次の日、光希は身支度の為に朝から拘束される羽目になった。

「祝賀会は夜からでは? あとで身支度すれば……」

「いいえ、殿下はシャイターンの花嫁ロザインなのですから、腕によりをかけて着飾らせていただきます。お肌のお手入れ、おぐしのお手入れ、やることはたくさんございますよ」

 ナフィーサは張り切って告げると、手を鳴らして召使を呼んだ。

「殿下のご入浴をお手伝いなさい。清めたら香油で全身を磨きあげるのです」

「かしこまりました」

 ぞろぞろと部屋に入ってくる召使達を見て、光希は焦ったように声を上げた。

「待って! 風呂なら一人で」

「いいえ、殿下。この者達は美容に精通しております。さぁさぁ、安心してご入浴なさいませ」

 笑みを湛えてナフィーサが告げると、さぁさぁ、こちらでございます殿下、と洪水に流されるが如く、召使達により光希は浴場へ連れ去られた。

「わぁ――ッ! 待って待って、服くらい脱げます!?」

 よってたかって服を脱がされ、あれよという間に木椅子に座らせられた。足を合わせて秘所を隠している間に、髪や背中を手際よく洗われていく。
 大事なところはどうにか死守したが、足の指の合間まで人に、それも女性に跪かれて洗われてしまい、光希は何度も声にならない悲鳴を上げた。

「はぁ……」

 薔薇やジャスミンの浮いた湯船につかる頃には、披露困憊していた。
 暖かな湯の中で重いため息をつく。その間にも、少し離れたところで召使達が花びらや果物を湯に投入している。
 風呂から上がると、今度は寝台に横になるようにいわれて、抵抗も虚しく全身を手入れされた。除毛液を塗られて、全身つるつるにさせられたのだ。

『やめてくれよ~もう……女じゃないんだからさぁー……』

 つるつるになった腕を見て、光希は情けなくも涙ぐんでしまった。砂漠にいた時ですら、ここまではされなかったのに。
 今日は徹底的に全身を磨かれている。陰毛まで綺麗に整えた揚句、除毛液で溶かされた。
 肌を再び湯で流したあと、檸檬水を飲みながら、花びらの浮いた湯に入れられる。
 髪に香油を塗り、爪を綺麗に磨いて、全身を磨いて……全てが終わる頃には昼を大分過ぎていた。
 朝から入浴を開始して、五時間以上にも及ぶ苦行であった。

「公宮の女は、皆こんなことしているの?」

 テラスで軽食を口にしながら、光希は疲れきった口調で問いかけた。

「当然です。美しくあることも、宮女の務めでございます。公宮に大浴場や蒸風呂が数多く用意されているのは、その為でございますよ」

「女って大変なんだね……」

「ですが殿下、大変お綺麗になられましたよ。何事も努力あってこそにございます」

 晴れやかな笑みを浮かべるナフィーサの言葉に、光希は無言で応えた。

「……いつもより量少ないね。僕もう少し食べたい」

「あまりお召しになると、お着替えが辛くなりますよ。夜には豪勢なお食事が用意されますから、我慢なさいませ」

 やれやれ……朝から数えて、通算何度目かのため息をついた。

「ところで殿下、先ほど西妃レイラン様からこのような招待状が届きました」

 受け取った封筒には、燕の意匠が描かれており、鈴蘭の紋章の封燭ふうろうが押されていた。
 封を開けると、レース状に縁抜きされた手紙が一枚、とても美しい書体で綴られている。先日、四阿の下で約束した、ピクニックの正式なお誘いだ。

「うん……出かける約束をしているんだ。返事したいな」

「良ければ代筆いたしましょうか? 西妃様からのお手紙も代筆でしょう」

「そう? じゃあお願いします。お誘いありがとうございます、楽しみにしています、って書いておいてください」

「かしこまりました」

 手紙をナフィーサに渡してテラスから戻ると、用意された衣装を見て噴き出しそうになった。

「何これ」

「特別にご用意しました、夜会衣装にございます」

 用意された衣装は、上下に分かれた腹の出る縫製で、踊り子の衣装のようだった。繊細な金糸のレースに硝子の珠玉をふんだんにあしらい、裾は金魚のようにひらひらしている。どこからどう見ても、女物だ。
 砂漠で着せられた衣装に比べれば露出は少ないが、凱旋の時に見た貴婦人達の恰好と比べると明らかに露出が高い。

「これ、男が着るの?」

 思わず、死んだ魚のような眼差しになった。

「宮女の礼装にございます」

 沈んだ空気に気づかず、ナフィーサは真顔で応えた。

「もっと普通の服はないの? ナフィーサや、ジュリみたいな服がいい」

 ジュリアスはいつも軍服か、落ち着いた貴公子然とした恰好をしている。ナフィーサは足まで隠れる神官の聖衣を羽織っており、どちらも肌の露出は殆どない。

「ですが、殿下は公宮の主にございますから……それに今日は初のお披露目にございます。服装に乱れがあってはなりません」

 困り顔のナフィーサを見て、光希は絶句した。これも十分、乱れた服装に見えるが、正しい礼装らしい。
 頭痛を堪えるように、光希はこめかみを揉みほぐした。

 かくして準備は整った。
 腹の出た衣装を着て、薄化粧を施し紅を引いた光希は、虚ろな眼差しで寝椅子に腰かけている。
 頭髪には、ジュリアスから贈られた、えもいわれぬ煌めきを放つ、青いダイヤモンドのティアラを飾り、耳にも腕にも揃いの宝石をつけている。爪や手の甲にも、金色の化粧を施されていた。
 黄昏、帰宅したジュリアスは、着飾った光希を見て眼を輝かせた。

「何て美しいのだろう……私の花嫁……困ったな、誰にも見せたくありません」

 褒められても嬉しくない。光希は複雑な心境で、気まずそうに視線を逸らすのであった。