超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -

3章:サヴァイヴァー - 3 -

 十二月十三日。百六日目。
 新たな住人がきてからというもの、広海の心は落ち着かなかった。レオはどうでも良さそうにしているが、広海は普段にもましてモニターを監視し、異変が起きていないか日に何度も確認するようになった。
 彼等は、懸命にもレオの忠告を守り、今のところ境界を越えるような真似はしていない。それどころか、五階より上にも下にもいこうとしていないが、いつまでも部屋に閉じこもっていられないことは明白だった。
 この建物は、水とガスと電気が自由に使えて、屋根があって寝床もあるが、喰料ばかりは自分たちで調達しなければならない。地上にも地下にも巨大なスーパーはあるが、どちらも感染者だらけだ。
 そして今朝。彼等は三日目にして、ついに行動を起こした。
 三人の男たちが、武装して慎重に外へでていく様子を、広海はドキドキしながら、モニターの前で見守っていた。
 背格好から察するに、がっしりした体躯のガスマスクをつけている男が馬渕で、アイスホッケーのマスクをつけている二人組は、大学生の谷山と穂高だろう。
 三人とも、厚手のジャケットに手袋、手にバッドや包丁を持っていた。自衛なのだろうが、不気味なマスクといい、ホラー映画に登場する殺人鬼みたいだ。
 無事に一階から脱出したようだが、油断は禁物だ。茂みからふらふらとゾンビが集まってくる。幸いにして、動きは遅い。感染から三十日以上が経過している、睡眠状態のゾンビなのだろう。
 三人の姿が見えなくなると、広海は詰めていた息を吐きだした。
 どうやら、第ニ難関も突破したようだ。
 ちなみに、ゾンビは感染直後が最も凶暴で、つ身体能力が高い。五感も鋭く、見つかったが最後、なかには生前以上のスピードで追いかけてくる者もいる。
 それから十日ほど経つと徐々に弱っていき、三十日が過ぎると走れなくなる。五十日が経過すると、格段に動きが鈍くなる。
 安全と侮るなかれ、奴らは動きが鈍くなると、コロニーを形成し、最終的に風が吹けば胞子を飛ばす、菌株ストレインとなる。空気感染するため、成長したコロニーの傍を通る際は、マスクの着用が必須だった。
 さて、喰料を調達して戻ってくるまでに、しばらく時間がかかるだろう。
 いったん監視をやめて、広海は休憩することにした。珈琲を煎れて、チョコレートの箱を開ける。
 寛いでいる広海の様子を確認してから、レオはジーパンに九ミリ拳銃をさして、麦わら帽子を被り、軍手や熊手といった畑道具が詰めこまれたバケツを掴んだ。
「菜園いってくる。なんかあったら連絡して」
「はぁーい」
 広海はソファーに座ったまま、手を閃かせた。
 レオは大体毎朝、屋上で菜園の手入れや収穫をしているのだ。広海も一緒についていって手伝う日もあるが、ここ数日は、朝から晩までモニター前にかじりついている。
 いつも通り、昼過ぎにレオは菜園から戻ってきたが、外へでかけていった三人組はまだ戻らない。
 広海はソファーの上に胡座をかいて、カップに入ったソフトクリームアイスを喰べていた。隣にレオが座ったので、
「あの人達、大丈夫かなぁ」
 話しかけてみると、レオは顔を近づけてアイスを一口齧った。
「うめぇ」
「でかけてから、もう四時間が過ぎましたよ。何かあったんですかね?」
「喰料の調達にいったんだろ? 夕方までかかるんじゃねぇの。この辺りに慣れてないだろうし」
 レオはどうでも良さそうに答えた。
「確かに……あの人達、ベースにいこうとは思わなかったのかなぁ?」
「あそこはルール厳しいからな。他の三人はともかく、大学生の二人は無理そうだな」
「うーん……喰料には困らずに済みそうですけどね」
「労働と引き換えだけどな。それはどこも同じか……ちょっと寝る。あいつら戻ってきたら起こして」
「了解です」
 レオは広海の髪をくしゃっと撫でてから、寝室に入っていった。
 その三時間後、夕暮れのなか彼等は戻ってきた。
 バルコニーから双眼鏡で眺めていた広海は、目を見張った。
 一人足りない。理性的で、一番体躯のいい馬渕がいない。ともかくレオに知らせにいこうとしたら、
「何見てンの?」
 と、ちょうどバルコニーにレオがやってきた。広海は青褪めた顔で、深刻げにレオを見た。
「五階の人たち、今帰ってきたんですけど、一人減ってて……」
「ふーん」
 レオはしごくどうでも良さそうに相槌を打った。再び双眼鏡を覗きこんだ広海は、小さな驚きの声をあげた。
「どした?」
 レオが不思議そうに訊いたが、広海は丸い視界に映る光景から、目を離せずにいた。
 大学生の二人組、谷山と穂高がもりで感染者を突き刺している。
 一瞬、死にもの狂いの闘いかと思われたが、どうも様子がおかしい。マスクで表情は判らないが、不必要に嬲り、切り刻み、嬉戯きぎとして突き刺しているようにしか見えない。
「えげつねぇな」
 嫌悪の滲んだ声で、レオがいった。
 はっと広海が顔をあげると、レオは眼下を見下ろしていた。望遠鏡がなくとも、彼には自前の遠視があるのだ。
「……なんであんなことができるんだろう」
 広海は双眼鏡を手に持ったままいった。もう覗く気は失せてしまった。
「ゲームと勘違いしてるんじゃねーの」
 そうかなぁ、と広海は喉の奥で唸る。
 自分もテレビゲームのなかでなら、どんな残虐行為も平気でやるが、現実世界でそうしたいとは思わない。ゲームに登場するゾンビと、不死感染者は全然違う。
 あの二人は、今、どんな顔をしているのだろう?
 アイスホッケーのマスクに隠された表情を想像した途端に、恐怖が全身を駆け抜け、広海のはらわたを締めつけた。
 想像のなかで二人は、人をくらうゾンビより、汚穢おわい醜悪なつらをしていたのだ。
「ったく、貴重なキャストを無駄に減らしやがって。誰が調達すると思ってンだ……あいつらゾンビサファリにぶちこんだろか」
 その声に本気を嗅ぎ取り、広海は長身を仰ぎ見た。
「なぁ?」
 同意を求められて、思わず引きつった笑みを浮かべる。
 人間とゾンビとレオと……最も凶々まがまがしいのは何だろう?
 ちょっと考えて、そんな風に傍観している広海も一つ穴のむじなか、と胸に思った。