アッサラーム夜想曲

ジャファール・2





 ― 『ノーヴァ空中広域戦・二』 ―




 数日後。空を覆い埋め尽くさんばかりの、朱金装甲のサルビア飛竜隊が東から攻めてきた。
 まるで空が燃えているようだ。
 それは屈強なアッサラーム飛竜隊ですら、覚悟を迫られる光景であった。
 敵は予想通り、豊富な飛竜隊を横に広く展開して迫ってきた。
 こちらも、ノーヴァ上空の北をアルスラン、南をジャファールが受け持ち飛竜隊を横に広く展開させた。
 ジャファールは先ず相手の力量を測る為に、精鋭揃いの第一飛竜隊に敵の前衛を叩かせた。

 ――出過ぎだ。前線を下げろ。

 伝令に杖で合図すると、すかさず後退を知らせるべく発煙筒に火を点ける。
 深追いせず、前線を押しては引き戻し、相手の主力部隊がどこに配置されているのかを探り続けた。

 ――左翼と右翼を同時に叩け。敵の追撃に応じるな。狭路から逃げこめ。

 次々と伝令に指示を与えていく。
 追撃が加速した時には、あらかじ決めておいた狭路から自陣へと逃げ帰らせた。その間に交代部隊が前線に出る。
 アッサラーム軍もサルビア軍も、初戦では大きな動きを見せずして終わった。
 夜の訪れと共に、双方野営地へ引き返していく。

「アルスラン!」

 飛翔場を歩く弟の姿を見つけて、ジャファールは背中に声をかけた。

「ジャファール! 無事か?」

「ああ。損害は?」

「およそ百だ」

「そうか……こちらは三百だ」

 告げると、アルスランは眉根を寄せた。

「多いな。攻めこんだわけじゃないだろう?」

「気になった配列に何度かぶつけた。それで、どう見る?」

 尋ねた途端に、アルスランの瞳に閃きが光る。

「判ったぞ、中央前衛部隊が選り抜きの精鋭だ。だが両脇は甘い、弱そうな兵ばかりで闘志も低い。サルビアに徴兵された北方あたりのにわか部隊だろう」

 アルスランの見解にジャファールも同意見であった。
 天幕に入り、ノーヴァの仔細な地図を広げると、アルスランの部隊の駒を中央よりやや左に置いた。

「さっきの話だが、私も同意見だ。明日は陣を動かしながら攻めるぞ。相手の部隊配列が今日と同じと判ったら、合図を送る。アルスランは精鋭を連れて左翼を叩け」

「ジャファールはどう動く?」

「中央を少し下げる。敵の精鋭と激突を避ける……そう思わせる。相手が前に押し出してきたら、私は右翼から回り込む。後ろを捉えたら可能な限り叩いて、向こうが体勢を整える前に一斉退却だ」

「よし。機動指示は任せるぞ」

 アルスランは腕を組みながら地図を見下ろし、しっかりと首肯した。

「ああ。だがこの作戦も、相手の陣次第だ。状況を見てかなり動かすから、見逃さないよう頼む」

「判った。ところでジャファール……昨日から碌に寝ていないだろう。夜間の哨戒しょうかいは見ておくから、少し休んだらどうだ……」
 気遣わしげな視線を向けられて、ジャファールは微笑した。

「なんの。日射しが温かくてな。飛竜の上でたっぷり仮眠を取っていたのさ」

 アルスランは噴き出した。彼の笑いの沸点は実はとても低いのだ。

「良く言う! それで三百の兵を欠いたというなら怒るぞ!」

「冗談だよ。今日見た陣を、なるべく正確に記しておきたい。それが終わったら休ませてもらう」

「サルビアの歩兵は、どこまで進んでいるのだろうな」

狼煙のろしを見る限りでは、アッサラーム軍より足が速いらしい」

「そうか……アッサラーム兵は山岳の気候に弱いしな」

 ふと伝令から聞いた戦況報告を思い出し、ジャファールは頬を強張らせた。

「実は……山岳湿地帯でおびただしい数の昇魂が確認されたとも聞いている」

 アルスランは小さく息を呑んだ。

「本当か?」

「偵察隊の報告だ。位置からみて、サルビアではなく、山岳部族だろう。ただ敗退の合図はなかったそうだ。あちらも奮闘しているのだろう。陸路は何処よりも修羅場なはずだ……」

「あぁ……だが明日は、ノーヴァも正念場だな」

 アルスランの言葉に深く頷いた。
 今日は大した動きを見せなかったサルビアも、明日は猛攻してくるに違いない。
 その予測は、まさにその通りとなるのであった。

 +

 二日目は、布陣の読み合い合戦となった。
 空中戦は個人戦にあらず――連携機動が全てだ。
 ジャファールはサルビアの空中布陣を見るなり、昨日と同じで中央に決勝部隊がいることを見抜いた。
 すぐさま伝令を通じて、中央より左に待機するアルスランに「左翼から攻めよ」と知らせる。
 アルスランは迅速な先制で、敵の左翼に食らいついた。
 風を捕えて急降下し、鋭い鉤爪で敵の頭に襲い掛かる。
 闘志の低い左翼は、アルスラン率いる精鋭にかき乱され、基本となる空の隊形を順調に乱し始めた。
 しかしアルスランが敵の後方に回り込もうとしたところで、サルビアも動きを見せる。左翼を諦め、中央の精鋭で疾風のようにこちらの陣に駆け込んできたのだ。

