アッサラーム夜想曲

花冠の競竜杯 - 9 -


 クロッカス邸。深夜を告げる朝休の鐘が鳴り終えた頃。
 蝋燭に灯された金色の仄かな明りの中で、光希はたがねを打っていた。いつものことではあるが、装飾の彫りに熱中するあまり、工房にジュリアスが入ってきたことに気づいていなかった。
「光希」
 背に投げかけられた声に、光希の肩はびくっと跳ねた。ぱっと振り向き、顔に喜色を浮かべる。
「ジュリ! お帰りなさい」
「すみません、待たせてしまって」
「ううん、工房で作業していたから。ジュリの方こそ、お疲れ様」
 肩を抱き寄せられて、光希は少し迷った。
「ごめん、もう少しだけ待ってもらっていいかな? 今いいところなんだ」
 ジュリアスは不満そうな顔で、光希の両肩に手を置いた。
「そんなことをいっていたら、夜が明けてしまいますよ。貴方は一度始めたら、何も聴こえなくなるのだから」
「う……」
 鏨を持っている手の上に、大きな掌が重ねられる。ことり、音を立てて鏨は転がった。
「約束したでしょう? ……私を待っていてくれると」
 誘惑の眼差しに、光希は呼吸を止めた。
 動けなくなった光希を見て、ジュリアスは白桃の色合いの掌を円を描くように撫でた。そのまま口元に運び、瞳を見つめたまま柔らかな掌を吸った。
 光希の心拍数は、一気に跳ね上がった。唇から吐息が零れる。
 それでも名残惜しく鏨に視線を落とすと、やんわりと頬を指でなぞられ、こちらを見るようにと促される。
「私を見てください」
 甘く囁かれて、親指で唇の輪郭をかたどられる。端正な顔が降りてきて、唇の表面がこすれあった。繰り返すうちに、背中がぞくぞくしてきて無意識に唇が開いた。
「ん……」
 唇はぴったりと重なり、深まっていく。気だるげに舌を搦め捕られると、ジュリアスのこと以外何も考えられなくなった。もっと彼に触れられたくて、光希の方から身体を寄せる。
 腰に腕をまわされ、椅子から立つように促され……そのまま抱き上げられて、寝室に運ばれた。寝台に優しく横たえられ、首筋に唇を押しあてられると、光希もジュリアスの首に腕を回した。
「ん……」
 強く腰を押しつけられて、下腹部に引きつるような疼きが走った。腹の上にどくどく、脈打つ熱塊を感じる。
 ジュリアスは顔を伏せると、服の上から光希の胸に唇を落とした。胸もとに手を挿し入れ、ゆったりと指を動かして、そのふくらみをまさぐる。
「やっと触れられる……隠さないで。よく見せてください……」
 囁きながら唇を重ね、前身ごろの釦を外して、光希の腕から巧みに抜き去った。愛でるように素肌に触れながら、徐々に顔を下げていく。胸の突起に舌をあて、柔らかく唇で食む。
「は……」
 甘い刺激に、光希はため息をついた。豊かな金髪に指をもぐらせ、胸の中にかき抱くと、舌はいっそう艶めかしく、官能を引き出すように蠢いた。
「はぁ、ん」
 両の頂を交互に嬲られると、じっとしていることは難しくなった。無意識に足を擦り合わせる光希に気がついて、ジュリアスは手を股間に挿し入れた。
「ジュリ……んっ」
 緩く勃ち上がったものに指を搦められ、光希は息をつめた。ジュリアスは指を上下にすべらせて、絶えず刺激を与えてくる。
「気持ち良さそうに濡れて……もっとしてほしい?」
「……うん」
 赤面する光希を見て、ジュリアスは甘くほほえんだ。顔を隠そうとする腕を、優しく掴んで引きはがす。
「駄目です。ちゃんと見ていて……貴方のここを、私がどんな風に触れるのか」
 甘く咎められて、光希は抗うことができなかった。琥珀に搦め捕られたかのように動けなくなる。下も脱がされ、股間に顔を埋めるジュリアスを、ただ茫然と見下ろしていた。
「ッ、あ……ジュリ……ッ」
 濡れそぼった屹立に、艶めかしく舌が絡みつく。慰められながら目が合って、光希は言葉を失った。
 心臓が破裂してしまいそうだ。
 仰け反って身悶えても、濃厚な愛撫はまだ終わらない。唇は陰嚢の下までおりていき、探るように後孔へ到達した。
「気持ちよくしてあげる……光希の中に、入らせてください……」
