石柱の回廊を抜けて針葉樹の中庭へ出ると、泉に囲まれたペール・アプリコットカラーの美しい邸の一部が遠くに見えた。

「あれが私達の家ですよ」

 ジュリアスは前方を指して光希に笑みかけた。

「えっ、家? あれが!?」

「はい」

「はいって……家? だって、すごく大きいですよ?」

「そうですか? 二人で住むにはちょうどいいくらいですよ。光希の好きな浴場も中に二つ、中庭に一つ作らせました。気に入ってくれると良いのですが……」

 唖然とする光希を見て、ジュリアスにしては浮き足立ったようにはにかんでいる。
 完全に想像の範疇を越えている……中庭に風呂?
 茫然としながら歩いていると、やがて背の高い針葉樹の並木道を抜けた。視界が晴れて、ようやく邸の全貌が見えた。

「うわぁーっ」

 美しい景観に、思わず歓声を上げた。
 家だと紹介された邸の正門には、長方形の泉が真っ直ぐ続いており、陽を浴びて煌めく邸が映り込んでいる。

「すごく綺麗です」

「喜んでもらえて良かった」

 感激する光希を見て、ジュリアスも、先導する神殿仕えの二人も、嬉しそうにほほえんでいる。
 ここでも帯状の頭布を巻いた召使達が、左右に列をなして迎えてくれた。正面玄関の扉が左右に大きく開かれ、光希はそっと足を踏み入れた。

「今日からここが貴方の家です。やっと連れてくることができた……」

 ジュリアスは光希の背中に腕を回すと、噛みしめるように小さく呟いた。

「僕、本当にここに住みますか?」

「もちろん」

 正面玄関に立つと、優美な弧を描く左右の螺旋階段が視界に飛びこんできた。
 美しい装飾の階段を視線で追いかけながら顔をあげると、光の降り注ぐふきぬけの天井が視界いっぱいに広がった。色硝子が陽に透けて、柔らかな光を床に映している。
 言葉も忘れて見惚れる光希の背中を、ジュリアスは優しく押した。

「さあ、二階に上がりましょう。部屋に案内します」

 螺旋階段を上り、広い廊下を奥まで進むと、飴色の扉をルスタムが開いてくれた。
 室内は白を基調とした落ち着いた内装で、天井がとても高く、大きな一面の硝子窓が天井まで伸びていた。
 そよ風を感じて視線を彷徨わせると、テラスに続く硝子扉が開いていた。誘われるように外へ出ると、蒼天の空に、豊かな緑、輝くアール川の水面が視界に飛びこんできた。
 テラスには心地良い寝椅子に絨緞、鎖紐で吊るされたブランコが設置されていた。

『わーブランコだ』

 早速、座ってみた。大人三人が座れそうな横長のブランコには、毛織絨緞が敷かれており、とても座り心地が良い。

「ジュリ」

 後ろを振り向いて手招くと、ジュリアスは隣に腰を下ろして腕を回してきた。熱っぽく、こちらを見下ろす。急に甘い空気が流れて、戸惑っているうちに……唇が重なった。

「ん……」

 触れるだけのキスは、次第に深くなる。不安定なブランコの上で、落ちないようにジュリアスにしがみついた。

「ずっとこうしたかった……」

 甘い、掠れた声に背筋がぞくぞくする。身体を引こうとすると、逃がさないとばかりに、堅牢な腕の中に閉じ込められた。後頭部を丸く包みこまれて、水音の立つ深い口づけが再開される。

「ん……んぅ、ふっ」

 キスしながら、身体をゆっくりと倒された。ブランコが揺れて、光希は不安げに青い瞳を覗きこんだ。

「危ないよ……」

「もう少しだけ」

 そういいながら、ジュリアスは身をかがめて、熱い舌を光希の首筋に這わせた。

「うわ、駄目! 汗かいてる」

「平気だよ」

「んっ……ジュリってば」

 詰襟の留め金に指をかけられ、思わず不埒な手を両手で掴んだ。

「やだ、汗かいてる。お風呂入りたい」

 不服そうに光希が呟くと、ジュリアスは身体を起こして、天使のようなほほえみを浮かべた。

「いいですね。一緒に入りましょう」