アッサラーム夜想曲

『神の系譜』 - 光希 -





 ― 『神の系譜・十』 ― 光希




 天上から垂らした紗の中に、光希に扮したナフィーサは寛いでいる。
 室内には揺り香炉が薫り、灯された淡い照明は、ナフィーサの陰翳を神秘的に映していた。

「殿下、僕の隣へ。端で跪いて」

「はい」

 言われるがままローゼンアージュに倣い、光希はぎこちなく跪いた。隊帽と覆面で、眼しか出していない状態だ。俯いてしまえば、先ず光希とは気付かれない。
 中の様子をうかがうアルスランは、ナフィーサの「良い」という返事に、恭しく胸に手を当てた。

花嫁ロザインが、話を聞きたいとおっしゃっている。二人、こちらへ」

 入出を許可すると、すぐにヘガセイアとアークと名乗る二人の男が連れてこられた。
 そっと目線を上げて様子をうかがうと、覆面を取った顔は意外にも若々しく、まだ二十代に見えた。

「私に、どんなご用件でしょうか?」

 紗の奥からナフィーサが声をかけると、ヘガセイアは恐縮しきったように、ぬかづいた。

「御目通り叶い、恐悦至極。お休みのところ、誠に申し訳ありません。いかなる罰も受ける覚悟でおります」

「話を聞かせてください」

「はい! ザインの希望の星、革命の寵児、我が友でもあるリャンの窮地をお救いいただきたく、こうして馳せ参じました」

「リャン・ゴダールですね?」

「はい。リャンは無実です。ドラクヴァ公をしいしてなどおりません。彼は、陥れられたのです」

「陥れられた?」

「はい。彼は、ジャムシード・グランディエの奸計かんけいによって、汚名を着せられたのです」

 衝撃の告白に、光希は覆面の内側で眼を瞠った。初耳だ。リャンが、グランディエ公爵に陥れられた?

「妙なことを言う。我等がシャイターンと花嫁は、そのグランディエ公に招かれて、ザインへやってきたのだぞ」

 鋼腕で腕を組むと、いかにも胡乱げにアルスランは尋ねた。
 光希の胸にも、重苦しい不安が芽生えた。昨夜、ジャムシード・グランディエにジュリアスは会いに行ったはずだ。無事なのだろうか……

「嘘ではありません! このことは、複数の同志が証言してくれます」

「この場でか?」

「今すぐには……証言できる者を捕えられているのです」

「話にならないな」

 針を含んだ瞳でアルスランが言い捨てると、ヘガセイアは歯痒げな視線を向けた。

「彼が無実であることは、本当です! ドラクヴァ公爵暗殺の真相を追ううちに、ジャムシード・グランディエの企みを知り、彼はむしろ二家の争いを止めようとしていました」

「企み?」

「はい。今朝の礼拝堂の惨劇、真の狙いは後継のドラクヴァ公爵ではなく、グランディエ公の意に背いた、聖霊降臨の儀式を司る神官達だったのです」

「どうやって調べた?」

「様々な職に就く同志達が、危険を冒して情報を集めてくれました」

「ここに花嫁がいることも?」

「ザインへ到着してからの様子を、見張らせておりましたから……」

 間諜を仄めかす発言にアルスランは目線を鋭くさせたが、これはお互い様であろう。ジュリアスも到着する前から、偵察隊を送り込んでいる。

「謙虚を口にしていても、ジャムシードは領主続投を狙う野心家です。二家を操り、聖霊降臨儀式もけがそうとしています」

「それが本当で、そこまで情報を掴んでいるのなら、早く二家に打ち明けてはどうか?」

 そっけない返答に、ヘガセイアは悔しそうな表情を浮かべた。上目遣いにアルスランをめつける。

「何度も伝えようとしました。けれど、革命軍を敵視する彼等は、我々の言葉を聞こうとしません」

「そもそも、革命軍の幹部がなぜ、三大覇権の一派、リャン・ゴダールを庇う?」

「彼は、革命軍の首領なのです。僕達は、彼の目指す思想の元に集まった、同志なのです」

「首領だと?」

「はい」

 誰かが聞きつけるのを恐れるように、ヘガセイアは声を低めて告げた。彼のもたらした告白に、光希は眼を瞠った。
 リャンが革命軍の首領――
 次期宋主家を巡る抗争と思いきや、この国では更に大きな大旋風が吹き荒れようとしている。

「驚かれるのも無理はありません。リャンは革命軍では別名を名乗り、身分を明かしていない。このことを知るのは、ごく少数です」

「ゴダール家は知っているのか?」

「祖父君はご存知だと、リャンは話しておりました」

 リャンの祖父、バフムート・ゴダール公爵のことだ。
 吟味するようにアルスランが沈黙すると、ヘガセイアは縋るように仰いだ。

「花嫁がおいでくださったのは、天の救い。どうか、御力をお貸しください」

 慈悲を請う青年に、アルスランは冷たい一瞥を向けた。

「言っておくが、真偽も判らぬ私怨に手は貸せない。我々は、聖霊降臨儀式に招かれただけなのだから」

 話は終いとばかりにアルスランが手で合図すると、周囲の護衛は跪くヘガセイアの身体を起こそうと動いた。

「お待ちを」

「話をお聞きくださっただけでも、幸いであったと感謝するがいい。下がられよ」

「お聞きをッ! もうすぐ、リャンは殺されてしまう! そうなれば、ゴダール家とドラクヴァ家の衝突は止められません。ザインの街が崩壊してしまうのですッ!!」

 必死に額づこうとするヘガセイアを、屈強な兵達は強引に立たせ、天幕の外へ連れ出そうとする。
 長い裾に足を取られたヘガセイアはよろめき、天幕の端に立つ光希に倒れかかった――




『神の系譜』 - 光希 -


prev index next