アッサラーム夜想曲

花冠の競竜杯 - 37 -


 夜が明ける。
 地平線が発光し、陽が姿を見せるとあしの葉の露が金色に燃え始めた。吹き渡る清澄な風は、ジャスミンの香りを運び、刻々と色を変える空と大地が、黄金色に溶け合っていく。
 針葉樹の向こう、今日最初の光を浴びて煌くは、クロッカス邸の尖塔だ。
 玄関に馬車をつけると、安堵の表情でナフィーサが出迎えた。光希は感謝の言葉をかけてから、ジュリアスと共に寝室へ入った。
 二人きりになるとジュリアスは光希を抱き寄せた。
「やっと二人になれました」
 光希も広い背中に腕を回して、息を吐く。
「うん……長い一日だったね」
「貴方が無事で、本当に良かった……」
 ジュリアスは両手で光希の顔を包みこみ、額に、頬に、唇に口づけの雨を降らせながら囁く。感謝の言葉を口にしながら、軽い口づけで何度も唇を奪った。
 ようやく顔が離れると、光希は頬を包む手を掴んで、赤くなった顔で笑った。
「その肩だと、お風呂に入るの大変でしょう? 手伝わせて」
「大した怪我でもありませんが、光希がそういってくれるなら」
「うん。任せて」
 二人で湯浴みへ向かうと、手伝おうとする召使の手助けを断り、光希は袖を捲りあげてタイル敷の浴室へ入った。椅子に座ったジュリアスの前にまわり、湯の入った桶をもちあげる。
「頭をさげて。お湯をかけるよ」
「はい」
 血と砂埃に塗れていた金髪は、湯をかけると、きらきらと輝きを取り戻した。髪に指をもぐらせて優しく掻くと、ジュリアスは柔らかな息を吐いた。
「いい気持ちです」
「そう? 痒いところはありませんか? ……こらこら、掴まないで。僕まで濡れる」
 抱き寄せそうとする腕を避けて、光希は笑った。負傷している方の肩を濡らさぬよう、慎重に湯をかけて泡を流す。
「次は背中ね。洗ってあげる」
 引き締まった背中を賞賛の瞳で眺めながら、光希は看護者の手で触れた。彼の正面にまわり、手や足を洗いはじめると、戯れるように髪や耳に触れてきた。光希が視線で咎める度に、誘惑するように笑みかける。頬を赤らめながら、光希はどうにか成し遂げた。
「……ふぅ、あとは自分でできるよね」
 麻布を渡そうとすると、その手を掴まれた。
「光希に洗ってほしい」
 ジュリアスは甘く囁く。既にきざしている下肢をちらりと見て、光希は慎ましく視線を逸らした。
「……洗うだけで終わらないでしょう? だめ」
 構ってこようとする手を巧みにかわし、光希は立ち上がった。
「今日は、湯船に入るのはやめておいた方が良いと思う。足湯を置いておくから、温まってから出ておいで」
「いってしまうんですか?」
「外で待ってるよ。着替えるのを手伝ってあげる」
 真鍮のたらいを彼の傍へ寄せると、ジュリアスは残念そうにしつつ、感謝の言葉を口にした。
 浴室に備えられた籐椅子で光希が一休みしていると、間もなくジュリアスがでてきた。
 濡れた体を拭いて着替えを手伝うと、光希はジュリアスの胸に顔を寄せて、ふんふんと匂いを吸ってほほえんだ。
「よし、いい匂い」
 ジュリアスはお返しに光希の首筋に顔を埋めると、柔らかく肌に吸いついた。
「光希もいい匂いですよ」
 抱き寄せられそうになった時、光希の腹が鳴った。ジュリアスは光希の両肩に手を置くと、顔を覗きこんだ。
「食事をしていないのですか?」
「うん。忘れてた……お腹すいたな」
 ジュリアスはほほえんだ。光希もつられたように笑う。ようやく見れた、彼の笑顔だった。
 二人が居心地の良い部屋に戻ると、すぐに湯気の立つ食事が運ばれてきた。
「して欲しいことがあったら、なんでもいってね」
 光希の言葉に、ジュリアスは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます」
