望郷を察したように、ジュリアスは光希の背後から腕を回して抱きしめた。照れくさいけれど、優しい腕と温もりに慰められる。

「もう、平気だから……」

 身じろぐと、シィー、と耳元で囁かれた。頬がカッと熱くなり、音速で耳を押さえると、ジュリアスは優しい旋律を口ずさみ始めた。
 酒も回り、温もりに眠気を誘われる。
うとうとしていると、ジュリアスは光希の髪を撫でたり、耳の輪郭に触れ始めた。焦って身体を離そうとすると、やんわり腕を回して阻む。本気を出せば、逃げられるくらいの拘束だ。迷っているうちに、うなじに吸いつかれた。

「んっ……」

 鼻にかかった自分の声に驚いて、光希は慌てて逃げ出した。ずさっと尻もちをついて後じさる。
 何が起きたのか判らない。冗談かと思ったけれど、ジュリアスは誤魔化すような素振りは一切しなかった。青い双眸で真っ直ぐ光希を見つめている。
 どうしてこんなことをするのだろう。昨日会ったばかりの、名前も知らなかった相手に……

「コーキ、************」

 動けずにいると、ジュリアスはテントを指して手招いた。
 やはり同じテントで寝るのか。光希に文句をいう資格はないが、うなじの感触はなかなか消えてくれそうにない。

「どうぞ、先に寝て。俺はもう少し、ここにいるから……」

「****」

 動こうとしない光希をしばらく見つめてから、ジュリアスは判ったというように頷いた。解いた荷物を片づけると、上着と靴を脱いで中に入いっていく。
 背中を向けていても、気配が気になって仕方がない。
 彼の行動も理解不能だが、光希の動揺ぶりも同じくらい理解不能だ。彼の仕草に、ときめいている自分が信じられない。
 いくら恰好良くて頼りになるからといって、彼は、男なのに!
 考えても、思考は迷走するばかり。いや、答を見つけることが怖い気もする……
 埒もない思いを中断し――
 光希は焚火を消すと、上着と靴を脱いで恐る恐る中に入った。
 ジュリアスは背中を向けて眠っていた。大きなテントだと思ったけれど、長身のジュリアスには少し窮屈そうだ。長い脚を軽く折り曲げている。枕元にはサーベルと短剣が置いてある。

(物騒だな……)

 息をしているのかと疑うくらい、微動だにせず静かに眠っている。そっと顔を覗きこむと、寝顔が綺麗すぎて、またしても鼓動が撥ねた。

「お休み、ジュリ」

 見惚れたことを誤魔化すように、光希は小さく呟いた。

 明け方。
 温もりに目を醒ますと、ジュリアスのしなやかな腕に抱きしめられていた。理解すると共に、一気に覚醒した。
 少しでも動いたら起こしてしまいそうで、呼吸も止めて、全身で背後の気配を探る。
 背中越しに、規則正しい鼓動が伝わってくる……大丈夫、まだ眠っているらしい。
 焦燥が落ち着くと、どうしてこんな体勢になったのか、経緯が気になり出した。
 誰か、他の女の子とでも勘違いしているのだろうか?
 もしそうなら、目を醒ました時に彼も気まずい思いをするだろう。先に目が醒めて良かった。
 そっと腕から抜け出すと、光希は音を立てないように軍服に着替えて、静かにテントの外へ出た。
 まだ空は白み始めたばかりで、うっすらと靄がかかっている。空気もしんと冷えて肌寒い。
 一角獣は椰子やしの木の傍で蹲って休んでいた。キュイと鳴いて顔を上げたので、傍によって顔を撫でてやる。

(ジュリは、またどこかへいくのかな……)

 彼がここを発つ前に、火の点け方と、あの不思議な硝子瓶について訊いておきたい。
 ジュリアスがテントから出てくるのを待って、声をかけた。光希の頭を撫でるなり、朝食の準備を始めようとするジュリアスの後ろをついて回る。彼の一挙一動を、光希は食い入るように見つめた。
 使う食材、香草の入った袋、切り方、しまい方。目で見て学べることは多い。
 しかし、火の点け方だけは意味不明だった。枯れ木を寄せたかと思えば、次の瞬間には勝手に火が点いたのだ。思わずジュリアスの腕を掴んだ。

「どうやったの?」

「*****」

 ジュリアスは光希をじっと見つめると、意図を汲んだように掌を広げて見せた。ボッ……と青い炎が揺らめく。

「うっそぉ!」

 恐る恐る炎に手を近づけてみると、温もりが伝わってくる。目の錯覚ではない。

「魔法……?」

 実感の湧かない単語だが、そうとしか思えない。

「俺には無理?」

 光希は掌を広げると、ジュリアスを仰いで首を傾けた。否定するように、首を左右に振られた。

「やっぱ、無理か……」

 理屈は不明だが、彼にしか使えない超常の力なのかもしれない。