その日の夜。
 光希が寝入ってしばらく経った頃、シーツをめくる気配に起こされた。

「お帰り……」

 寝惚けまなこで声をかけると、傾けている頬にキスされた。

「ただいま、光希」

 眠りたいのに、耳朶に唇で触れたり、悪戯するように髪をつんと引っ張ってくる。

「ん……」

 彼にしては珍しく、寝入る光希を起こそうとする。唇に触れる指を払い、ジュリアスに背を向けると、隣で身体を起こす気配がした。

「光希、今日……」

 どうやら会話をしたいらしい。
 仕方なく眼を開けると、光彩を放つ青い瞳にぎくりとする。ジュリアスは覆いかぶさるように、両腕を光希の顔の横についていた。

「どうしたの……?」

「合同演習でユニヴァースの名を呼んだって本当?」

「誰が?」

「光希が呼んだと聞きましたけど?」

「……?」

「答えてください」

 一瞬、何のことか判らなかったが、昼間のことを思い出して、慌てて頷いた。

「うん、本当だよ」

「どうして、そんなことを?」

「つい、面白くて……いけなかった?」

「良くはありませね。大勢の前で、貴方が一兵士を応援すれば、贔屓しているように映ります。彼も余計な妬みを買って、集団生活に支障をきたすかもしれませんよ」

 そんなことをいわれては不安になる。眠気はどこかへ飛んでいった。

「そう思う? ユニヴァース、大丈夫かな」

「もうしないで」

「判った」

「……今度、私の執務室にもきてくれますか?」

「え……」

 つい嫌そうな声が口を突いてしまい、ジュリアスは不服そうに眉をひそめた。

「いいって、言ってください」

「三階から上は怖くて行けないよ。ジュリの個室ならいいけど……」

 上目遣いにいうと、ジュリアスはそっと光希を抱きしめた。体勢を調整して、光希も眼を瞑る。
 背に感じる穏やかな鼓動にいざなわれて、深い眠りへと落ちていった。
 二日後。
 金古美、銀古美のチャームを五件ずつ、合わせて十件の制作を、どうにか期日前に完了させた。
 その日の夕方、紙面でしか知らなかった依頼者達が工房を訪ねてきた。二十代から三十代の若い兵士ばかりた。光希が手渡すと、嬉しそうに表情を綻ばせた。

「ありがとうございます!」

「僕こそ、依頼していただいて、ありがとうございました」

 喜んでもらえてよかった。胸を撫で下ろす光希を見て、若い兵士は恐縮したように敬礼をした。

「お礼を申し上げるのは、私のほうです。これがあれば、どこにいても帰れる気がいたします。本当にありがとうございました」

 作ったものを喜んでもらえる。そのことに、光希は想像以上に満たされた。清涼な高揚感に身体中を包まれる。
 この喜びを、真っ先に伝えたい。
 いてもたってもいられず、五階にある立派な執務室を訪ねると、ジュリアスは笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃい、光希」

「ちょっと聞いてくれる? 今ね……」

 嬉しさの余り、ローゼンアージュの視線も忘れて、自らジュリアスに抱き着いた。溢れんばかりの喜びを伝えると、ジュリアスは我がことのように喜んでくれた。

「良かったですね、光希。私にも作っていただけますか?」

「もちろん!」

 光希は満面の笑みで応えた。