ジュリアスは光希が疲れ果てて気を失うまで、身体を離そうとしなかった。光希が泣いて怯えたので、後ろへの挿入は許してもらえたが、青い瞳に飽くことなく痴態を眺められた。
 大きな掌が舐めるように素肌を滑り、幾度も官能を引きずり出された。声が枯れるほど喘いで、泣いて――

『うぅ……死にたい……』

 光希は、死にそうな、消え入りそうな声で呟いた。隣にジュリアスはいない。目が醒めた時には既にいなかった。
 陽はとうに昇っているはずなのに、まだ誰も天幕を訪れない。食欲もないし、動きたくないが、そのうち給仕の召使がやってくるかもしれない。
 乱れた寝台を見られるのは嫌なので、のろのろと力の入らない腕で身体を起こした。
 ふと磨かれた爪が視界に映り、ジュリアスの舌で愛撫されたことを思い出した。一瞬で顔に血が上った。

(ひぃ――ッ! 忘れたいッ!!)

 今なら羞恥で死ねる。枕に顔を突っ伏して悲鳴をどうにか堪えた。
 今夜もジュリアスはやってくるのだろうか? どんな顔をすればいいのだろう……そればかり考えて過ごした。
 夜になると、年嵩としかさの召使達が夕食を運んできた。朝も昼も食べていないのに、殆ど残してしまった。
 女達はあれこれと気遣い、世話を焼いてくれるが、光希は心ここに在らずだった。ジュリアスに会ったらどうしよう、何ていおう、そればかり考えていた。
 今夜は湯浴みを一人でさせてくれた。用意された普通の寝間着を見て、心底ほっとした。
 召使が退室すると、いよいよジュリアスがくるかもしれないと身構えていたが、一晩経ってもジュリアスは戻らなかった。
 会うことを恐れていたのに、顔を見れないとなると今度は心配になる。
 ここは戦場だ。ジュリアスは無事だろうか。ここへ戻らず、昨夜はどこで眠ったのだろう。何事も起きていなければいいけれど……

 召使が朝食を届けに天幕を訪れると、光希は扉の外にジャファールの姿を見つけて駆け寄った。

「ジャファール! お早う」

「ロザイン***シャイターン。お早うございます」

「お早う、ございます。あの、ジュリは?」

「シャイターンは****で******」

 光希は食い入るようにジャファールを見つめた。言葉は判らないけれど、灰紫色の瞳は凪いでいて、口調も穏やかだ。
 心配するような、不穏な事態は起きていなさそうである。
 緊張を解いて肩の力を抜くと、今度はジャファールが思慮深い眼差しで光希を見つめた。

「何?」

「いえ……すみません。******」

 光希は訝しげにジャファールを見上げたが、彼は答えることなく、背を向けて警備の姿勢に戻った。
 暇な午後を持て余し、何度か扉を開けてみた。直立不動のジャファールの背中が見えるばかりだ。ここが危険な場所だと判ってはいるが、天幕に軟禁されるのも我慢の限界だ。
 翌朝、光希は決意を秘めて扉を開けた。振り向いたアルスランと目が合う。

「アルスラン、お早うございます。ジュリは?」

「ロザイン***シャイターン。お早うございます。シャイターンは******――」

『会いたいんだ』

 言葉を遮って、日本語で話しかけた。素早く周囲の様子をうかがうと、アルスランの他に人影は見当たらなかった。彼さえければ、逃げられるかもしれない。

「ロザイン******」

「すみません!」

 光希は謝罪と共にアルスランの横を駆け抜けようとしたが、あっさり片腕で止められてしまった。

「離して!」

 手足を振り回して滅茶苦茶に暴れると、偶然アルスランの顔に一発入った。

「****ロザイン、********……」

 アルスランは低い声で呟いた。恐る恐る見上げると、蒼氷色そうひいろの瞳に苛立ちが浮かんでいる。冬の湖氷のような視線が突き刺さり、光希の奮起は消え失せた。

「すみません……」

「********」

 厭わしげな手つきで、アルスランは光希の襟を掴むと、猫の子にするように部屋へ投げ捨てた。
 尻餅をつく光希の後ろで、非情にも扉は閉められた。背中を振り返り、光希はムッとして扉を睨みつけた。
 一体誰の指示で、天幕に軟禁されているのだろう? やはりジュリアスなのだろうか?