伏せる飛竜の元へ近づいたジュリアスは、あぶみに足を掛けて、素晴らしい跳躍力で騎乗した。こちらを見ている気がして、光希が腕を振ると、彼も腕を上げて応えてくれた。
 砂を巻き上げて羽ばたいた竜は、瞬く間に小さくなっていく。やがて、空の彼方に消えた。

 不安に押しつぶされる前に、光希は泉の探索を開始することにした。
 小さなオアシスは、十分も歩けば一周できる。泉は、底が透けて見えるほどの澄明ちょうめいさだ。
 膝まで水に浸かり、泉を覗きこんでみた。光希が硝子瓶を覗きこんでいた時、ジュリアスはこうして泉を覗きこんでいたのだろうか?
 理屈は不明だが、“あちら”と“こちら”は、水を介して次元が繋がったのかもしれない。
 引きこまれたのは、どうしてジュリアスではなく光希だったのだろう……
 とにかく、この泉に何かある可能性は高い。泉の底を調べてみる価値はあるだろう。
 陽が昇ると、急激に温度が上がってきた。
 緑に守られているオアシスは木陰も水もあり快適だが、一歩外へ出れば数分もしないうちに倒れてしまいそうな熱砂だ。
 水温も上がってきたし、そろそろ頃合いだろう。
 火の準備をしておきたいが、置いていってくれた荷の中に、マッチやライターの類は見つからなかった。彼は、どうやって火を熾したのだろう?
 検討もつかない。
 早々に火を諦めると、底を探れる長い棒を探すことにした。
 荷袋に入っていたナイフで、手頃な枝を断ち切った。先端は大分細いが、二メートルはありそうだ。
 泉には、危険な生き物もいるかもしれない。万が一に備えて、刃物を持って潜った方が良いだろうか。
 小型ナイフにはしっかりした鞘がついている。これならどうにか持っていけるかもしれない。荷物を漁り、皮袋を結ぶ紐に目が留まった。紐を裸の腰に巻いて、余った部分を鞘の袋とじになっている蓋部分に通して結んだ。

「よし」

 念入りに身体を解すと、素っ裸で軽くオアシスの外周を走った。息切れが治まるのを待って、いよいよ潜水開始だ。
 浅瀬から入り、腰まで水に浸かると、持ってきた枝で水底を探る。
 先端が細すぎるせいか、手に伝わる感触がいまいち心もとない。仕方なくある程度太さがあるところまで枝を折ったら、大分短くなってしまった。
 心配していた水の冷たさは、陽が照っているおかげか、さほど感じない。肺いっぱいに酸素を吸いこむと、一気に潜った。
 けれど、潜るまでもなく、透度の非常に高い泉は、そこそこ深さのある水底も何なく透けて見えた。
 美しい魚の群れが、すいすいと泳いでいく。水底には水晶のような透明の珊瑚礁が煌めいている。
 垂直にぐんぐんと潜ると、手にした枝で水底を探った。神秘的ではあるが、ごく普通の泉だ。異次元に繋がっているようには見えない……

「ぷはぁっ、はぁ、は……」

 水面から顔を出しては、息を吸って何度も潜った。
 もしかしたら、あの不思議な硝子瓶が落ちているかもしれない、そう思い至ってからは、いっそう注意深く水底を探った。
 小さな泉とはいえ、くまなく水底を探るには相当時間がかかる。一時間も経たないうちに、光希は疲れきってしまった。
 水から上がると、厚手の布にくるまった。心配していた割には、身体は冷えていない。尖った珊瑚に足を擦ってしまったが、大したことはない。無事に潜ることができて良かった。
 とはいえ、肝心の帰る方法はちっとも判らない。今のところ、目の前のオアシスは綺麗な普通の泉だ。

「はぁ……判んねー」

 思わず弱音が口をついた。背中を軽く押されて振り向くと、黒い一角獣と目が合った。なんだか、心配されている気がする。

「ありがと……」

 賢い獣に恐る恐る手を伸ばすと、天鵞絨びろうどのような手触りに、束の間心を奪われた。
 たてがみや首を撫でてても、彼は気ままに長い尾を揺らしてじっとしている。

「そういえば、お腹すいた? 何かあるかな……」

 今朝、ジュリアスは何を与えていただろう。
 これかな、と見覚えのある皮袋を開くと、干肉と穀物を細かく刻んで擦り合わせたような食料が入っていた。ビーフジャーキーを連想する匂いが漂い、口に入れてみると、割と美味しかった。
 固くて苦い藁のようなものも交じっており、ぺっと吐き出すと、傍にいた一角獣がぱくっと食べてしまった。

「ごめん、こっち食べて」

 乾いた葉っぱの上に一掴みの食料を落とすと、一角獣は顔を寄せて食べ始めた。その様子を見ながら、光希も食べれそうな肉の欠片を口へ運んだ。味は悪くはないが、物足りない。腹にたまらない。
 米を食べたいと切実に思う。照り焼きバーガー、フライドポテト、カフェオレ……
 家族は心配しているだろうか。
 今頃、皆で食卓を囲んで、おせち料理をつついているはずだったのに。お年玉で欲しいソフトを買うつもりだったのに……