クロガネ隊はようやく落ち着きを取り戻した。
 修羅場疲れしていたアルシャッドも、すっかり元気だ。ちなみに、彼は先日、伸び過ぎた前髪を自分で適当に切ったらしく、大変なことになっていた。
 それはさておき――
 光希は要望の多いイニシャルチャームの受注を再開すると共に、ローゼンアージュとアルシャッドの三人で、折りたたみナイフを更に進化させた、携帯ツールナイフの改良に熱中していた。
 光希の中で、多目的ツールナイフの代名詞といえば、スイス・アーミーナイフである。十字ロゴの入ったナイフは世界的に有名だ。
 そこからヒントを得て、両サイド折りたたみ式の様々なナイフが飛び出す、まさに工具箱のような携帯ツールナイフを考えた。
 現在試作を重ねていて、サイードも注目してくれている。もしかしたら軍で採用されるかもしれない。
 しかし、武器開発に熱中する自分をふと顧みて、手が止まりそうになることもあった。
 この間も、鋸刃のこばつきのサバイバルナイフを閃いて、いそいそと図案を起こそうとしたところで、ふと我に返った。

 当然のことだが、剣は、人を殺める殺傷武器だ。

 光希がいくら日常用途向きに考えたところで、この世界で刃は、命を奪い、奪われるものだ。ましてや軍で採用が決まれば、肉弾戦になった時、最後の武器として使われる可能性がある。
 またしても手を止めた光希を見て、ローゼンアージュは視線で問いかけた。

「血を見るのも怖いくせに、より便利で強い武器を作ろうとしている。僕は矛盾だらけだ……」

 彼は不思議そうに首を傾げたが、隣で聞いていたケイトは気遣うように口を挟んだ。

「お気持ちは判ります……俺も本当は、殺されるより、殺すことの方が怖いから」

「殺すか殺されるかの二択なら、僕は殺すことを選びます」

 清廉と告げた。少年の澄明ちょうめいな眼差しを、光希に否定することはできない。
 しかし――
 一度芽生えた葛藤は、武器造りの熱意に影を落とした。
 アルシャッドは葛藤する光希を見て、製鉄班の工房見学に誘った。
 製鉄班の工房は、千五百度を越える炎から身を守る為、特殊な全身防御服を着なくてはならない。重量がある上に体感温度は六十度を越える。ただ部屋にいるだけで、体力を消耗していく過酷な現場だ。
 しかし、鍛冶師が熱したくろがねを叩く光景は圧巻で、心を奪われた。
 叩かれるごとに、朱金の眩い火花を散らせて、戛然かつぜんと音を響かせる。
 打ち延ばし、鍛え抜かれるうちに、鉄は美しく見事な刀身へと姿を変えてゆく。
 そうして仕上がった刀身を研師が磨き、鞘師の作る鞘に刀身が納まるよう、白銀師が調整する。
 一つの武器が完成するまでに、驚くほど多くの人間が関わっていた。
 それぞれの職人が身骨を注ぎ、魂を吹き込んだ鉄に、細工師は彫刻を施すのだ。
 クロガネ隊には、全ての職人が揃っている。
 一連の流れを理解すると、鉄に神気が宿るのも頷ける気がした。
 これまで漠然と、この地に宿る神秘が働いているのだと考えていたが、一人一人が魂を吹き込むからこそ、にした時に力を宿すのだ。
 エネルギーを拾い集めて形にしているのは、紛れもない人の手。
 重たい防護服を脱いだ後は、ぐったりと倒れそうになってしまったが、素晴らしい体験をした。
 どうしようもなかった葛藤も、幾らか和らいだ。鉄を触る仕事が好きだ――恐るべき武器なのだとしても、関わっていたい。そう気付かされた。

「今日はありがとうございました」

 アルシャッドに心から感謝を告げると、彼はとても優しいほほえみをくれた。前髪が大変なことになっていなければ、ときめいていたかもしれない。

 +

 日々は流れてゆく。
 工房で作業している間は忘れていられても、夜一人きりになると、寂しさが募った。
 恋しく想うあまり、ジュリアスの姿を夢現ゆめうつつに見る夜もあった。
 幻の向こうで、ジュリアスは岩場に腰を下ろして、眼を閉じていた。綺麗な寝顔を眺めていると、瞳を開けて、光希? と名を呼んだ。

 ――そうだよ……元気?

 ジュリアスは優しくほほえんだ。

「元気ですよ。光希は?」

 ――俺も元気だよ……ご飯は? ちゃんと食べてる?

「食べてますよ。光希は?」

 ――俺も食べてる……ちゃんと寝てる?

「倒れない程度には。光希は?」

 ――寝てる……今もたぶん、寝てる……?

「……会いにきてくれて、ありがとう」

 ――俺も会いたかった……いつ帰ってくるの?

「もうすぐです。あと七日くらい」

 ――判った……

 ジュリは手を伸ばすと、寂しそうにほほえんだ。

「そこにいるって、何となく判るんですけど……触れられない」

 そういわれた瞬間、ジュリアスに触れたいと思った。
 青い双眸は驚きに見開かれる。ジュリアスに伸ばした手は透けていたけれど、触れることができた。
 ジュリアスは両手で光希の頬を挟むと、顔を傾けて唇を重ねた。唇の柔らかい感触が伝わる……

(いい夢だなぁ……)

 眼が覚めた時、思わず唇に触れた。ジュリアスの姿を見ることができたのは、サーベルに入れた名前のおかげかもしれない。
 アッサラーム流にいえば、これもアッサラームの思し召しなのだろう。

 +

 七日後。
 ノーグロッジ作戦任務を無事に終えた飛竜隊は、アッサラームへ帰還した。
 およそ二百余名が命を落としたが、数千から成る全隊としてはほぼ無傷に等しかった。
 狙いは、中央大陸の渓谷を超低空飛行で翔け抜けることが可能かどうか、経路確保を探ることにあり、結果として十分成功といえるものであった。
 無人の断崖絶壁に拠点を置ければ、奇襲戦に長けた山岳民族との衝突を避け、かつ東からサルビア軍が攻めてきた際、中央大陸で迎撃できる利点がある。

 史上に類を見ない、大戦が迫りつつあった。