 空腹を満たす暖かい食事は、格別に美味しかった。穏やかな時間に癒されながら、光希は気になっていたことを訊ねた。
「討伐は、うまくいった?」
「はい。ジャプトア・イヴォーは死にました。ハーランとの共謀容疑も裏がとれましたし、もう二度と、財団が貴方を狙うことは許しません」
「うん……」
 今更ながら、ジュリアスを標的にした敵がいて、彼はその敵を倒してきたのだと思うと、身体が震えてきた。
 その様子を見て、ジュリアスは口をつけていた杯を光希に差しだした。
「これを飲んで」
「ありがとう……」
 光希が蒸留酒の入った杯を両手で受け取ると、ジュリアスはその手を両手で包みこんだ。温もりを感じているうちに震えは治まってきた。
 時間をかけて少しずつ中身を飲み干すと、頬に赤みの射した光希を見て、ジュリアスは優しくほほえんだ。
「いい子」
「……ありがとう。ちょっと落ち着いた」
 食事を終えて寝台に横になると、ジュリアスは光希を背中から抱きしめて首筋に顔を埋めた。啄むように肌を吸われて、光希は狼狽えた。
「だめだよ、安静にしていないと」
「光希」
 耳たぶを甘噛みされて、吐息が零れた。彼の方を向いて、ジュリアスの顔を両手で包みこむと、額に唇を押し当てた。
「寝よう?」
 優しく囁くと、ジュリアスは気持ちよさそうに目を細めた。
 だが、不埒な手は光希に触れようとしてくる。うなじの窪みをなぞり、顔を寄せて、唇と唇を物憂げに何度も擦りあわせる。
「……ジュリ、駄目」
 顔を引いて、頭を撫でてやると、ジュリアスはくすっと笑った。
「寝かしつけようとしたって無駄ですよ。この熱を醒まさない限り、眠気はやってきそうにありません」
「目を閉じていれば眠れるはずだよ。一晩中駆けずり回って、へとへとに疲れているんだから……んっ」
 説得は途中で途切れた。ジュリアスは身を乗り出して、唇を塞いできた。誘うような短い口づけが、延々と繰り返される。
 このままでは流されてしまう。顔を離そうとすると、後頭部を掌で包みこまれて固定された。
「んぅ……っ……ふ、ぁ……ッ」
 ぞくぞくする口づけから逃げようとすると、罰するように舌を搦め捕られた。服に手がかかり、光希はその手を上から抑えつけた。
「だめっ……やめておこう?」
 真っ赤になった光希の耳に、ジュリアスは息を吹き込むように囁いた。
「いいえ、光希……やめたくありません」
「忘れているなら思い出してほしいんだけど、肩に穴が開いているんだよ?」
「肩のことは忘れてください。そんなことより、今は貴方が欲しい」
「無理だよ。悪化したらどうするの?」
「平気です、こんなものは負傷のうちに入りません。いいといってください……私が襲いかかる前に」
 怖いほど真剣な顔で請われて、光希は弱々しい声をあげた。
「うぅっ……どう考えても休んだ方がいいのに」
「眠る前に、貴方の甘い身体に癒されたい……そうすれば、傷もすぐに治りますよ」
「そんな馬鹿な……やっぱり、駄目。肩に負担をかけない方がいいと――」
 その先は唇に呑みこまれた。ジュリアスは、餓えたように舌を挿し入れてくる。
「ん、ぁっ……あ、んッ」
 えもいわれぬ心地よさに、膝から力が抜け落ちた。腰を支えられながら、気怠い唇に理性を溶かされていく。移ろう世界で、彼の存在だけが唯一確かなものに思えた。
「光希……」
 顔を離すと、ジュリアスの顔は上気して、青い瞳は熱っぽくけぶっていた。迫ってくる彼の胸を、光希は軽く押した。
「待って……判ったから、僕にやらせて」
 顔が熱くなるのを意識しながら、光希は言葉を続ける。
「ジュリは動かないで。今日は、僕が上に乗る……」
 真っ赤になる光希を見て、ジュリアスは微笑した。手を優しく引っ張る。
「嬉しいですね。ほら、かわいい人。私の上にきて」
「うん……」
