超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -
4章:新人類 - 10 -
一月三日。百ニ十七日目。
昼過ぎに、広海は目を醒ました。
なにかが腹のうえに乗っている。手だ。重たくて、大きい、自分ではない誰かの……手首からしなやかな腕、逞しい肩へそろそろと視線を映して、目を細めた。
(レオ……)
腕をどかして、肩に頭をあずけ、緩やかに上下している胸に手を乗せる。とくとく、規則正しい鼓動を掌に感じとった。
なんだか、久しぶりに熟睡できた気がする。
ここしばらく気が張っていたので、目を閉じて、何一つ思い煩うことなく眠りにつけるということに、大きな平穏を感じる。
(庇護者か……)
意図してレオを選んだ覚えはないが、憧憬 の念を抱いていたことは確かだ。カツアゲから救ってくれた時にはもう、彼は味方だと認識していた。
同時感染の後も、バーに匿ってくれて、実家についてきてくれて、何度も励ましてくれた。無意識のうちに、彼を庇護者として選んでいたのだろうか?
……判らないが、一緒に困難を乗り越えて、今日まで生きてきたのだ。心強い相棒であることに間違いはない。
ふと、暴風雨の音が止んでいることに気がついた。
ベッドを降りてカーテンを開けると、鉛色の重たい雲間から、琥珀色の陽が射していた。
嵐は過ぎ去ったのだ。
森 と静まり帰った街は、昨夜の暴風雨のせいで、荒廃がいっそう進んだように見える。道路には折れた木々や看板が散乱していて、建物の窓はあちこち割れている。
「……ロミ?」
振り向くと、レオは躰を起こしていた。欄と赫 いていた金緑の瞳は、柔らかな光を取り戻している。
「体調はどう?」
広海が訊くと、レオはベッドを降りて傍にやってきた。
「おかげで回復したよ」
愛おしげに広海の髪をなで、ちゅっとキスをする。広海もレオの背中に腕を回した。
「これからどうしましょうか」
広海は、無人の高層ビル群を眺めながら、呟いた。
「また新しい棲家 を探さないとな」
「ですよね……」
残念だが、渋谷の要塞には戻れない。あの場所はもう知られてしまっている。
せっかく居心地良く調えたのに……憂慮に沈む広海を慰めるように、レオはぎゅっと肩を抱き寄せた。
「今度は、もう少し低いところに棲むか」
思わず広海はくすっと笑った。確かに、六十三階は高すぎた。
「……どうして、俺たちみたいな免疫者と庇護者が生まれたのかな」
逞しい胸にもたれながら、広海は独り言のようにいった。
「さァ……自然淘汰のスペアかもな。次の世代が、最低一組は残るように」
「次の世代といっても、俺たちは……子供できないし」
「できるかもよ?」
「!?」
驚愕の表情を浮かべる広海を見て、レオはにやっと笑った。
「冗談だよ」
「あは、びっくりした」
「今のところは」
「!?」
「お互い、体質変化してるだろ? 子供ができないっていう保証なんてないだろ?」
「ひいぃ……恐ろしすぎるっ」
震えあがる広海をレオは両腕で抱きしめた。
「ビビるなよ、冗談だっつーの……他に免疫者がいるとして、ロミは会ってみたい?」
広海はちょっと考え、頸を振った。
「……そういうのはないです。むしろ、会うのが少し怖い」
レオは優しみのこもった表情を見せた。
「そうだな」
「レオは? どう思いますか?」
胸に手をついて躰を離すと、広海は、明るい色の目を覗きこんだ。
「俺も興味ない。ロミがいるなら、それでいい」
「向こうから接触してきたら?」
「さァ……どうだろうな。案外、お互いに全く興味ないかもな」
広海は、再びレオの胸にもたれて、こう訊ねた。
「……このまま、人間は絶滅すると思いますか?」
「激減することは間違いないだろうな。既に八十億人が死んでるんだぜ」
「人間が全滅したら……感染者も餓えて、絶滅しますかね?」
「するんじゃね? あいつら人間以外は喰わないしな」
「“銀鼠”については、野上さんも判らないっていってた。やっぱり、人間が地球を汚しすぎたから、罰があたったのかな?」
レオは小さく笑った。
「自然淘汰に理由がいるか? 理不尽な篩 にかけられて、それまで繁栄してきた種が途絶えるなんてことは、地球が誕生した時から何百、千、万と繰り返されてきたことだろ」