「ん……」
 指が入ってくる。
 舌の先で、一つ一つの皺を伸ばすように、丹念に舐められて。
 決定的な刺激が足りずに、昇り詰められない光希は、次第に焦れた。
「ジュリ……」
「何?」
「……」
「いって?」
「……もっと、ちゃんとして」
 欲の滲んだ懇願を聞いて、ジュリアスは顔をあげて、ほほえんだ。
 服を脱いで寝台の下に放ると、覆い被さってきた。光希が首の後ろに腕を回して、唇をせがむと、貪るように奪われた。
「ん」
 口づけを深めながら、足を広げられ、後孔を指でまさぐられる。
 肌のあちこちに唇で触れられ、しっとり汗がにじむほど身体は熱くなっていった。
「私を見て」
 薄く目を開けると、熱を孕んだ青い瞳と視線が絡んだ。瞳の奥に、獰猛な光が浮いて見える。弛緩した大腿を押し開かれ、強い眼差しに縫い留められたまま、貫かれた。
「ッ、ふ……」
「平気?」
「ん」
「もう少し、力を抜ける?」
 慎重に腰を進めるジュリアスにあわせて、光希は身体を弛緩させた。深く、なめらかに突き刺さる。
「ん、ぁ」
「私に捕まって」
 光希がたくましい両の肩に手を置くと、ジュリアスは額にかかる黒髪を、長い指でかきあげた。緩やかな抽送に馴染むと、腰を掴んで身体が浮き上がるほどもちあげ、光希の奥まで突き上げた。
「あ、あぁッ、ふ」
 光希は恍惚の表情を浮かべている。
 汗の珠が薔薇色に染まった肌の上に光り、指は金糸織の敷布を握りしめている。その艶めいた表情を見下ろしながら、ジュリアスは光希の手首を押さえつけた。激しく突くと、光希は高い声で喘いだ。
「あぁ……ジュリ、もう……ッ」
 掠れた声で、潤んだ目で懇願する光希を見下ろして、ジュリアスは荒い息をついた。やめないで――そう瞳が囁いている。応えるように腰を突きあげ、柔らかな身体を揺さぶった。
 両の腕を汗ばんだ褐色の首にまわし、光希は金色に燃えあがる髪を指にからめた。
 見つめあい、言葉ではとてもいい表せない、大きくて、暖かな感情が二人の間を行き交った。
 ジュリアスは素肌に唇をつけたまま、殆ど聞き取れないほどの小さな声で、甘い言葉……愛おしい、貴方は私のもの……そう囁いた。胸がいっぱいになり、光希は思いの丈をこめてジュリアスの背中を強く抱きしめ、喘いだ。
 その蕩けた声を引き金に、ジュリアスは柔らかな内壁の最奥を突いた。
「ン、あぁッ、ん――ッ」
 光希が全身を震わせて極めると、ジュリアスも熱く長いため息を吐いた。
 光に満ちた感覚の中、二人とも仰向けになり、しばらく無力でいた。光希はそのまま眠ってしまいそうだったが、ジュリアスは起き上がって自分と光希の身体を清めた。
 再び寝台に横になった時、光希は既に半睡状態だった。ジュリアスは彼の背中にぴったりと寄り添い、腕の中に抱きこんだ。
「このまま寝台から出たくありません」
 ジュリアスは気だるく呟いた。
「……そうしよう。このまま一生……眠り続けたい」
「一生?」
「……朝がくるまで」
 甘美な疲労に全身を支配されているから、深い眠りを貪れるだろう。
 光希は腹にまわされた手に指を搦めた。ジュリアスは髪に顔をうずめて、くぐもった声で笑う。
 髪を梳く手が心地よい。天国の心地を味わいながら、光希は眠りに落ちた。
 穏やかなひととき。
 星明りの静寂しじまに、葉擦れの音、梟の声、それから小さな寝息が聞こえる。
 光希は瞼を閉じて、規則正しく胸を上下させている。四肢を緩めて、ジュリアスの腕の中で、安心しきった様子で眠っている。
 ジュリアスは微笑を浮かべると、光希の額に唇を寄せた。
「お休み、愛しい人……」
 あどけない寝顔を見つめているだけで、心が安らぐ。心身を癒され、満ち足りて、無限の力が湧いてくるようだった。
 一晩中そうしていても良かったが、星月夜が曙光に照らされ、薔薇色に染まる頃、ジュリアスも静かに目を閉じた。




花冠の競竜杯 - 9 -


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