 光希が上を脱ぎ捨てると、青い瞳に情欲の焔が灯った。躊躇いつつ腰に跨ると、服の上から昂りを押しつけられた。
「じっとしていて……動くのは僕なんでしょ」
 文句をいいながら身体を倒して、ジュリアスの唇を塞いだ。珍しく主導権を握っていることに興奮し、光希にしては長く、深いキスをした。満足して顔を離すと、ジュリアスは唇を追いかけてきた。
「んぅ……ッ」
 再び唇が重なる。舌を搦めあってから顔を離すと、彼はまたしても追いかけてきた。光希が更に顔を引くと、不満そうな顔をする。
「光希……」
「動かないでね」
 ずしりとした袋を掌に包みこみ、もう片方の手で屹立を扱きあげる。
 は、と艶めいた吐息を零して、ジュリアスが呻く。
 彼の吐息は媚薬のようだ。快感に呻く顔は、壮絶に艶めいていて、見ているだけで達してしまいそうになる。
 普段とは立場が逆転していて、興奮を掻き立てられる。もっと乱れて欲しくて、光希は身体をずらし、大きく口を開けて、彼自身を口に含んだ。
「はむ……」
 全部は銜えきれないので、先端を口腔で舐りながら、竿の下の方は手で扱いた。
「ッ、は……」
 手の動きを速めると、ジュリアスはくぐもった声をあげて、光希の手の中で脈打った。
「……っ、ふ……ぅっ……あむっ……きもち、い……?」
「ええ、上手ですよ」
 上目遣いに仰ぐ光希を、ジュリアスは食い入るように見つめている。視線の強さに背筋をぞくぞくと震わせながら、光希は奉仕に集中した。手の中のものが容積を増し、どくんと脈打った。
「んッ、ぷはぁっ……」
 どぷりと口腔に熱いものが迸った。精が喉をすべり落ちていき、全身を焔で炙られているように熱くなる。全ては飲みきれず、軽く咽ながら、断続的な吐精の間も手の動きを休めなかった。
「んむっ、ふ、ぅ……気持ち良かった……?」
「とても……」
 口元を拭いながら訊ねると、ジュリアスの瞳は少しとろんとしていた。満ち足りて、暖かな感謝の色が浮かんでいる。吐精を終えても、硬度を保っている昂りに手を添えて、光希は唇を開いた。
「……続ける?」
「もちろん」
 反応の良さに笑みを誘われながら、光希は慎重にジュリアスに跨った。後孔に沈める様子を、青い虹彩の煌く瞳が見つめている。
「挿れられますか?」
「……うん」
 光希は身体を起こすと、脈打つ屹立をそっと掴み、自らの尻へ誘導した。先端を孔に宛がうが、滑って、うまく入らない。何度か繰り返したところで、ジュリアスが身を起こそうとした。
「……手伝ってあげましょうか?」
 光希は慌てて、彼の身体を手で押しとどめた。
「大丈夫、できる……たぶん」
 慎重に息を吐きながら、もう一度。今度は、うまく切っ先を飲みこんでいく。膨らんだ亀頭を飲みこむと、あとはなめらかに沈みこんでいった。
「……光希、全部入りましたよ。よくできましたね」
 クッションを背に、上体を起こしたジュリアスは繋がっている場所を指でなぞった。
「ん……」
 光希が腰を動かす前に、ジュリアスは待ちかねたように腰を揺すった。
「あぅッ!」
 下からの突きあげに、鋭い快楽が走った。ジュリアスは餓えたように光希を見つめている。
「あ、あぁ……んッ」
 背筋がぞくっとして、光希は背を反らした。途端に、息もつけぬ突きあげが始まった。
「あふ! は、あぅ、ンッ」
 穿たれながら、下からすくいあげるように胸を揉みしだかれ、光希は背をしならせて仰け反った。
 突きあげは緩やかになり、代わりに、硬く勃ちあがった乳首を弄られる。指の腹で上下に擦り潰されて、鋭い快感に全身を貫かれた。
「んぁっ! あ、は……ん……っ」
 嬌声をあげる光希を、熱を孕んだ青い瞳がじっと見つめている。
「気持ちいいですよ……光希、私と一緒に動ける?」
「へ? うん……」
 期待の籠った瞳に見つめられ、引き締まった腹に手を置くと、おずおずと身体を揺らし始めた。
