アッサラーム夜想曲

ローゼンアージュ・1


 ローゼンアージュ――花嫁ロザインつき武装親衛隊

 中央広域戦――史上最大の東西戦争では、シャイターンの花嫁の武装親衛隊として通門拠点に同行する。

 ジュリアスらが中央陸路に向けて遠征した後、通門拠点は中継的役割をになって多忙を極めた。
 各在庫管理――物資管理、資材管理、武器防具管理、そして騎竜、騎乗馬の管理。
 進軍の補給支援をする輜重しちょう隊の派遣、進軍の偵察任務を主とする斥候せっこう隊との連携、アルサーガ宮殿を含む各署への伝令、負傷兵の受け入れ……仕事は実に多岐に渡った。
 人手不足に悩む通門拠点では、花嫁ですらも拠点兵士に混ざり後方支援を手伝っていた――




 ― 『花嫁を守る者・一』 ―




 通門拠点へきてから、ローゼンアージュの生活は、全て花嫁を中心に動いている。
 彼の主は、朝休の鐘が鳴る頃に合わせて目を醒ます。
 それからおよそ一刻半経つと、身支度を終えて部屋を出てくるので、頃合いを見て扉の外で待機するようにしている。
 花嫁の武装親衛隊である職務を考慮して、ローゼンアージュに宛がわれた部屋は、花嫁の部屋の直ぐ傍にあった。いつでも主の私室に駆けつけられるので、移動は非常に楽だ。

「お早う、アージュ」

「お早うございます、殿下」

 いつものように、軽装軍服姿の花嫁が姿を見せた。ここへきてからというもの、暑いからと詰襟の隊服を嫌い、首回りの楽な上衣ばかり着ている。

「それじゃ、行こうか」

 これから負傷兵のいる病室に向かい、朝食の給仕を手伝うのである。それは本来、常駐衛生兵の役目だが、花嫁は率先して手伝っていた。
 今のところ二部屋のみ解放されている病室は、ひんやりとした石壁の、清潔で綺麗な部屋だ。窓からは心地いい風が流れ、柔らかな自然光が降り注いでいる。

「皆さん、お早うございます」

「「お早うございます」」

 兵士達に人気のある花嫁は、どこへ行っても歓迎される。病室もまた然りで、花嫁に万が一にも無礼がないよう、護衛として眼を光らせておかなければならない。
 それにしても、開戦と共に少しずつ負傷兵が増えている。いずれ部屋が足りぬほど、負傷兵で溢れかえることだろう。

「器を持てますか?」

「ありがとうございます!」

 手ずから給仕してくれる花嫁を見て、負傷兵は嬉しそうにお礼を口にした。
 自然の流れに任せていると、全員給仕して欲しいが故に、自分から動こうとしないので、適当に手を出すことにしている。
 今朝も根菜汁を秤で測ったように均等に器によそうと、花嫁の進行方向周辺に素早く手渡した。

「受け取って」

「は、はい」

 器を突き出すと、大抵の者はびくびくしながら受け取る。特に若い兵士はなぜかローゼンアージュを恐れている者が多い。

「アージュ、仕事早いね。僕は下手くそだな……時間かかりすぎだよね」

 先回りして給仕を済ませるローゼンアージュを見て、花嫁は今朝も感心したように呟いた。
 仕事が早いのは、余計な会話を一切しないからだ。しかし、どう伝えようか迷っているうちに、花嫁の関心は他に移る。

「ありがとう、一周したね。じゃ、おかわりする人いるか、聞いてくるね」

 花嫁が「おかわりする人ー」と声をかけると、おずおずと、しかし大抵の者が手を上げる。
 ローゼンアージュもかなり食べる方なので、おかわりしたい気持ちは分かる。しかし花嫁に給仕させずに、自分でやれとは思う。なので、ここでもさり気なく暗躍する。
 手を上げた者達の器を一気に回収し、適当によそってまた戻る。トレイを差し向けて「取って」と言うと、彼等はびくびくしながらも受け取っていく。
 一方で、花嫁が直接手渡ししている兵士は、嬉しそうに声をかけている。
 ムーン・シャイターンからは、適度な会話であれば放置して良い、度を超す場合は中断せよと命を受けていた。
 人づきあいというものに疎いローゼンアージュは、適度な会話の基準が判らない。だから、基本的には花嫁の顔を見て判断している。

