そっと寝台の上に降ろされた。
 ジュリアスは光希の顔を挟むように肘をつき、熱っぽく見下ろしている。闇の中でも、青い双眸は仄かに輝いていた。

「待って」

 顔を背けると同時に、掌でジュリアスの端正な顔を押しやる。

「ぅ、あッ……」

 唇に触れた指先を、舐められた。思わず眼を合わせると、青い双眸に囚われたまま、指を甘噛みされた。ドクッと鼓動が跳ねる。目を離せない。ジュリアスに、誘惑されてしまう……
 見つめ合ったまま、艶めいた美貌がゆっくりと近づいて――唇が重なる瞬間に、どうにか顔を背けた。

「待って! いろいろ訊きたいことがっ」

 手を交差させて顔を防御すると、両腕を掴まれ、寝台に縫いとめられた。腕力では絶対に勝てない。背けた頬に吐息を感じながら喚いた。

「お願い教えて、ユニヴァースはどうなるのっ!?」

 答えの代わりに、唇の端を舐められた。誤魔化そうとしている? 思いきり顔を寝台に押しつけると、今度は仰け反る顎を辿り、首筋に吸いつかれた。

「……っ、教えてよ……お願いだから……」

 続けて懇願すると、はぁ……と小さな吐息が聞こえた。恐る恐る瞼を上げると、物言いたげな青い双眸に見下ろされていた。

「たまには私だけを見て、私の名前だけを呼んで、私のことだけを考えてくれませんか?」

 抑揚のない口調に呆気にとられた。どうしてそんなに不安そうな顔をするのだろう……

「いつも、ジュリのことを想っているよ……でも今は、心配事が多すぎて苦しいんだ。ジュリは全部知っているんでしょう? 教えてよ……」

「光希は任務放棄、無断外出で懲罰対象です。最低二十日間、ここでじっとしていてもらいます」

「それは聞いた。ユニヴァースは?」

「同じく任務放棄、無断外出、そして極めて深刻な任務失敗による懲罰対象です。責任を取らせて、光希の武装親衛隊は罷免しました。今は懲罰房にいます。明日、軍規に沿って背中に七回、公開鞭打ちの刑に処し、それから特殊部隊に配属します」

 役職を降ろされた上、懲罰房……しかも、公開鞭打ちって、どういうことだ。光希とは比ぶべくもなく、処罰が重いではないか。

「僕だって同罪だよ。僕も懲罰房に入れて。七回鞭を打つなら、半数は僕を打って」

 ジュリアスは露骨に顔をしかめた。

「卑怯ですよ。私が出来ないと知っていて、そんな口を利く」

「納得できない!」

 カッとなって、光希はジュリアスの胸を強く叩いた。びくともしないことが悔しい。

「判ってください。軍規なのです」

「どうしてユニヴァースだけ怒られるの? お願い、止めてよ」

「貴方が口を挟めることではありません」

「僕だって軍の人間だよ、意見してはいけない?」

「軍人だと主張したところで、貴方は只の伍長勤務上等兵。大将である私に、意見できると思いますか?」

「できるさ、上司は部下の諫言かんげんに耳を貸すべきだ」

「……本当に、難しい言葉を使うようになりましたね。しかし諫言とはいえないでしょう。軍規も立場も解さず、眼に映る光景だけを見て喚いている。いとけない子供みたいですよ」

 光希は唸り声を上げた。

「煩いっ! ジュリはさ、僕がユニヴァースと仲良く街に出掛けたから、怒ってるだけなんじゃないの? だから腹いせにそんな重い処罰を与えるんじゃないの? 子供みたいなのはどっち?」

 ジュリアスは苛立ちを双眸に宿すと、髪を掻き上げながら上体を起こした。

「はぁー……不愉快」

「僕だって不愉快だよ!」

 光希も上体を起こすと、ジュリアスの胸をドンッと押した。長身の下から抜け出すと、膝をついて決然とめつける。二人の間に火花が散った。

「個人的な采配で処罰を決めたと? そんなわけないでしょう。私個人の感情で決めていいなら、彼を八つ裂きにしてもお釣りがきますよ」

 怒りを孕んだ苛烈な言葉に、光希は咄嗟にいい返すことができなかった。

「能力を見込んで、光希の護衛を任せたというのに、自ら危険にさらすような真似をよくもしてくれた」

「だからって……」

「これでも、貴方が気に病まぬよう、最大限の温情をかけたつもりです」

「どこがっ!?」

「無事に帰れたから良かったものの、何が起きてもおかしくありませんでした。貴方に何かあったら、生きていけないのに……光希は彼のことばかり心配するけど、私の気持ちは考えてくれないの?」

 真摯な眼差しに射抜かれる。
 ジュリアスは間違っていないのかもしれない……けれど、光希が間違っているとも思えない。

「ごめん……でも、僕のせいで誰かが責められるのは間違ってるよ。ユニヴァースは任務失敗なんかしていない。襲われた時、迷わず僕の前に立って守ってくれたんだ。すごい勇気だよ。本当に強かった。でも相手は数が多くて……僕が動けなかったからいけないんだ」

 苦悩の滲んだ告白に、今度はジュリアスが押し黙った。

「もちろん、二人で勝手に街へ出たことは、怒られても仕方がないと思う。だから、ユニヴァースと僕は等しく罰せられるべきだ」

「……光希の意見は判りました。ですが、軍の決定は変わりません」

 ジュリアスは静かに告げた。そんな、と光希は眉根を寄せたが、反論は勁烈けいれつな眼差しに封じ込められた。

「心配したんです、本当に……無事で良かった」

 項垂れる光希を、ジュリアスは労わるように抱き寄せる。抗う気力は起きなかった。