模擬戦開幕を告げる祝砲が空に響いた。
 出場する隊員は全部で十二人。全員、階級が上等兵以下の若い隊員だ。
 彼等は二組に別れて勝ち抜き戦を行い、それぞれの組で勝ち残った二人が最後に戦い、勝敗を決する。
 彼等の中には、久しぶりに見るユニヴァースの姿もあった。
 アースレイヤとルーンナイトは椅子まで用意させて、このまま貴妃席から観戦するつもりらしい。サンベリアの顔色は悪くなる一方だ。
 ぎこちない空気に胃を痛めていた光希だが、試合が始まると眼は闘技場に釘付けになった。
 模擬戦とはいえ、実剣を使用する。
 長身体躯の若い隊員が、黒牙を閃かせて激しい剣戟けんげきを繰り広げる様は圧巻だ。
 時に火花を散らせ、戛然かつぜんと響かせる。観衆は大喜びで、割れんばかりの声援を送っているが、光希は見ていて何度も冷や冷やした。

「わ……っ」

 自分が戦っているわけでもないのに、肉迫した闘いを見ていると、身体の変なところに力が入る。

「左の奴は、両利きなんです。うまく背後で持ち手を変えて、相手を翻弄している」

 大人しく座っていられず、縁に肘をついて前のめりで観戦する光希に、ルーンナイトは解説してくれる。
 後ろで背伸びをしているローゼンアージュを手招くと、すぐに光希の隣に並んだ。ルスタムは苦笑を浮かべたが、特に咎めなかった。

「何で実剣なの?」

「実剣を使わずに、何で戦うんです?」

「刃を潰した剣でいいでしょう」

 光希が真面目に応えると、ふっ、と兄弟そろって微笑を洩らした。

「そんな試合を見ても、誰も白熱しないでしょう」

 ルーンナイトがいった。

「でも……」

「少々血が飛び散るくらいでいいんですよ。アッサラームの獅子達の、勇猛な姿を見る者に印象づける目的もあるのですから」

 アースレイヤの言葉に、光希は腕を組んで唸った。

「でも、死んでしまったら?」

「これは敵わないと思えば、負けを認めればいいのです」

「負けを認めてもいいんですね?」

「もちろん。試合であって、殺し合いじゃありませんから」

 話している間に、決着がついた。
 相手のサーべルを弾き飛ばしたのは、ルーンナイトの解説にあった、両利きの隊員だ。
 割れるような大歓声が湧き起こる。色とりどりの花が闘技場に投げ入れられた。
 光希も手を叩いてると、ルーンナイトに薔薇の花束を渡された。意味が判らず首を傾げると、

「貴妃席から贈られる花は、大変な誉れです。気に入った者がいれば、投げ入れるといいですよ」

 なるほど……光希は豪快に花を放った。風に舞って、思い思いに落ちてゆく。
 会場は、オォッ、とどよめいた。隣でルーンナイトとアースレイヤは、肩を震わせて哄笑こうしょうしている。
 勝利した隊員は、ぽかんとした表情でこちらを見上げた後、恐縮しきった様子で敬礼をした。
 まずかったかしら……光希は不安そうに周囲の顔色を窺った。

「殿下はあの隊員を推しているのだと、会場中が誤解しましたよ。彼は人気急上昇ですね」

「え……っ」

 贔屓したつもりはない。皇子二人は、平気ですよ、問題ありません、とそれぞれいうが、ローゼンアージュは諦めろといいたげに顔を横に振っている。

「あ、じゃあ……次は僕以外の誰かが、貴妃席から花を投げいれませんか?」

 名案とばかりにリビライラ達を振り返ったが、

「一輪でしたら……あのようには投げ入れられませんわ」

 リビライラは困ったようにほほえんだ。サンベリアも似たような反応をよこす。アンジェリカに至っては凛とした眼差しで、ナディア様以外はお断わりですわ! と潔く断った。

「うぅ……じゃあ僕が毎回、投げ入れます」

 自棄やけになって提案すると、ローゼンアージュは光希を見るや、こくりと頷いてどこかへ駆けていった。
 呆気にとられていると、やがて溢れんばかりの花束を腕に抱えて戻ってきた。冗談だったのに……