「ごきげんよう、殿下、西妃レイラン様。お招きありがとうございます」

 可憐な美少女は、はにかんだようにほほえんだ。目の錯覚なのか、ブランシェットの周りだけきらきらと輝いて見える。

「ごきげんよう、ブランシェット。蒸風呂についてお話ししていたのよ。誰もいない早朝に、一人で入るのも気持ちが良いのよねぇ。ブランシェットも蒸風呂はお好きかしら?」

「はい……西妃様」

 少女は、か細い声で頬を染めて頷いた。無言で茶を啜りながら、光希は内心で身悶えていた。

「では、今度皆で一緒にいきませんこと?」

 とんでもない爆弾発言に、光希は飲んでいた茶を噴き出しかけた。隣を見れば、ブランシェットも真っ赤になって俯いている。

「僕はいきませんから、皆さんでどうぞ……」

「あら、それではつまらないわ。ブランシェットは、どんな所が好き?」

「私は……庭園や薔薇園、川べり、あとは図書室が……」

「ブランシェットらしいわ。本が好きですものねぇ」

 納得したように、リビライラは頬に手を当てて頷いた。

「では今度、籠を持ってアール川へいきましょうよ。煌めく水面を眺めながら、のんびり過ごすのですわ。気分が晴れますわよ」

 優美なアール川の情景を思い浮かべて、光希は心を和ませた。晴れた日に出かければ、さぞ気持ち良いだろう。

「楽しそうですね。それなら、僕もぜひ……」
「素敵ですわ。私も………」

 声が重なり、ブランシェットと顔を見合わせた。明るい気持ちがこみあげて、笑みが零れる。

「ふふ、約束ですわよ。あとで招待状を送らせていただきますわ」

 何を持っていこうか、いつにしようかと話は膨らみ、気づけば陽射しが大分傾いていた。
 人が増える前に退散しよう、と光希は席を立った。挨拶をして四阿を出ていこうとすると、

「あの……殿下、これを……」

 控え目に呼び止められて、飾り紐を手渡された。よく見れば、薔薇の押し花がされた上品な栞だ。
 かわいらしい贈り物に胸を暖かくしながら、光希はブランシェットに視線を戻した。少女は柔らかい青灰色の瞳を和ませて、蕩けてしまいそうな笑顔を浮かべた。

「薔薇園の花びらを使って、私が作りましたの」

「貰っていいのですか?」

「はい、ぜひ……」

「ありがとう……大切にします」

 噛みしめるように応えると、少女は頬を染めてはにかんだ。無垢な反応に、光希は胸をときめかせた。  ルスタムの物いいたげな視線を無視して四阿を出ると、馬車へ向かう途中で、シェリーティアが一人で近づいてきた。  緊張しながら待っていると、勝気そうな美少女は笑みを湛えて優雅に膝を折った。

「ごきげんよう、殿下。お会いできて光栄に存じます」

「こんにちは……シェリーティア姫」

「お呼び止めして、申し訳ありません。近く公宮をおいとまさせていただくことになり、ご挨拶に参りました。我等がシャイターンとの御婚礼を、心よりお喜び申し上げます」

「ありがとうございます……」

「失礼ながら、四阿では随分と仲睦なかむつまじいご様子でいらっしゃいましたが、二心はございませんわよね?」

 蒼氷色そうひいろの瞳がきらりと光る。光希が息を呑んで固まると、代わりにルスタムが窘めるように口を開いた。

「お控えください、シェリーティア姫。殿下の御前ですよ」

「不作法は承知の上にございます。公宮事情に明るくない殿下の御身を心配すればこそ、譴責けんせきは覚悟の上で申し上げております」

「シェリーティア姫」

 ルスタムの声が険を帯びる。前に出て遮ろうとするルスタムを、光希は片手で制した。シェリーティアは毅然と光希の瞳を見て、切り出した。

「西妃様は外見と違い、大変恐ろしい方です。ブランシェット姫も西妃様に逆らうことはできません。何も知らぬまま公宮を解散すれば、西妃様が最大勢力になります。不用意な接触には、お気をつけなさいませ」

 忠告の意図が判らず、光希は首を捻った。遠回しに、公宮を解散するなといいたいのだろうか?

「西妃様と会話をしては、いけないのですか?」

「……? リビライラ様はアースレイヤ皇太子の西妃様なのですよ?」

 不得要領に頷く光希を見て、今度はシェリーティアが訝しげに眉をひそめた。

「殿下は御存知ないのですか?」

「シェリーティア姫、このような場でお止めください。殿下には私からご説明させていただきます」

 会話を遮るように、厳しい眼差しでルスタムは前に進み出た。

「……出過ぎた真似をいたしました」

 気丈な少女は、ルスタムの譴責に怯みはしなかったが、態度を改め、深く頭を下げた。