「……そっか。ありがとう、答えてくれて」
「待って、完結しないで。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」
ジュリアスは立ち上がると、光希の肩を強く掴んだ。抜け殻のような身体が、軽く揺れる。
「今日はさ……祝賀会にどんな人がきていたの?」
すっかり落ち込んで落胆していたが、素直に感情を吐露する気になれず、代わりに別の話題を振ってみた。
「軍関係者や、皇族や貴顕達、公宮関係者から各国の賓客まで大勢きていましたよ」
「皆で集まって、どんなことをするの?」
「どんなことって……退屈な時間を過ごすだけですよ。食べて飲んで、踊って、世辞を聞いて……」
端正な顔に目を注ぎながら、心は遠くにあった。思い知らされる。ジュリアスのことを、何も知らないのだと。
今更ながら、出会ってから、まだ半年も経っていないのだと実感する。
花嫁と呼ばれて、この先もやっていけるだなんて、どうしてそんなに能天気に考えていられたのだろう。こんな状態で、本当に結婚なんてできるのだろうか?
「コーキ……?」
「あ、うん……楽しそうだね。僕もいってみていい?」
「そう楽しいものではありませんよ?」
「駄目なの?」
「構わないけど……一度顔を出すと、次を期待されて鬱陶しいので、七日後の最終日だけ参加してみますか? 最終日はジャファールやアルスラン達を含め、軍の人間も全員参加しますよ」
「ジュリがいく時は同行したい。今日みたいに遅い時間でも良いから……声をかけて。一人でいかないで」
「判りました。でも、無理はしないでくださいね」
「うん……」
「表情が晴れませんね……私のせいですか?」
その通りなのだが、何もいえずにいると、ジュリアスに抱きしめられた。
「ねぇ、祝賀会が明けたら結婚式っていっていたよね……日程を伸ばすことはできない?」
「どうして……?」
身体を離すと、ジュリアスは怖いくらいに真剣な眼差しで、光希の瞳を覗きこんだ。
いつもなら怯むところだが、この時は光希も冷静に見返した。
「結婚のこと、少し考えたい」
「なぜ?」
「この先、ジュリと暮らしていけるのか、自信がない」
「すみません、意味が判らない……どういう意味? コーキ一人くらい自信を持って養っていけるけど」
「そういうことじゃない」
「じゃどういうこと?」
「……」
「話してくれないと判りませんよ」
その台詞は、酷く癇に障った。
『うるせーな、お前の方こそいちいち説明が足りねーんだよ』
「コーキ、怒らないで。ちゃんと話して」
もうこれ以上話しても感情的になるだけだと思い、ジュリアスの手を振り払うと部屋を飛び出した。
「コーキ! 逃げるな!」
咎める声を背中に聞いた瞬間、目の奥から熱い涙が零れた。螺旋階段を駆け下りる途中、後ろからジュリアスが追いかけてきた。
絶対に捕まりたくなかった。泣き顔を見られるくらいなら、死んだ方がマシだと思えた。
全速力で走ったのに、結局、玄関に辿り着く前にあっさり捕まってしまった。
「コーキ!」
「嫌だ! 見るな! 離して! 離してぇっ!」
逃げ出そうともがいて、泣き喚いても、ジュリアスは離してくれない。少し離れたところからナフィーサやルスタム達が心配そうにこちらを見ている。
「見るな! いけ!」
ジュリアスの鋭い怒声を浴びて、使用人達は主に見えないよう姿を消した。ナフィーサ達の背中に、光希は夢中で叫んだ。
「待って、いかないでっ! 助けて!」
「いい加減にしろ! 私を……怒らせるな!」
刹那、耳を聾する雷鳴と共に、青い稲妻が光希の足元に落ちた。
ジュリアスの怒りが、神力を呼び起こしたのだ。彼から発せられる青い燐光が、空気中に砕け散った。
焦げつき、砕けた床石を見つめながら、光希の身体は漣のように震え出した。
「すみません……」
彼にしては、酷く悄然とした声で呟くと、光希の腕から力なく手を離した。光希は震える身体を、両腕で守るように抱きしめた。
お互いに、言葉が出てこなかった。
いつでも優しいジュリアスに、こんな風に怒りをぶつけられたことがショックで、光希は無言で足を踏み出すと、玄関の扉に震える手を伸ばした。
「――いかないで。お願いだから……今夜は一人で部屋を使って、私は客間で寝ます」
万軍を率いる英雄とは思えない、頼りない声だった。
魂が震える。滂沱の涙を流しながら、ジュリアスを想い、帰れない故郷を想い、どこにも逃げ場のない気持ちを持て余したまま、搾り出すように呟いた。
「僕が、客間で寝ます……」
踵を返してジュリアスを一瞥もせずに、ふらふらと客間の方へ歩いていくと、どこからかナフィーサが現れて、泣きそうな顔で手を引いてくれた。