超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -

3章:サヴァイヴァー - 8 -

 六十三階の要塞に戻るまでの間、お互いに口をきかなかった。
 すぐにでも激昂されると思っていた広海は、前をいく静かな背中をかえって恐ろしく感じた。これから烈しい譴責けんせきが待っていると思うと、暗澹あんたんとなる。
 扉の前までやってきて、レオがカードキーで鍵を開けるのを待つ間は、死刑執行を待つ囚人になった気がした。
 扉が開いて、なかへ入るよう視線で促される。拍動が烈しくなる。部屋のなかほどまで進むと、レオは静かに広海を振り向いた。
 彼の目を直視できず、広海は気まずげに視線を伏せる。
 部屋を飛びだした時の、自分を支配していたふっきれた気持ちは、完全に消え去っていた。意気地無しめ。畢竟ひっきょう彼の前ではおどおどしてしまうのかと思うと、心底自分が情けなかった。
 すっと腕が伸ばされて、思わず肩をすくめる。
 てっきり殴られるか突き飛ばされると思ったが、意外にも優しく抱きしめられた。
(え……)
 事態が飲みこめず、腕のなかで硬直していると、レオはぎゅっと力をこめて抱きしめてきた。
「……レオ?」
「焦った。戻ったら、ロミがいなくて……」
 黙って続きを待っていると、レオは憂鬱げなため息をこぼした。
「ごめん……さっきは、やり過ぎた」
 謝罪の言葉に、広海は眉をしかめた。先程のことが思いだされて、恐怖を凌駕する強い怒りが、再び湧き起こるのを感じた。
「……俺はレオの玩具じゃないよ」
 笑っているような泣いているような、歪んだ表情で広海はいった。伸ばされる手を煩げに振り払う。
「ロミ」
「触んな」
 気まずい沈黙が流れる。レオは髪をかきあげると、深く、長い息をひとつ吐いた。
「俺が悪かった……けど、ロミだって……勝手に部屋をでるなよ」
「……」
「……ロミ?」
 無視していると、レオの表情が険しくなっていく。
「ンだよ……なんかいえよ」
「……なんで俺を責めるの。お、俺、悪くないじゃん」
 戦慄わななく唇で語尾を震えさせながら、広海はいった。
「は? ……エロい匂いさせて、痴漢されにわざわざ部屋をでたのかよ? あ゛?」
 思わず全身がびくりと跳ねる。涙をこらえて、金緑にかがやく虹彩を睨み返した。
「そんなわけないだろ!」
「だったら、抵抗くらいしろッ!」
 怒鳴られて、広海は唇を噛み締めた。悔しいが、レオのいう通りだ。嫌なのに、怖くて動けなかったのだ。自分が情けなくて、惨めで、今すぐここから消えてしまいたかった。
 嗚咽を堪えて喉をひくつかせる広海にレオは、
「そうやっていちいちびくつくから、相手が調子づくんだよ。もっと気合いれろ。痴漢されたくねーんだろ!?」
 吐き捨てるようにいうと、広海をソファーに押し倒した。
「やめろッ!」
 咄嗟に腕を使って暴れるが、レオは抵抗をものともせず、シャツをまくりあげて、しっとり濡れている乳首に顔を近づけた。
「いやらしい匂いぷんぷんさせて、男漁ってんじゃねーよ」
 あざけるように鼻を鳴らす。
 広海は羞恥に染まる顔を腕で覆い隠し、唇を噛みしめる。レオはその腕を荒々しく掴んで剥がした。
「痛いっ!」
 悲鳴をあげると、腕の力が弱まった。広海は渾身の力で逃げようとしたが、再び組み敷かれた。
「離して! 嫌なんだよ、もう……俺、俺ぇ、もう、こんなことしたくなぃ……っ」
 声に涙が滲んだ。本格的に泣き始める広海を見て、レオは困ったような表情をした。
「ロミ、ごめん……ほんとにごめん。乱暴して悪かった」
 金緑の双眸はまだ光って見えるが、攻撃的な猛々しさは幾らか和らいでいた。
「ごめんな、ロミ……怖かったよな」
 不意に髪を優しく撫でられ、広海はおずおずと顔をあげた。超俗した美貌に、憂愁の昏さが射しこんでいる。
