アッサラーム夜想曲

2:シャイターンの花嫁 - 40 -


 期号アム・ダムール四五〇年。一三月五日。晴天。

 祝賀会から十日後。金色こんじきのアッサラームで、光希とジュリアスは華燭の典を挙げた。

 この日、シャイターンの御子、アッサラームの英雄ジュリアス・ムーン・シャイターンと、その花嫁ロザイン、光希はアルサーガ宮殿の大神殿にて、アデイルバッハ・ダガー・イスハーク皇帝、最高位神官シャトーウェルケであるサリヴァンの立ち合いの元、正式に婚姻を認められた。

 ジュリアスの礼装姿は本当に素晴らしかった。
 アッサラーム・ヘキサ・シャイターン軍の礼装に身を包み、サーベルを帯剣した姿は凛と美しく、日頃から傍で類稀たぐいまれな美貌を見ている光希ですら、思わず呼吸を止めたほどだ。
 丈の長い上着には、金モールの豪華な肩章がついており、襟や袖の縁取りブレード、ベルトも金色。胸には階級章のほかに、様々な勲章が幾つもつけられていた。首のタイだけが白く、あとは全身黒で統一されている。
 ちなみに、光希の衣装も全身黒で統一されていた。
 上着は胴を絞った上品なデザインの英国紳士のような縫製で、金釦きんぼたんが幾つもついている。白いタイをしめて、サファイアの飾りで留めていた。
 光希の感覚では、結婚式といえば純白。
 なぜ、黒? と不思議に思うところだが、アッサラームでは黒は吉色だ。
 明けの明星を象徴する、青い雷炎の戦神、シャイターンは夜を司る神でもある。静謐な夜を連想させる黒は、軍の象徴色でもあった。

「ジュリは本当に恰好いいよ……」

 感動のあまり半泣きで告げると、ジュリアスはそれはそれは神々しい笑顔を浮かべて、優しいキスをくれた。
 祝砲が上がり、飛竜隊による華麗な曲芸飛行が観衆を沸かせる。
 茫漠ぼうばくの空に、色布で愛の言葉が描かれ、天空から放られた花びらは、優雅に空を踊りながら、観衆たちの頭上へゆったりと舞い降りてゆく。
 その日の光景を、後にアースレイヤ皇太子は、国典よりも賑々しかった、と語ったという。

 目にも鮮やかな行進と、陽気な音楽がようやく途切れる頃。
 密やかな夜の静寂しじまに、二人は枕を並べて昔語りをしていた。過去をほじくり返すようだが、光希は改めてジュリアスに成人の頃の話をねだった。

「……私は特に神力が強く、成人と共に軍に配属されました。夜の習いが始まったのはその頃です。神力が昂る夜は精を放てば楽になるので、進んで公宮を渡った夜もあります。望まれるまま、いずれは公宮の娘を娶るのだろうと考えていました」

 光希がじっと耳を傾けていると、ジュリアスは遠慮がちに、言葉を続けた。

「相手を好いていたわけではありません。あの頃は訓練の度に限界まで神力を使い果たしては、虚ろな心で誰かを抱いていました。けれど、ある遠征で初めて花嫁の気配を肌に感じとり、私の中でおぼろだった自我は、花開くように明確になったのです。コーキのおかげですよ」

 花が綻ぶようにほほえむと、ジュリアスは手を伸ばして黒髪を手櫛で梳いた。感触を楽しむように、指に巻きつけたりと愛着を示す。光希はほほえむと、それで? と先を促した。

「花嫁を探し求めて、遠征の度に先陣を切って砂漠を駆けました。貴方はなかなか気配を読ませてくれなくて……いつも霞を手に掴むようでした。それでも、私には貴方こそがオアシスでした。蜃気楼の向こうに微かな気配を感じるだけで、心の渇きが癒されたのです」

「僕、時々、ジュリの夢を見るんだ……」

 ふと、青い空が胸をよぎった。蘇る記憶……鷹になって、悠々と空を翔けたことがある。見下ろす先には――

「心を飛ばして、会いにきてくれましたね。優しく声をかけられることもあれば、微かな気配しか感じられないことも……だから私は、どこにいても、何を見ていても、貴方の気配を探していました。夜空に、砂の向こうに、鏡のように映る泉に……残り香に誘われて、幾日もその場から動けないこともありました」

 一瞬、ジュリアスの瞳に狂おしい程の渇望が浮かぶ。光希が頬に手を伸ばすと、掌に押し当てるように頬を寄せた。

「……初めてこの手で触れた時は、焼かれぬこの身を雷に貫かれたかと思いました。それほどまでに衝撃的で、霊感の全てだと思えたのです。生まれて初めて、天の思し召しに心の底から感謝を捧げました」

 そこで言葉を切ると、ジュリアスは恭しく光希の髪にキスを落とした。

「幸せですよ。とても……コーキさえ傍にいてくれたら、他には何もいりません。貴方に永遠の愛を捧げます」

 瞳を見つめたまま真摯に告げられ、光希は絶句した。
 何という殺し文句だろう。でもそれは、光希の台詞だ。彼に寄り添う為に、アッサラームへきたのだから。

「一緒にいようよ。ずっと。僕はジュリに嘘をつかない。ジュリも僕に嘘をつかないで。喧嘩しても、仲直りして……休みの日には一緒に出かけよう。今度軍舎にもいってみたい」

 青い瞳に喜びの光が灯る。腕を伸ばして、そっと光希を抱き寄せた。

「あぁ……良かった。やっと……」

「……ジュリ?」

 彼にしては珍しく、話している途中で寝入った。無理もない。仕事と婚礼準備のかけ持ちで、疲れが溜まっていたのだろう。

「お休み、ジュリ」




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