「僕、外にいきます。砂漠、天幕、空……見ます。勉強します」

「コーキ、********、******危険です。****ない」

 ジュリアスは諭すように光希の肩に手を置いた。光希はその手に自分の手を重ねると、真っ直ぐにジュリアスを見つめた。

「危険……『だとしても』、僕は外にいきます」

「駄目、****ない。天幕の外は***危険**です。*****もう少しだけ待って。*****」

「明日? 明後日?」

「*******……」

「明日? 明後日?」

「コーキ……」

「明日? 明後日?」

「……判りました。外へ出ることは****ない**、ここ*勉強する*****しましょう」

 小さなため息をついて、ジュリアスは根負けしたように苦笑を漏らした。勉強と聞いて、光希は瞳を輝かせた。

「勉強? 明日?」

「****」

 ジュリアスは指を三本立ててほほえんだ。

「……明日、明日、明日?」

 明日という度に指を折って数えると、ジュリアスは肯定するようにほほえんだ。
 光希も満面の笑みで頷いた。欲をいえば、自由に天幕の外を歩きたいが、ここが戦場であることは理解している。勉強を見てもらえるだけでも万々歳だ。
 交渉成立に達成感も得られた。言葉で苦労する分、時には多少強引でも、伝える努力が必要なのだ。

 三日後。
 昼食を終えた光希の元を、ジュリアスは訪れた。昼間に訪れるのは初めてのことだ。
 これから勉強を見てくれるのかと思いきや、頭に紗をかけさせられ、外へ連れ出された。
 天幕から歩いてすぐの、丸い天幕を訪れると、気品のある五十前後の紳士が迎えてくれた。

「こんにちは、******ました。シャイターン、***ロザイン」

 知的で優しそうな紳士は、胸に手を当てて優雅に一礼した。
 彼も長身で、ここでは一般的な灰銀髪に、淡い青灰色の瞳をしている。
 額には青い涙滴るいてき形の石が輝いていた。ジュリアス以外で、額に石を持つ人物を見るのは初めてだ。

「コーキ、****サリヴァン・アリム・シャイターン。*************です。サリヴァン、****私の******、コーキです」

 ジュリアスから人を紹介されるのは初めてのことで、光希は興味津々でサリヴァンを見つめた。名前に“シャイターン”が入っているということは、彼はジュリアスの血縁者なのかもしれない。
 壁一面の本棚に囲まれた室内といい、学者然とした佇まいといい、もしかして彼が光希の勉強を見てくれるのだろうか?

「*****ロザイン、私はサリヴァン・アリム・シャイターン*****ます」

「こんにちは。僕は光希です。貴方が勉強を?」

「はい、ムーン・シャイターン****ロザイン***、言葉を*****ます」

「ありがとうございます!」

 光希は勢いよく頭を下げると、ジュリアスを仰いで嬉しそうに笑った。

「ありがとう」

 ジュリアスは優しい手つきで、光希の黒髪を撫でた。あまり時間がないらしく、光希の額に唇を落とすと、サリヴァンに会釈をして天幕を出ていった。ジャファールは室内に残り、扉前の警備をしている。

「****ロザイン、*****」

 サリヴァンは絨緞の上に腰を下ろすと、光希を見つめて隣をぽんぽんと叩いた。誘われるまま近寄り、隣に胡坐を掻いて座る。
 彼は、光希の前に大きな本立てを置いて、黄ばみの大きな羊皮紙を広げた。

(地図だ……)

 判っていたことだが、光希の知っている世界地図とはまるで違う。
 東西に大きな二つの大陸があり、それぞれの中腹あたりから、細長い陸が続いている。架け橋のような細長い陸の周囲には、無数の島々が点在している。見たこともない地形だ。
 無言で地図を凝視していると、サリヴァンは掌と同じくらいの大きさの羅針盤を取り出して、地図の上に置いた。縁に彫られた、北と思わしき記号を指でトントンと指し、地図上の同じ記号を差す。

「***は北、***は南……」

 サリヴァンは言葉を切って、じっと光希を見つめた。

「東、西。これは大陸、*****は海。海の***に二つの大陸があり、東の大陸をバルヘブ東大陸、西の大陸をバルヘブ西大陸と**ます」

「はい!」

 光希は夢中で頷いた。

「****。ここはバルヘブ西大陸の***、スクワド砂漠です」

 サリヴァンは地図の上、バルヘブ西大陸の最東端を差した。光希は初めて、自分が地図上のどこにいるのかを理解した。