「……そう、上手ですよ」
 気持ちよくなってくれているのなら、嬉しい。青い瞳が蕩けているのを見ると、彼の為なら何でもしてあげたくなる。
 ぎこちなく、だが懸命に腰を揺すっていると、胸に置いた手首を掴まれて、より深く突き刺さるように手前に引かれた。
「は……我慢できなくなりそうです」
「ぁッ!? 待って、動かさな……っ……ふぅ、あ、ぁっ」
 浅い呼吸を繰り返しながら、腰を前後に揺すって、咥えこんだ剛直を締めつける。
 ジュリアスが上気した顔を歪めると同時に、烈しく突きあげられ、最奥を穿たれる。ついていくのが精一杯で、主導権は完全に明け渡している。もはや甘く痺れる感覚に、甘い呼吸を吐くことしかできない。
「んぅ……っ」
 穿たれる度に、恥ずかしいほどの水音が響く。媚肉びにくが熱くうねって、何かが零れてしまいそうだ。
 揺さぶりが止まると、殆ど衝動的にかがみこんで唇を重ねた。
 首の後ろを引き寄せられ、餓えたように貪られる。深い口づけを繰り返しながら、突きあげが始まった。
「あッ、ん、むっ、ふぅ……ッ」
 烈しい熱と摩擦が、さざなみのような快感をもたらし、光希の喉から、言葉にならない嬌声が幾度も迸った。
「貴方は私のものだ」
 ジュリアスは腰を打ちつけながら、耳元で囁いた。吐息で答える光希の頬を撫で、怒張を食まされている尻を淫らに揉みしだく。
「ぁッ、ひ……んぅっ」
「……そして、私は貴方のものです。私が、貴方の運命なんです。愛しい人」
 目の眩むような告白に、身体を揺さぶられながら、光希は陶酔しきって頷いた。
「わ、かってる……僕もっ……あ、あ、ジュリッ、いっちゃ、もう……ッ……あぁぁッ!」
 絶頂を叫ぶ光希をジュリアスは優しく突いて、吐精の悦楽を更に高めようとする。蜜を零す官能の芯まで指で扱かれ、快楽のうねりに翻弄された。
 ぐったり倒れこむ光希を、ジュリアスは抱擁で受け止めた。汗ばんだうなじを優しく手で撫でられ、光希は陶酔状態だ。あまりの心地良さに、眠気を誘われそうになったが、
「はぁ……んぁっ! や……も、ぅ……ッ」
 突然の激しい突きあげに、光希は嬌声をあげた。再び始まる快楽の波に攫われていく。
 身体を貫かれながら、奥を熱い飛沫で濡らされた瞬間を、霞んだ意識の中で捉えていた。

 幽かなうめき声に目を醒ました。
 外は薄闇に包まれていて、夜風の音、アカシアや椰子の葉擦れの音が聴こえている。疲労の極致で、夜まで眠り続けてしまったらしい。
 身体の向きを変えて、隣に寝ているジュリアスに目をやると、眠りについた時と殆ど同じ姿勢でいた。普段、腰を抱き寄せられて眠りにつくことが多いが、今朝は肩の怪我が心配で、光希が拒んだのだ。
 寝れば治ると彼はいったが、眉根を寄せて険しい表情の寝顔を見ていると心配になる。
(どうしよう……起こした方がいい? でも起こすと余計に痛みが増す?)
 誰かを呼んでこようか迷っていると、ジュリアスはもう一度、小さなうめき声を漏らした。我慢できなくなり、光希は起こすつもりでそっと肩に触れてみた。
 ところが、触れた途端にジュリアスの表情に変化が訪れた。眉間の皺がとれて、穏やかな寝顔に戻ったのだ。呼吸は深く、長くなり、安らぎに包まれているようだ。
(……平気そう?)
 触れていた方が安心するのなら、ずっとそうしていよう。髪を指で梳いて、頬を撫でる。寝顔を注意深く見守りながら手に触れると、軽く握りしめられた。一瞬、彼は目を醒ましているのかと思ったが、無意識の仕草らしい。
 規則正しい寝息に耳を澄ませているうちに、光希も再び微睡みはじめ、温もりを感じながら眠りへと誘われていった。




花冠の競竜杯 - 37 -


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