目。
 挑戦者――優勝者ユニヴァースと、アッサラーム大将、ジュリアスとの試合が幕を開けた。