「……俺も怖かったよ。戻ったら、部屋にロミがいなくて……俺のこと、嫌になって逃げたのかと思った」
 その声は苦しげで、葛藤が滲んでいた。
「怒鳴って悪かった。謝ろうと思って追いかけたのに……糞野郎のせいでキレちまった」
 静かに告げると、レオは広海の肩に顔をうずめた。そのまま呻くように懺悔する。
「ごめん、俺が悪かった。ごめん、なさい……俺のこと嫌いにならないで」
 広海は、目をぱちくりとさせた。
 一瞬己の聴覚を疑ったが、確かにレオの唇から放たれた言葉だ。
 プライドをなげうって赦しを請う姿が、一途でいじらしくて、広海の胸は、急にくすぐったさでいっぱいになった。
「……嫌いにならないよ。俺もごめんなさい」
 レオはゆっくり顔をあげると、心を汲み取ろうとするように、広海の顔を覗きこんできた。その表情がいつになく無防備に見えて、広海はわけも判らず顔が熱くなるのを感じた。
「……レオでも、弱気になることがあるんだね。びっくりした」
 照れたように広海がいうと、珍しくレオも顔を赤くした。気まずそうに視線を逸して、腕で口元を隠している。
「かっこ悪ィ……嫌いにならないでとか、誰だお前……」
「いいじゃん、たまには。俺なんてしょっちゅう泣いてるし」
 くすっと笑みがぼれて、どちらからともなく、顔を寄せて、額を押し当てた。
「はぁ――……ほっとした。仲直りな」
「うん」
 ぎゅっと抱きしめあって、お互いに満ち足りたため息をついた。
「……ロミから糞野郎の匂いがする」
「えっ」
 慌てて自分の腕の匂いを嗅ぐ広海を見て、レオは薄く笑った。
「一緒に風呂入ろ」
「は? やだよ」
「いいじゃん、でかいジャグジーがあるんだし。たまには二人で入ろうぜ」
 唇を親指でなぞられ、広海の心拍数は不意に跳ねあがった。
「……えっちなことしない?」
「……うん」
 今の間はいったい。胡乱げに見つめ返すと、レオは手を離し、少し残念そうに笑った。
「俺はシたいけど、ロミが嫌ならシないよ」
 嘘くさいと思いつつ、柔らかく心が潤っている状態の広海は、まぁいいかと頷いた。
 バスルームに入って服を脱いだ時は、妙に照れくさかったが、シャワーの湯けむりが立ち昇ると、あまり気にならなくなった。
 それぞれプラスティック製の風呂椅子に座って、躰や髪を洗い流す。普段は無言でやる作業を、誰かと会話しながらするのはなかなか新鮮だった。
 けれども、シャワーの音が止んで、しっとり濡れたレオと目があうと、再び緊張に強張った。
 なるべく離れてジャグジーに身を沈めようとしたが、すかさず腕を引っ張られた。逞しい胸にもたれながら、広海は戸惑ったように振り向く。
「なんか、違くない?」
「違うって?」
「いや、なんか……恥ずかしいっていうか、恋人みたいっていうか」
 レオはにやっと笑った。
「いいじゃん。ジャグジーに二人で入ったら、こうするもんだろ」
「そうかなぁ……?」
 渋々前を向いて、窓の向こうに目をやった。
 六十三階からの夜景が望めるジャグジーは、真っ暗で何も見えない。
 ただ、明るい月だけが輝いている。
 ぼんやり夜空を眺めていると、うなじに唇を押し当てられた。
「っ、レオ……だめ」
 レオは後ろから両腕を回して、柔らかく広海を抱きしめた。
「……だめ?」
「だめだよ。離して」
「やっぱり欲しい……ロミ……」
 耳元で吐息を吹きこまれるように囁かれ、広海は肩をすくめた。濡れた唇が耳の縁をなぞり、孔に舌をねじこまれる。
「んっ」
 濡れた水音が鼓膜を叩いて、淫らな官能が下肢にまで響いた。
 慌てて浴槽のなかで離れようと試みるが、レオの両腕はしっかりと広海に巻きついている。と、片手で頬を撫でられ、振り向かされた。
(流されてしまう)
 頭の片隅に思うが、金緑の瞳に見つめられると、湯けむりのように思考が霞がかった。魔性めいた蠱惑に囚われて、そっと唇を寄せる。
「ん……」
 激しくゆっくりと、優しくなぶるようにキスをされながら、レオの香りを吸いこんだ。