「……」
包みこむような温もりを感じながら、広海は、レオの言葉を心のなかで反芻した。自然淘汰ということは、つまり、人類はこのまま衰退していくのだろうか。
「なぁ」
レオは広海の肩を掴んで少し躰を引くと、緊張した表情で広海を見つめた。
「……レオ?」
「今更って思うかもしれないけど、いわせて」
真剣な表情に、どきっとなる。広海もなんとなく姿勢を正して、続く言葉を待った。
「好き」
「えっ」
「すげー好き」
涼しげな目元を仄紅く染めて、一心に見つめてくるレオに、広海もつられて、耳たぶまで赤くなったような気がした。昨夜も好きだといってくれたが、あれは、セックスの勢いから発せられた言葉だと思っていた。
「この先どうなるか判らないけど、生きている限り、ロミと一緒の時を過ごしたい」
「こちらこそ……俺もレオと一緒にいたい」
広海は照れながら、ほほえんだ。
「ほんと?」
「はい。俺の方こそ、お願いしたいくらいですよ。レオがいなかったら、生きていけないし」
嬉しさからきた言葉だったが、言葉通りの意味が誇張されていたかもしれないと、いった後で気がついた。小さな動揺が伝播 したのか、レオは笑顔を引っこめて、真面目な顔つきになった。
「いっておくけど、喰餌のためじゃないぞ……一理あるけど、ロミとは、セックスにもそれ以上の意味があった。ロミの恋人として大切にしたいし、されたいんだ」
広海は満面の笑みを浮かべて、
「はい! 俺をレオの恋人にしてください」
手を差し伸べると、レオは嬉しそうにほほえんだ。
「うん」
握手をして、その腕をとられて抱きしめられた。キスもセックスも、さんざんしてきたけれど、今この瞬間、初めてお互いに触れたような、初々しい胸の高鳴りを感じていた。
(幸せかも……)
静かに凪いだ心で、広海は、街がゆっくりと風化していく様子を想像した。
高層ビルの窓は割れ、扉が風で開き、少しずつ緑に覆われて、動物達が巣を作るのだろう。
木の枝が道路の上に大きく張りだし、生け垣は大きく成長して伸び放題になり、雑草は道路の塗装を突き破って生えてくる。
千年もすれば、地球は淘汰と再生を終えて、美しく蘇っているかもしれない。
そうして、原始に戻った環境に順応できた生き物が、再び繁殖して、街や海を自由に行き来しているのかもしれない。
人類は衰退する運命なのだとしても……変わっていく世界を、レオと一緒に見ていたい。
広海が夢想する隣で、レオも思った。
この未曾有の危機も、永い地球史のなかでは、淘汰の一部に過ぎない。これまでにも、種はひたすらに変異を続け、生命存続の篩 に掛けられてきた。
今人類は、新たな段階を目指して、淘汰の真っただ中にある。
生存者と免疫者の闘いは、免疫者の勝利に終わるだろう。
上書きされた世界人口の九十九%が不死感染者なのだ。一%の生存者に勝ち目はない。
生存者のうちのほんの一握りの免疫者が、残りの生存者を支配した暁には、更なる為政者の選出がされるのかもしれない。
免疫者を従える、免疫者。
それは広海であってほしくない……自分だけが彼の傍に寄り添い、庇護者であればいい。
世界の滅亡でも開闢 でも構わない。広海がいるなら、それでいい――
“彼さえ傍にいてくれれば、爛漫 の兆 しを胸に抱けるから”
二人は目と目をあわせた。
交わした視線のなかに、思いの全てがこめられていた。暖かな感情が流れてくる。互いの知りたい答えを、相手の目のなかに見たのだ。
昼過ぎに、広海は目を醒ました。
なにかが腹のうえに乗っている。手だ。重たくて、大きい、自分ではない誰かの……手首からしなやかな腕、逞しい肩へそろそろと視線を映して、目を細めた。
(レオ……)
腕をどかして、肩に頭をあずけ、緩やかに上下している胸に手を乗せる。とくとく、規則正しい鼓動を掌に感じとった。
なんだか、久しぶりに熟睡できた気がする。
ここしばらく気が張っていたので、目を閉じて、何一つ思い煩うことなく眠りにつけるということに、大きな平穏を感じる。
(庇護者か……)
意図してレオを選んだ覚えはないが、
同時感染の後も、バーに匿ってくれて、実家についてきてくれて、何度も励ましてくれた。無意識のうちに、彼を庇護者として選んでいたのだろうか?
