食事は素晴らしく美味しかったが、美女達に給仕されて、気疲れしてしまった。
 彼女達は、ゴブレットが空になれば注ぎ足してくれたり、手を伸ばす器を手前に寄せてくれたり、箸休めに果物をすすめてくれたり……実に細やかな気配りをしてくれるのだが、人にかしずかれながら食事をするのは落ち着かないものだ。
 それに胸の谷間や太ももをつい見てしまい、視線を逸らす度にジュリアスと目が合って、非常に気まずかった。
 落ち着きのない光希の様子に、ジュリアスは食事の間ずっと不機嫌そうにしていた。
 そのせいか、彼は食後の紅茶が運ばれてくると、追い出すように彼女達を天幕から下がらせてしまった。二人きりの方が光希も落ち着くので、文句はない。
 食後のお茶を静かに楽しんでいると、控えめに扉を叩く音が聴こえた。扉を注視していると、まだ湿っている髪を撫でられた。

「コーキ、私は******にいってきます。ここ******ください。***眠って***」

 出かけるなら見送ろうと思い、光希も腰を上げようとしたが、両の肩を押されてその場に座らせられた。

「コーキはここにいてください」

「はい……」

 ジュリアスは扉を開ける前に後ろを振り返り、光希が大人しく座っていることを確認すると、一つ頷いてから外へ出た。
 光希はしばらくぼんやりしていたが、あることを思い出して、立ち上がるなり寝台の傍へ寄った。

『何で花びらが散ってるんだよ!』

 これでもかと散らされた、薔薇のように赤い花びらをかき集め、身体を拭いた布にくるんで籠の中に入れた。隠蔽完了。花びらを始末した。
 手持ち無沙汰で絨緞に腰を下ろすと、自然とジュリアスのことを考えた。
 脳裏に、物騒な光景が蘇る。
 火柱と煙幕に覆われた砂漠、倒れたまま動かない人影、天幕に運ばれていく負傷兵……
 見渡す限り、天幕の海が続いていた。こちらに、あれだけの兵士がいるということは、争う相手も同じくらいの人数がいるのだろうか?
 数万人の人間が殺し合う光景を想像したら、何だか気持ち悪くなった。
 平和な日本とは違う。弓や剣で人が争う世界なのだ。争って、人が本当に死ぬ世界……
 そういえば、ジュリアスに射られた黒づくめの男はどうなったのだろう。最後に男の悲鳴を聞いた気がしたけれど……殺されたのだろうか……

(これが、ジュリの日常なのかな……)

 オアシスでは全然判らなかった。ジュリアス以外には、誰もやってこなかったから。朝になるとオアシスを出ていったのは、彼も戦場に立つためだったのだろうか。
 判らないことが多すぎる――
 一人で考え込むうちに鬱々としてきて、外の空気を吸いたくなった。外へ出たら怒られるだろうか?
 扉に耳を当ててみたが、外の様子は何も判らなかった。鍵はついていないので、簡単に開きそうだ。
 恐る恐る扉を開けて外の様子をうかがうと、すぐ傍に直立する兵士の背中が見えた。驚いて息を呑むと、兵士はこちらを振り向いた。

「あっ」

 振り向いた男の顔に見覚えがあった。確か、ジャファールと呼ばれていた。

「ロザイン***シャイターン。******?」

「小便をしたいです」

 咄嗟に外へ出る口実を口にしたが、変な顔をされた。通じていないのだろうか。それとも出たらまずい?

「僕、小便をしたいです」

 繰り返すと、ジャファールは思案げに灰紫色の瞳で光希を見つめた。緊張しながら見上げていると、彼は小さな石粒を光希に手渡した。

「何……?」

「****、*******……」

 光希は掌の小石を穴が開くほど見つめた。どこかで見た気がする……

『あ! これ』

 そういえば、オアシスでこれとよく似たものをジュリアスに渡されたことがある。
 光希がその辺の茂みで用を足そうとしたら、わざわざ追いかけてきて、これを渡したのだ。
 あの時は意味が判らなかったけれど、もしかしたら用を足す際に使う道具なのだろうか?
 めつすがめつ眺めていると、親切なジャファールは実際に使って用途を教えてくれた。
 信じられないが――
 小石を尿道に詰めて排泄すると、尿は零れることなく消えてなくなった。
 ジャファールは小粒の小石と、もう少し大きい石を幾つか渡してくれた。大きい石は聞かずとも用途を理解した……