 頭を押さえられ、唇を探られて、甘い悦楽に浸されながら、レオの手に躰を探られる。躰の芯に火を灯されて、広海は唇を塞がれたまま呻いた。
 喘ぎ声に興奮したのか、レオは広海に躰を押しつけて、優しいキスから、荒々しい濃密なキスに変えてきた。
「ん、んぅッ」
 親指の腹で、張り詰めた突起を擦られると、甘い快感が全身に拡がっていく。広海はレオの肩をつかみ、硬く盛りあがった筋肉に指を喰いこませた。
 内腿うちももを撫であげられ、反射的に膝を立てると、昂ぶった性器が湯船から飛びだした。
「ぁっ」
 人生最後の喰餌を味わうように貪り、貪られるうちに、広海もレオもすっかり勃起していた。
 慌てたように身を屈める広海を、レオは蠱惑的な目で見つめる。膨らんだ性器をふくろごと掴んだ。
「やぁっ! あ、あっ、ぁん……ッ」
 腫れたように感じる性器を上下に扱かれ、喘ぎ声が浴室に反響する。淫らな愛撫に恍惚となるが、後孔に指がもぐりこでくると慌てた。
「ぁ、やめっ、れないで……っ」
「……ダメ?」
 甘えるように囁かれて、胸の奥が引き絞られたように切なくなる。
「はぁ、はっ……ん、やだぁ」
 乳首をきゅうっと摘まれて、広海は背をしならせた。
「……ロミだって欲しかったんじゃねーの? ココ、すごく柔らかくなってる。すっげぇ美味しそうなんだけど……」
 広海は耳たぶまで赤くなった気がした。
「乳首濡らして……すげぇエロい」
「んぁっ」
 ぬかるんだ孔を指に探られながら、尖った乳首をそっと指で挟みこまれて、広海はびくびくと震えた。
「今度は優しくするから……いいだろ?」
 耳元で甘く低く囁かれて、心臓が破れてしまいそうだ。否定も肯定もできずにいると、了承と受け取ったのか、レオは広海の腰を両手で掴んで持ちあげ、自分の大腿のうえに乗せようとした。
 そのままゆっくりと、背後から慎重に角度を調整しながら、沈める。
「あぁ……っ」
 剛直をまされて、広海は背中をしならせた。挿れられただけで、恍惚感に浸された。
 本当は湯船に入った時から、疼いていた。躰の深いところに熱が渦巻いて、尻は濡れていたのだ。
「ヘーキ?」
「うん……っ」
 レオは宥めるように広海の頬にキスをすると、腰を掴んで緩やかな律動を始めた。
「あ、あっ、あぁ……っ」
 甘い香りのするジャグジー。喘ぎ声が反響するなか、大きな窓に蕩けきった広海の顔が映っている。
 波間を揺蕩たゆたうように、ゆったり揺さぶられながら、明かりのない街を眺めやった。
 眠らない街と謳われた渋谷は、完全に眠っている。清らかさとはほど遠い、おりの淀んだ、死者の徘徊する死都ネクロポリスに変わり果ててしまった。
 ゾンビになってしまった人間と、なっていない人間と、どちらが幸せなんだろう?
 どっちにしても、この牢獄のような世界から、脱出は不可能だ。
 人間が動物をくらうように、ゾンビは人間をくらう。人間も人間をくらう。レオは、広海をくらう。
 歪んだ喰物連鎖からは、誰も抜けだせない。
 自我のないゾンビはいっそマシなのかもしれない。生き残ってしまった、まともな精神を維持している人間が、一番悲惨なのかもしれない――
「ふぁッ」
 不意に乳首をきゅうっと摘まれて、広海は背をしならせた。レオは広海の右脚をぐいっと持ちあげ、大きく股間を開かせると、烈しく穿ち始めた。
「あぁッ!!」
 灼熱のくさびに貫かれて、揺さぶられる衝撃と一緒に、勃起した陰茎も前後に揺れて、蜜を飛び散らせる。
「あ、あ、あぁ、んっ……ちょ、ゆっくりぃ……っ」
 懇願も虚しく、突きあげはいっそう烈しくなって、ひんやりと冷たい窓硝子に胸を押しつけながら、指が喰いこむほど強く腰を掴まれて、猛り狂う熱塊に貫かれた。
「あぁッ」
 蒼い月光に照らされながら、二人して獣になった。
 交歓のとりこになって、腰にぶつかる淫靡な音、湯の立てる騒々しい音を聴きながら、揺さぶり、揺さぶられていた。