 ――両翼を下げた中央突出型の凸形陣形と見た……。機動に富むいい陣形だ。逃げねば圧迫包囲されて袋叩きだな。

 ジャファールはすぐに陣を動かした。
 前線が衝突する前に、最精鋭の第一飛竜隊を、横に長い短形くけいに配置する。
 五段構えの小部隊構成とし、それぞれ十分な間隙かんげきを空けさせた。少し横にずれるだけで、正面衝突をたやすくかわせる戦法である。
 更に間隙部には単独の飛竜隊を配置し、敵が正面から見た時に隙間が目立たないよう工夫した。
 かなり複雑な指示であったが、伝令も隊もよく反応した。
 日頃から空中戦の訓練を積み、鍛え抜かれたアッサラームの飛竜隊だからこその機動連携である。総数で負けても、質では勝っているとジャファールは自負していた。
 この周到な陣形が功を奏し、サルビアの猛進を最小の被害で躱すことに成功した。
 左翼を猛攻するアルスランもおよそ好調に敵を蹴散らしている。しかし多勢に無勢で、後ろを捉えるには至らない。
 それはサルビア軍も同じことで、互いに後ろを取らせまいとし、複雑に陣を動かし続けた。
 昼を過ぎる頃、前線に疲弊が見え始める。特に数で負けるアッサラームに顕著に現れた。

 ――第一から第三まで、兵を交代。追撃は狭路で躱せ。第一は並列飛行で前線と交代。一線に並べて正対を仕切り直し!

 ジャファールの連続する細かい指示を、伝令が必死の形相で呑み込み、発煙筒に火を点けて行く。
 アッサラーム軍は巧みな機動連携で、夕刻までサルビア軍の猛攻を耐え凌いだ。ここまでただの一度も後ろを取られていない。
 実のところ――
 サルビア軍はジャファールの指揮能力の高さを認めざるをえなかった。
 圧倒的な兵力差に、アッサラーム軍は逃げ戦を展開すると考えていたのだ。それを知略で補い、防衛一途ではなく攻めの陣を引いて粘りを見せる。
 闘志の高いアッサラーム軍を見て、長引かせるのは得策ではないと考えた。
 一日を通して中央に精鋭部隊を置き続けたが、密かに配置変更を行い、両翼に主力を移した凹形陣形でアッサラーム軍に迫って来た。
 正面前衛の配置は動かさなかった為、アッサラーム軍からはサルビア軍の配置変更が判らなかった。
 しかし、闘志をたぎらせた朱金装甲の精鋭飛竜隊を見ても、ジャファールは少しも動じなかった。
 陣形が透けて見えなくとも、サルビア軍が日暮れ前に本腰を入れて攻めてくることを、心理的に読んでいたのだ。

 ――よくぞ夕刻まで持ちこたえた。風向きが変わる。絶壁へ誘い込め!

 この時刻、ノーヴァ海域に面した中央大陸の絶壁周辺は、潮流の性質が異なっているがゆえに、絶壁へ叩きつけるような強風が吹き荒れる。
 この風がサルビアの側面から吹きつけるよう、位置取りする策をあらかじめアルスランと講じてあった。
 先頭を率いるのはアルスランだ。逃げる風を装い、敵を絶壁に巧みに誘い込む。注目を浴びたところで、風に掴まらぬよう目にも留まらぬ神速で駆け抜けていく。
 ゴォォ――ッ!
 戦車のように強靭な敵の主力部隊は、風に負けて絶壁に次々と叩きつけられた。
 魔物の如し強風は、あらゆる音を奪う。慈悲なき破壊により、敵の陣は壊滅的に乱れた。 畢竟(ひっきょう)――
 サルビア軍がアッサラーム軍にしてやられたのだと悟ったのは、三万にも及ぶ朱金装甲の飛竜隊が無残に海へ散った後であった。
 サルビア軍の両翼の主力部隊は半数以上が無事であったが、不動のアッサラーム最前衛を見て、風をも操るアッサラーム軍は、こちらの配置変更も見ぬいていたのでは……と戦慄した。

 +

 撤退していくサルビア軍を、ジャファールは悠然と眺めていた。
 ジャファールは、彼等の密かな配置変更まで読めていたわけではなかったが、悠然とした態度こそ相手に恐怖を与えることを知っていたのだ。
 兵力差のあるサルビア軍に心理戦で勝利し、二日目の猛攻を完封した。

「見事だ! ジャファール」

 要塞に戻ると、アルスランが満面の笑みで駆けてきた。周囲からも賞賛の声が相次ぐ。

「ありがとう。お前も素晴らしかった」

 サルビア軍の猛攻を見事に凌いだアッサラーム軍であったが、被害がないわけではなかった。主力部隊を含む、三千にも及ぶ兵を失っていた。

 互角に渡り合えているように見えても、圧倒的に不利であることに違いはないのだ。




ジャファール・2


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