アッサラーム夜想曲

1:あなたは私の運命 - 35 -


 光希が目を醒ますと、いつものように後ろからジュリアスに抱きしめられていた。
 窓のない天幕は陽が射さないので、明りを灯さないと朝でも暗いのだが、体内時計で何となく判る。恐らくもう、陽は昇り始めていることだろう。間もなくジュリアスも目を醒ますはずだ。
 ごろんと反対側に寝転がり、ジュリアスの方を向いた。暗闇の中でも、ジュリアスの豪奢な金髪はきらきら輝いている。
 前髪に少し寝癖がついている様子がかわいらしい。
 相変わらずジュリアスの眠りは静かだ。
 触れ合う肌が温かくなければ、死んでいるのかと勘違いしそうなくらい静かだ。
 うっすら唇を開けて眠る姿は無防備で、いつもよりあどけなく見える。
 そっと手を伸ばして、人差し指で唇をふにふに押していると、ジュリアスはゆっくり目を開けた。宝石のような青い瞳に光希を映して、眩いほほえみを零す。

「コーキ……お早うございます」

「お早うございます、ジュリ」

 ジュリアスは手を伸ばして光希を胸に引き寄せると、腰に腕を絡めてしっかりと抱きしめた。手触りを楽しむように、光希の髪を何度も撫でる。
「起きます」

「シィー……」

 耳朶にささやかれて、頬が熱くなった。手足から力が抜けていく。弛緩する身体を、ジュリアスはぎゅっと抱きしめた。

「ジュリ……」

 ジュリアスは伏せていた目を開くと、弱り顔の光希を見つめて、眼を細めた。静謐な青い瞳の奥に熱が灯る。
 背中に回された腕が、するりと尻を撫でて、太ももに添えられた。そのままぐいっと太ももを持ち上げられて、互いの股間が密着する。熱い、固い猛りが下肢に当たった。

「僕、午後は勉強。サリヴァン……」

 光希が嫌がると、ジュリアスはつまらなそうな顔をしたものの、大人しく太ももから手を離した。
 つい最近、朝から熱烈に求められて熱を出したばかりなので、ジュリアスも思うところがあったのだろう。
 ジュリアスは光希の額にキスを落とすと、すぱっと起き上がり身支度を始めた。
 光希も寝間着を脱いで、あつらえられた軍服に着替えた。

「ジュリ、僕、勉強します。サリヴァンに会う、しますか?」

 光希が声をかけると、ジュリアスはサーベルを手に取りながら振り向いた。

「ええ、****あります。会えますよ。昼食の後、ジャファールに案内****、天幕で待っていてください」

「ありがとう!」

 光希が満面の笑みを向けると、ジュリアスは一瞬動きを止めた。かと思えば、傍にやってきて、ぎゅっと光希を抱きしめた。

「コーキ、かわいい……」

 最近判るようになってきたのだが、ジュリアスは光希に対して、頻繁に“かわいい”と口にする。
 愛玩的な褒め言葉だろうと、以前から検討はついていたのだが、男に使う言葉ではないはずだと思いこんでいた。
 かわいい、といわれて身長や体格差に劣等感を刺激されるが、嬉しい気持ちの方が大きい。光希もぎゅっとしがみつくと、ジュリアスはいっそう強く抱きしめてくれた。

 昼過ぎに、光希は再びサリヴァンの待つ天幕を訪ねた。

「こんにちは、シャイターン****ロザイン***。*******? 昨夜はよく眠れましたか?」

 長身の老紳士は、穏やかな眼差しで光希を迎えてくれた。

「ありがとうございます、サリヴァン」

「さあ、こちらへ」

 サリヴァンは昨日と同じように、クッションの置かれた絨緞を光希に勧めた。
 光希が腰を下ろすと、サリヴァンは飴色の本立てを置いて、分厚い資料を広げた。

「***シャイターン****、ロザイン*****教えます」

「はい」

 光希は気を引き締めて背を伸ばした。サリヴァンは宜しい、というように頷くと、栞の挟まれたぺージを開いた。
 細かい文字がびっしりとつづられており、美しい挿絵が描かれている。文字は読めないので、自然と挿絵に目が吸い寄せられた。
 挿絵は信仰や宗教を連想させる、美しい彩色で描かれている。
 威厳のある男性が、赤子の両脇を手で支えて、天高く掲げている。彼の周囲を大勢の人が取り囲み、恭しく跪いている。生誕祝福を授けるように、有翼の天使、麗しい男女の神々が天から舞い降りてきた……という構図だ。

「****額に**を持つ子供は、**の**を****持っています。シャイターンの額には青い********?」

「ジュリアスの額……?」

 光希は挿絵を凝視した。赤子の眉間には、ジュリアスと同じように煌めく青い石がついていた。




1:あなたは私の運命 - 35 -


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