 ――殿下、お楽しそう……。

 自然な笑みを浮かべて、目の前の兵士と言葉を交わす姿は、とてもリラックスしているように見えた。こういう時は放置している。
 また別の者の前で、給仕をしながら言葉を交わす。今度は、ふと悲しげな表情を見せる。こういう時は注意が必要だ。

「……早く、食欲が戻るといいですね」

「ありがとうございます」

 相手の具合を気にかけただけと分かり、警戒を解いた。
 今度は起きるのに難儀する、比較的重症の負傷兵の前にゆき、背中にクッションを入れて起こすのを助けている。
 ムーン・シャイターンからは、基本的には触れさせるなと命を受けているが、負傷兵の看護とあれば多少は仕方あるまい。しかし、動けるのに花嫁に甘えようとする者は別だ。
 ここでもローゼンアージュは密かに暗躍する。
 素早くクッションを腰に入れてやり「起きて」と告げる。大抵の者はおどおどしながら自力で起き上がる。
 不満そうな態度を見せる者は、殺気で黙らせる。もう一度「起きて」と言えば、今度は大人しく「すいません……」と起き上がる。
 ローゼンアージュは元は戦災孤児で、幼少の頃に暗殺技術を徹底的に仕込まれた。縁あってムーン・シャイターンの隠密に加わってからも、暗殺の仕事を時折任されている。相手を黙らせる方法は熟知していた。

「アージュは、看護も上手だね」

 花嫁は優しすぎる。もっと適当に接していいのだ。しかし、どう伝えようか迷っているうちに、花嫁の関心は他に移る。

「それじゃ、空いているお皿を片付けようか」

 花嫁がよたよたと真鍮のトレイに器を乗せ始めると、流石に兵達も率先して動き出す。じゃあ全部自分でやれと思うが、親切な花嫁は逐一お礼の言葉を口にしている。
 放っておくと、兵達は花嫁の前に居座り会話を始めるので、ここでもローゼンアージュは暗躍する。
 目線で「邪魔」と威圧すると、大抵の兵は引き下がる。鈍感な奴には直接「邪魔」と言う。これで大抵の者は引き下がる。

「アージュ」

「……」

 威圧しているところを主に見つかった。見つかると大抵怒られるので、気をつけなければならない。
 しかし怒るといっても、窘めるように名を呼ばれて終わるのが常だ。
 ちなみに、反省などしない。なぜなら、自分は少しも悪くないからだ。

 ――僕は正しい。皆、殿下に構いすぎる。殿下は殿下でお優しすぎる。

 ローゼンアージュとしては、双方に言いたいことがあった。
 食器を片付け終えると、常駐衛生兵の手が空いている場合は、後を任せておしまいだが、人手が足りない時は花嫁自ら厨房へ運ぶ。

「お持ちしますよ、殿下」

「でも……怪我に響きませんか?」

「なんの、これしき」

 包帯を巻いている兵の姿を見て、花嫁はどうするべきか迷っている。自然の流れに任せておくと、ここでまた立ち話になるので、ローゼンアージュは暗躍する。

「お任せします」

 花嫁の手からトレイを奪って、目の前の兵に手渡す。大抵の者は素直に受け取る。尚も会話したがる奴は視線で「行け」と脅す。
 これで殆どの者は大人しくなる。
 花嫁はにこやかに彼等を見送ると、布巾をしぼって机を拭き始めた。ここでも大抵、動ける負傷兵達が花嫁の周りに集まって手伝おうとする。
 自然の流れに任せておくと、負傷兵達は延々と声をかけてくるので、ローゼンアージュはさりげなく暗躍する。
 じっと相手の目を見て視線で「黙れ」と脅すと、大抵の者は静かになる。
 お前らそんなに元気なら、早く前線に戻れといつも思う。

「ふぅ……ちょっと休憩しようか」

 朝の給仕が終わった。昼と夜も大体同じ流れである。
 ちなみに、動けない負傷兵の着替えや、身体を拭く行為は、最初にやろうとした段階で阻止した。それは確実にムーン・シャイターンに命じられている禁則事項に触れると判断したからだ。
 時折、突飛な行動に出る花嫁の護衛は、一時たりとも気を抜けないのである。




ローゼンアージュ・1


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