……判らないが、一緒に困難を乗り越えて、今日まで生きてきたのだ。心強い相棒であることに間違いはない。
ふと、暴風雨の音が止んでいることに気がついた。
ベッドを降りてカーテンを開けると、鉛色の重たい雲間から、琥珀色の陽が射していた。
嵐は過ぎ去ったのだ。
「……ロミ?」
振り向くと、レオは躰を起こしていた。欄と
「体調はどう?」
広海が訊くと、レオはベッドを降りて傍にやってきた。
「おかげで回復したよ」
愛おしげに広海の髪をなで、ちゅっとキスをする。広海もレオの背中に腕を回した。
「これからどうしましょうか」
広海は、無人の高層ビル群を眺めながら、呟いた。
「また新しい
「ですよね……」
残念だが、渋谷の要塞には戻れない。あの場所はもう知られてしまっている。
せっかく居心地良く調えたのに……憂慮に沈む広海を慰めるように、レオはぎゅっと肩を抱き寄せた。
「今度は、もう少し低いところに棲むか」
思わず広海はくすっと笑った。確かに、六十三階は高すぎた。
「……どうして、俺たちみたいな免疫者と庇護者が生まれたのかな」
逞しい胸にもたれながら、広海は独り言のようにいった。
「さァ……自然淘汰のスペアかもな。次の世代が、最低一組は残るように」
「次の世代といっても、俺たちは……子供できないし」
「できるかもよ?」
「!?」
驚愕の表情を浮かべる広海を見て、レオはにやっと笑った。
「冗談だよ」
「あは、びっくりした」
「今のところは」
「!?」
「お互い、体質変化してるだろ? 子供ができないっていう保証なんてないだろ?」
「ひいぃ……恐ろしすぎるっ」
震えあがる広海をレオは両腕で抱きしめた。
「ビビるなよ、冗談だっつーの……他に免疫者がいるとして、ロミは会ってみたい?」
広海はちょっと考え、頸を振った。
「……そういうのはないです。むしろ、会うのが少し怖い」
レオは優しみのこもった表情を見せた。
「そうだな」
「レオは? どう思いますか?」
胸に手をついて躰を離すと、広海は、明るい色の目を覗きこんだ。
「俺も興味ない。ロミがいるなら、それでいい」
「向こうから接触してきたら?」
「さァ……どうだろうな。案外、お互いに全く興味ないかもな」
広海は、再びレオの胸にもたれて、こう訊ねた。
「……このまま、人間は絶滅すると思いますか?」
「激減することは間違いないだろうな。既に八十億人が死んでるんだぜ」
「人間が全滅したら……感染者も餓えて、絶滅しますかね?」
「するんじゃね? あいつら人間以外は喰わないしな」
「“銀鼠”については、野上さんも判らないっていってた。やっぱり、人間が地球を汚しすぎたから、罰があたったのかな?」
レオは小さく笑った。
「自然淘汰に理由がいるか? 理不尽な
「……」
包みこむような温もりを感じながら、広海は、レオの言葉を心のなかで反芻した。自然淘汰ということは、つまり、人類はこのまま衰退していくのだろうか。
「なぁ」
レオは広海の肩を掴んで少し躰を引くと、緊張した表情で広海を見つめた。
「……レオ?」
「今更って思うかもしれないけど、いわせて」
真剣な表情に、どきっとなる。広海もなんとなく姿勢を正して、続く言葉を待った。
「好き」
「えっ」
「すげー好き」
涼しげな目元を仄紅く染めて、一心に見つめてくるレオに、広海もつられて、耳たぶまで赤くなったような気がした。昨夜も好きだといってくれたが、あれは、セックスの勢いから発せられた言葉だと思っていた。
「この先どうなるか判らないけど、生きている限り、ロミと一緒の時を過ごしたい」
「こちらこそ……俺もレオと一緒にいたい」
広海は照れながら、ほほえんだ。
「ほんと?」
「はい。俺の方こそ、お願いしたいくらいですよ。レオがいなかったら、生きていけないし」
嬉しさからきた言葉だったが、言葉通りの意味が誇張されていたかもしれないと、いった後で気がついた。小さな動揺が
「いっておくけど、喰餌のためじゃないぞ……一理あるけど、ロミとは、セックスにもそれ以上の意味があった。ロミの恋人として大切にしたいし、されたいんだ」
広海は満面の笑みを浮かべて、
「はい! 俺をレオの恋人にしてください」
手を差し伸べると、レオは嬉しそうにほほえんだ。
「うん」
握手をして、その腕をとられて抱きしめられた。キスもセックスも、さんざんしてきたけれど、今この瞬間、初めてお互いに触れたような、初々しい胸の高鳴りを感じていた。
(幸せかも……)
静かに凪いだ心で、広海は、街がゆっくりと風化していく様子を想像した。
高層ビルの窓は割れ、扉が風で開き、少しずつ緑に覆われて、動物達が巣を作るのだろう。
木の枝が道路の上に大きく張りだし、生け垣は大きく成長して伸び放題になり、雑草は道路の塗装を突き破って生えてくる。
千年もすれば、地球は淘汰と再生を終えて、美しく蘇っているかもしれない。
そうして、原始に戻った環境に順応できた生き物が、再び繁殖して、街や海を自由に行き来しているのかもしれない。
人類は衰退する運命なのだとしても……変わっていく世界を、レオと一緒に見ていたい。
広海が夢想する隣で、レオも思った。
この未曾有の危機も、永い地球史のなかでは、淘汰の一部に過ぎない。これまでにも、種はひたすらに変異を続け、生命存続の
今人類は、新たな段階を目指して、淘汰の真っただ中にある。
生存者と免疫者の闘いは、免疫者の勝利に終わるだろう。
上書きされた世界人口の九十九%が不死感染者なのだ。一%の生存者に勝ち目はない。
生存者のうちのほんの一握りの免疫者が、残りの生存者を支配した暁には、更なる為政者の選出がされるのかもしれない。
免疫者を従える、免疫者。
それは広海であってほしくない……自分だけが彼の傍に寄り添い、庇護者であればいい。
世界の滅亡でも
“彼さえ傍にいてくれれば、
二人は目と目をあわせた。
交わした視線のなかに、思いの全てがこめられていた。暖かな感情が流れてくる。互いの知りたい答えを、相手の目のなかに見たのだ。