アッサラーム夜想曲

『響き渡る、鉄の調和』





 ― 『響き渡る、鉄の調和・一』 ―




 茜射す工房。
 作業台を囲んで、複数人の技術者達が、黒いくろがねの腕を調律していた。
 中心にいるのは、光希とアルシャッドだ。
 彼等が造っているのは、人の上腕を模した鉄の義手である。鉄の装甲と骨組、一角獣の骨と鉄の粉末を調合して伸した人口筋肉、複雑な動きを制御する為の神経には、竜のたてがみを用いている。
 この二年。思考錯誤を続けながら、光希を中心に、クロガネ隊は総力を上げて取り組んだ。
 その結果、義手造りは目覚ましい成果を遂げた。
 繊細な動きはまだ難しいが、電子回路もないのに無機質な腕に神の加護――命を宿したのである。人の意志を伝播し、自在に動く。
 外見の補完や身体の平衡バランス調整は然り、日常生活の支援補佐であれば、十分な練度に達していた。
 既に実用に向けた試験段階に入っており、二ヵ月前からアルスランに装着を依頼している。
 しかし、関節に不具合をきたす点と、装着から七日前後で意志の伝播が滞る大きな課題を抱えていた。日々の調律が必要不可欠で、その頻度はかなり短い。調律できる技術者が傍にいない場合、義手は使い物にならなかった。

「あぁ、やはり関節神経が擦り切れていますね」

 丸眼鏡の奥で、アルシャッドは眼を眇めた。光希も顔を寄せて覗きこむと、細部まで分解された様子を見てとり、感嘆に眼を見開いた。

「本当だ。よく見つけましたね! さすがだなぁ……」

 義手の原案は光希だが、そこから改良に改良を重ねて、精巧な骨組みと神経線の調和を生み出したのは、アルシャッドだ。張り巡らせた神経線は、もはや神の領域といえる。
いえるだろう。
「いえいえ……アルスラン殿も大分、義手に慣れてきたご様子。指の関節神経に影響を及ぼしているということは、彼が指の動きを駆使できている証拠です」

「神経の耐久性が、増々課題になってきますね……」

 ふぅ、と光希は息をついた。アルスランの意志の伝播は上達しても、肝心の器が応えられないのだ。義手の痛みやすさは、最重要課題であった。

「日常の補佐としてなら、十分活用できる精度に達しておりますよ」

「うーん……」

 光希は天井を仰いで小さく唸った。
 当初は血の通わぬ義手に、ここまでの精度を求めてはいなかった。想像以上の成果を上げたといえるだろう。
 だが、鉄の研究を続けるうちに、更なる可能性が見えてきたのだ。諦めるには惜しい。
 本人は口にして望まないが、アルスランを飛竜隊に完全復帰させてやれるかもしれないのだ。

「実戦に耐えうる複雑な動きを実現するには、限界があるでしょう」

 胸中を読んだように、アルシャッドはいった。

「関節負荷を改善できればなぁ……もっと丈夫な神経線の代わりがあればいいんだけど」

「竜の髭は鉄と相性がいい。伝播にも欠かせませんよ。問題は、関節側にあるように思えます」

「関節側に?」

「はい。今のままでは、関節が強すぎて、集約される神経、筋肉が負けてしまうのです。硬質はそのままに、柔軟性に富む鉄に変わる素材があれば、耐久性は良くなるかもしれませんねぇ……」

 疑問を投じられ、作業台を囲む全員が、各々考え込むように唸った。耐久性の課題は、全員の頭を悩ませていた。

 調律を終えた、数日後。
 戸口に現れたアルスランを振り返り、光希は破顔した。

「アルスラン! お帰りなさい」

「ただいま戻りました」

 三十日あまり、彼は任務でアッサラームを離れていた。
 東の大国、サルビアの出兵を知った上層部が、百あまりの小隊を偵察に向かわせたのだ。総指揮をジャファール、副官をアルスランが務めた。
 隻腕の将軍を見て、工房は俄かに騒がしくなる。様子に気付いてサイードも姿を見せた。

「おぅ、久しぶりだな。どうだった?」

「ああ、問題ない。東も偵察が目的で、一合もせずに引き返していった。進軍は先ずないだろう」

 集まっていた面々は、吉報を聞いて表情を緩めた。アルシャッドも安堵したような顔で、ご無事で良かった、とアルスランに声をかけた。

「さぁ、こちらへ。調律は済んでいますよ」

「助かる」

「先ずは診察しましょう。肩を見せてください」

 アルシャッドがいうと、アルスランは即時に応じた。少し離れたところで、光希もその様子を見守る。
 幸いにして切断面は綺麗な平面だが、盛り上がった皮膚は柔く弱い。最初は、義手を装着する度に皮膚を傷つけてしまっていた。
 間もなく装着を終えたアルスランは、確かめるように指先を動かし、満足そうに頷いた。

「いつも悪いな。これがあると助かる」

「感謝しろよ」

 サイードがからかうと、アルスランも笑みを零しながら頭を下げた。光希も笑いながら、その様子を眺めた。
 しかし、任務に先立ち彼は義手を置いていった。そのことを、光希は密かに残念に思っていた。




『響き渡る、鉄の調和』


prev index next